使者
壁に刺さった盾の先端部は刃になっていた。
上に伸びていた右上部サブアームをざっくりと切断していた。
「なっ?!」
戻ろうとした盾を鬼神が左腕で壁にガコッと音を立てて押し込む。
切断された右上部は破棄し、残りのサブアームで盾と身体を固定した。
突き刺さった盾に体重を掛けながら拳を突き上げ始めた。
「やりやがったな? この野郎!」
動きを封じて裏側から両拳で突き上げ、ゴガッゴガッと音を立てる。
盾の危機に剣やブーツが突っ込んで来る!
鬼神は把手を持つと強引に引き抜き、ついでに剣とブーツを盾で横に弾き飛ばす。
ジタバタし始めた盾を両手で抑え込み、床に先を叩き付けながら胸甲を蹴り飛ばす。
再び突きに来た長剣を盾で弾き、柄を素早く掴むと床に深く突き刺す。
刃先方向へは動かさず側面へと圧し折る様に体重をかけて固定した。
「矛盾って結局どっちが強かったんだっけ?」
故事を引用しながら鬼神は盾で剣を叩き始めた。
ブーツや胸甲が体当たりや蹴りを入れても怯まずに叩き続ける。
数発目にして剣と盾のダメージ部分が赤く熱を持ち始めた。
「こんなもんで音を上げんじゃねぇよ。
圧し折れんばかりに両方を思いっきり叩き付け、剣を柄の根元まで押し込み蹴り飛ばす。
それを見た胸甲が背後から襲い掛かる。
背後へ盾を某アメコミヒーローよろしくぶん投げて激突させる。
代わりに蹴り込んで来たブーツをサブアームで掴むと机に叩き付け始めた。
ドガガガッと肘を高速回転させて机に鞣す様に叩き付けて放り投げた。
「さぁ、どうする六人衆!? まだ俺は奥の手残してんぞぉ?! ゴラァ!」
威嚇しながら鬼神はどう締めようか思案しかけた。
ゴーグルの端で何かが輝くのでそちらへ思わず振り向く。
べこべこに凹んだ盾が震えながら浮かび、輝き始めていた。
この戦いの前にミミから聞いた盾の能力を思い出した。
(剣の鞘と盾には回復能力がある。鞘は装備した者だけだが盾はかざした全員を癒す)
思い出した文言に鬼神は血の気を失う。
その目前に何かがゆっくりと浮かぶ。
今まで叩きのめした兜や籠手、剣に胸甲、それにブーツがふらふらと浮かび上がった。
(うわっちゃー、剣と盾を纏めて潰したつもりだったけど詰めが甘かったか)
内心しくじりをぼやきながら戦況のリカバーに掛かった。
メイスと盾を一斉に投げつけ、回復を遮断し兜と籠手を叩き落とす。
回復は中断されたが、決して無駄ではない。
残る体力を振り絞り六人衆は最後の攻勢に出た。
兜を上に胸甲、ブーツが続き、両脇から籠手に右に剣と左に盾が続く。
光の粒子がそれらを繋ぎ、人の型へと形どって騎士となった。
「「「「「「ロード・ディアマンテ……推参」」」」」」
「おー、おー、合体攻撃が巨大ロボ風味か……何でもいいぜ。的が絞れていいや」
剣をすらりと抜き、盾を構えた騎士が現れた。
合体の最中にリアクターからエネルギーを供給した鬼神が構える。
すでに各部のダメージチェックと修復は完了していた。
「はい、ほんじゃまーいくぜ」
間合いにスッと入った鬼神は左上部サブアームに火炎放射をさせた。
騎士が盾で受けるのは想定済みで、ブーツに向けてサブアームのワイヤーを発射する。
これは相手が想定済みらしく、剣でワイヤーを弾く。
しかし、反撃はまだ続いていた。
左足を踏み込むと右腕を捻る様に突き出す。
咄嗟に鬼神も身構える。
「マグナムナックル!」
右籠手が射出され鬼神に高速回転しながら迫る。
「ロケットパンチとはベタだな……はいっよとぉ」
回転が左回転と見切った鬼神は右手で回転を殺し、左手で掴む。
そして膝蹴り連打で籠手を痛めつけ、床に叩き付ける。
トドメにアームの溶解液を掛けて足で踏み潰す。
「はい、左カモン!」
発射態勢に入っていた左籠手を挑発し、剣の動きを見る。
まだ動いてはいないが問題は鞘だ。
収納した時点で回復が始まるのでまだ大丈夫だが……。
(盾は兎も角、剣はかなり歪んでいる。鞘に戻る前に圧し折る)
既に配下云々の話など鬼神の頭から消え失せていた。
如何に相手を叩き潰すか?
