地下水道の男

 水に流されたブラウンはそのまま気を失った。

暫くして水をきながら目を醒ます。

だだっ広い湖の様な所にある階段にしがみ付いていた。


「な、なんぢゃここは?」


本来あるべき天井は十数メートル上にあった。

満天の星のように何かが光ってある程度の光源になり周囲を照らしていた。


「トレバーに……ジョーは?」

「その呼び名は少しはぇぇつーてんだろがぃ」


周囲を探るブラウンの顔面にジョナサンが突っ込みついでの蹴りをみまった。

水面に再度沈んだブラウンが慌てて顔を出す。


「プハァッ! このやろ、やんのかてぇ!? つかトレバーはどうした?」

「ああ、俺が気が付いた時にはお前しか居な……お?」


薄暗い水面にあぶくが次々と浮かぶ……。

水面からゴバァッ!と割ってトレバーとアガト達がキャリアーと現れた。


「ふぃー、死ぬかと思たわ……お前ら大丈夫か?」

「兄ちゃんっ! このスーツ凄いよぉ?!」

「ぼく、泳げないのに息できたよぉ! すごいでしょ!」


興奮して叫ぶテュケを苦笑しつつトレバーが陸に向かう。


「ふぃー、ここが目的地か?」

「そうだ、色々ミスもあったがようやく辿り着いたぜ」


 手を伸ばしてトレバー尋ねると、引き上げながらジョナサンは満足げに答えた。

盟友にしてライバルがフルメンバーでやった行程を半分でやってのけたのだ。

地面に寝ころがるとトレバー達が休憩する。

後は魔人と会ってお宝と銘刀を拾えりゃそれでいい。


頭上に白い革靴が止まった。

その顔を見てジョナサンの表情が固まる。


「ようこそ、異世界の客人たち」


 声にギョッとしたトレバー達がその主を一斉に起き上がった。

そこには白のタキシードを着込んだ男が微笑んで居た。

その異質さに全員が息を飲んだ。

まずいくらこの世界でも地下迷宮でタキシードはあり得ない。

有るとするならトレバー達の世界だ。

日に当たらないため青白く、四角い顔立ちはどこ来なく品が良い。

禿げた頭頂部に彫りの深い頑固そうな眼差しとへの字につぐんだ口が印象的であった。

暗い地下でもシトラス系の香水をつけていて何となく明るい雰囲気を出していた。


「アンタ……ひょっとして……」

「自己紹介がまだなのはお約束かい? それとも私から言わなきゃダメかい?」


 白衣の紳士はわざとらしく少しキョドりながら尋ねた。

多分口喧嘩させたら言い負かされそうな勢いと切り口である。


「失礼した。私はウルトゥル抵抗軍所属騎士、ジョササン・レス・ポール、そこのはブラウン・ヤバマルハ卿……」

「俺はジャクルトゥのトレバー・ボルタックに助手アシスタントのアガトにテュケだ」

「これはこれは長々と丁寧にどうも」


 皮肉を交えながら紳士は頭を下げた。

その態度にジョササンとトレバーはムッとするが我慢して立ち上がる。


「私はジンガ、ジンガ・レッティ、君らが言う魔人……と言う存在だ」

「アンタ……タイラーが言ってた……」

「タイラー? 知らんな……そういえば昔、ミミのやつ……面白い奴がいたと言って居たな……」


顎に手を当て、遠い目をしながらジンガは呟く。

その姿は教師が講義をするような佇まいであった。

勢いを止めまいとトレバーが話を切り込んで行く。


「あのジンガさんよ。ちょいと話を聞かせてほしいのさ」

「私も色々と君には興味があるね。どうだろう私の居間に来ないかね?」

「ああ、是非」


下手に道端にて話し込んで敵に強襲されるのも面白くない。

目の前の男を信用した訳ではないが、話しを聞かねば始まらない。


 颯爽と歩くジンガの後を全員でついていく。

両開きのドアの前で止まるとおもむろに扉を開けて入っていく。

中は地中海風の小奇麗な居間になっていた。

素朴だが高級な応接セットに執務机が置かれていた。


「座ってくれたまえ……まず……お茶でも出そう」


手を叩くと奥から間の抜けた顔の男が現れた。


「アンドレア、お茶を頼む」

「畏まりました」


間が抜けていても仕事はできるらしく、すぐに人数分のお茶が運ばれてきた。

一口飲むとジンガから尋ねて来た。


「まず、私の方から行こうか? トレバー君、君の姿は向こうの世界の流行りかい?」

「いや、流行りではないよ。戦闘用で服は戦闘向けにしてある」


いきなり、正体直撃な質問されてトレバーは面を喰らうが正直にこたえた。


「なるほど、そんな人間が大量に居たらえらい事になるね」

「あ、ああ、ここでは難儀しているよ。魔法が使えないからね」


一瞬内容が理解できずに困惑するもののすぐに理解した。

コイツは全て知って居ると!


「まぁ、それは仕方ないね」

「そこで此処にあるマジックアイテムをゲットしようと思ってね」


興味なさげに答えるジンガに素知らぬ顔で目的を告げた。


「なるほど、彼らの助力を得るか……気高い彼らが素直に従ってくれるかだな」

「そこでどうすれば従ってくれる?」

「まぁまて、億万年ぶりの珍しい来訪だ。じっくりと話をしよう」


 ドンドン話を進めるトレバーをいなす様にジンガは微笑む。

しかし、すでにトレバーは次の話題を用意していた。


「あいよ。ところでジンガさんよ。アンタ、昔っからここに居るのか?」

「いや、元々は私たちの世界、地母神の世界に居た。そこから此処へ転移して来たんだよ」


いきなり突拍子もない事を言われてトレバーは絶句した。

突拍子のない話についていく奴が一人いる。

ブラウンだった。


「へぇ、わしらの知っとる話と違うな……それならアムシャスブンタは?」

「奴は創造神の世界から送られて来た」

「へぇ? 何にために?」

「この世界を創るためだ」


 ジョナサンも質問をぶつけてみたらとんでもない話が零れ落ちた。

元々、彼らはこの愛の女神の世界を創るために遣わされた存在であった。

塵芥から世界の基礎を作った後は愛の女神に宝珠として引き渡される。

彼女が宝珠を育てて力をつけていく。

世界の全てが彼女の力の素になるのだ。

役目が終わればジンガたちはに帰る。

その筈であった。


「ところがだ、恐怖のあまり創造神は監視と破壊の為にアムシャスを置いたままにした」

「へぇ? なんで神様なんだからこえーもんねぇだろに……」


呆れるジョナサンに対し、お茶を飲み終わり、ジンガは溜息交じりに呟いた。


「これは主神ゆえの運命なのかもしれない」


 一言、前置きしてまた説明に入った。

創造神は先代である父神・宇宙神を殺して王位を簒奪した。

かつて宇宙神が主神であった父、時空神を倒したように……。

自分も子供達に殺されるのではないか?

反乱が起きるのではないか?

その恐怖は妻である地母神との約束を破り、破壊装置アムシャスブンタを設置した。


「すると、愛の女神この世界が反乱起こすと即座に……」

「灰にする。全てな」

「ひぇ、情もへったくれもあーせんーがね。ワシらかんけーあらせんしー」


 ジンガの答えにブラウンも困った表情で呟く。

そこでトレバーは昔話を思い出した。


「それでアンタ等はアムシャスとの争いに敗れ、ここに封印されたんだ」

「うーん、少し違う。アムシャスは提案して来たのだ。彼の住まう南の大陸とこの地下都市からお互いを監視する。この世界の住人達には極力影響を与えない。この二つの条件でな」

「それで? 提案を飲んだのかい?」


少し話し方に違和感を覚えたトレバーは突っ込んだ。

するとジンガは苦笑しながら話始めた。


「飲むには飲んだ。ただ、一柱のアムシャスに対し、我々は一枚岩ではなかった。地母神の指示があればよかったのだがね……」


 条件を提示され、魔人たちは三つに分かれた。

アムシャスを滅ぼし、元の世界に戻る強硬派。

条件は飲むが、有事には戦う中道派。

約束を無条件に信じた和平派。

その日、トリネコの巨大地下都市は内戦状態に突入した。

転移してきた者にはある約束事がある。

お互いへの攻撃はすべて無効になるのだ。

そこで都市の上中層を支配し、和平派は様々な魔物を軍勢に作り出して来る。

他の世界で生み出された者の攻撃は有効だったからだ。

対する中道、強硬派は最下層に陣取り、苦戦を強いられた。

しかし、魔人の数にモノを言わせて勝利する。

だが、ダメージは大きく、魔人の総数は五分の一まで減少した。


「その生き残りがアンタ等ってわけだね」

「ああ、それとは別に、致死の場において気高き意志と屈する事の無い闘志を持つ者は魂と力を武具に変えた。来るべきアムシャス討伐の力になるべくな」

「それがマジックアイテムたちか?」

「そう言う事だ。我々は仕方なくアムシャスの条件を飲み、復興を優先させた」


遠い目をしながら話すジンガが一瞬だけ歪む。

彼もまた苦杯を飲んだのだろう。


「アムシャスとの約束は守られ続けた。ある日、そこに邪神が現れた」

「あー、そこに邪神か……何だこの大河ドラマはよぅ」


 神話の裏話や真実を聞き、トレバー達はついていくのに必死だった。

付き合い切れないアガトやテュケは既に寝ている。

話は続いていた邪神を討伐する為、魔人たちは地上へ上がる。

そこにはアムシャスの使いの竜人ドラゴニュートが待っていた。

邪神の件は動くのであれば介入と見なすと恫喝があった。

理由は原則であるこの世界に介入しないためである。


「我らは手掛けた世界を異世界の汚物に汚染されるのは我慢がならなかった。だが、奴は違うらしい」


 静かに怒りを抑えてジンガは呟いた。

魔人たちはアムシャス討つべしと気勢を上げる。

しかし、この戦力五分の一では返り討ちである。

意向には逆らえない、しかし矜持が無言で有る事を許さないのだ。

ドラゴニュートに詰問状、異世界の存在が来た場合の魔人たちの方針を持たせた。

原則追加、邪神は排除、来訪者は話を聞いてから保護か放置をこちらで判断すると一方的に伝える。

当然ながらアムシャスからの返事はなかった。


「そこで私が君らに話を聞いているのだ。オリバー君」

「俺はチンパンジーじゃねぇぞ?」

「これは失敬、して、君らはどこから来た? 目的はなんだ」

「どこからって俺らの世界だ。どこの誰の世界か知らんがね。目的は人類の救済だと思う」


 かなりの大回りをしてようやく彼らの目的にたどり着いたらしい。

トレバーを弄って気持ちをほぐすとすぐに本題が飛んできた。

もっともトレバーは本音と建前を交えて答えた。

誰に何の目的て送られたか本当にわからないのだから。


「ふむ、この世界の成り立ちさえ知らんのでもしやと思ったら……」


ふてぶてしく返すトレバーを見たジンガが困惑の表情を見せた。

保護するにせよ放置するにせよ。彼らジャクルトゥは強すぎるのだ。


「いずれにせよ、俺らはやるしかないんだよ。黒幕の望み通りにな」

「それならば会わねばなるまいて」


開き直ったトレバーにジンガが腕を組みながらアドバンスした。


「誰とだい?」

「アムシャスブンタ、奴ならば未だ創造神と繋がっておるはず」

「うはー、めんどくせぇなあ! おい」

「代わりに黒幕の正体にその目的、そして帰れる算段も付くぞ」


 そう聞いてトレバーは止まった。

ここで答えは出せない。

確かにこの世界の居心地は良い。

しかし大首領は黒幕に対して必ず報復するだろう。

それが自身を創造した神であっても……。


「しゃぁねぇな、このお題は持って帰るか……」


大概、事後報告で済ますトレバーが珍しく持って帰る事に決めた。

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