それだけを目的としていた。
火炎放射を受け続けた盾が耐えきれずに横にズレる。
それと同時に
サブアームの火焔放射をやめ、ワイヤーで柄を巻き取る。
剣が慌てて飛び上がる前に掴む。
熱さに逃げ出した盾を上段から振り下ろし、剣ごと沈黙させる。
「さて、お次は……」
攻撃陣をほぼ沈黙させた鬼神がゆっくりと向き直る。
そこには口の部分が両開きになった兜と胸甲がいた。
何もなかった空間に光で出来た唇が浮かび上がる。
口をすぼめ、息を噴き出すように形を作った。
「降伏のキッスなら足にしてくれ」
軽口を叩いた鬼神は次の瞬間、油断を悔いた。
口から噴出されたブレスはたちまちのうちに鬼神を凍結させた!
「マジかよ! リアクター全開! 全身を加熱させろ!」
ボイスコントロールで指示し、サブアームで防御した。
完全に凍結した鬼神に向かい、距離を取っていたブーツが飛来する。
両足を揃え、踵を突き出して高速回転で突っ込んで来た。
湯気らしきものが鬼神から昇るがまだ動けない。
距離が数センチに迫った瞬間、サブアームがパージされてブーツが砕いていく!
間一髪で避けた鬼神は着地したブーツをむんずと掴む。
今度は両手で兜と胸甲にブーツを叩き付け始めた。
「そらそらそらそらぁ!」
しばらく叩き付けているとブーツから抵抗力を感じなくなる。
開いたままの兜の口に爪先をぶち込んで距離を取った。
「あばよ! 六人衆! これで決めるぞ!」
リアクターを稼働させ、天井に向かって鬼神が飛ぶ!
一回転し天井へ足を着け、真下の騎士に向かって反動をつける。
「回転! ウォリアァァァァァァァ・キィィィィィック!」
瞬時に頭上へ移動した鬼神に騎士は対応できない。
兜の直上へキックを着弾させ胸甲ごと粉砕した。
「うっしゃぁ! 全部潰したぞ! こらぁ! 久しぶりの勝利だ!」
今まで魔法で苦戦し、まともな戦果が少ないのを気にしていたらしい。
手なずける目的をすっかり忘れていた鬼神は変身を解除した。
散々たる光景に目的を思い出してトレバーは凹みだした。
「はぁぁぁぁぁっ!? うぁぁぁぁ、やらかしたわ……」
途方に暮れるトレバーに一条の光が絶望を連れてきた。
両開きのドアから盛大に血祭りにされたミミが転げ出て来た。
「うううっ、トッ、トレバァ……」
呻きながら前に手を伸ばすミミにトレバーは急いで近寄ると抱き起こす。
それなりに整っていた顔は血まみれで鋭い鉤爪で切り裂かれた傷が五本入っていた。
「どうしたっ?! 何があった?!」
「そ、それは……お?」
影がミミの言葉を遮る様に被さった。
盾が震える様に浮かび、癒しを与えている。
「あ、ありがとう、死ぬかと思った。……って大変だ! アムシャスの使いが来たんだ!」
「もういいぜ、盾、ありがとよ。……はぁ? いきなりか?」
「ああ、ジンガの部屋に行こうとしたら鉢合わせしていきなり" 介入したな "と宣いボコボコだぜ」
そこまで聞いたトレバーはふと疑問が浮かんだ。
部屋の前にはジョナサン達が待っていたはずだと……。
ドアを開けて周囲を見渡す。目の前の壁にメッセージが彫り込まれていた。
『 仲間は預かった。至急、龍帝の御前へ出頭せよ 』
文面を見た瞬間、トレバーの顔色が朱に染まり、修羅の形相になっていく。
「あ? 何が出頭せよだ? ゴラァ……ぶち殺すぞ」
悪党に警察のように出頭せよと言ったら反発は当然だ。
その上、人質を取った挙句に上から目線の物言いはトレバーの逆鱗に触れた。
そこへ騒動を聞きつけたジンガ達、魔人たちが現れた。
「貴様何奴!? 何で此処に来た!?」
「この泥棒がぁ! 成敗してくれる!」
口々に物騒な事を叫び始める魔人たちをジンガが止める。
「諸君! 静粛に! 彼らは私の客人だ。アンドレア! 彼らの贈り物を! グラスに注いで持ってきてくれ! 大広間は私が掃除しよう。トレバー、済まないが付き合ってくれ」
両開きのドアを入るとジンガは指を弾いて埃を光に変える。
その光を手で巻き取り、ばら撒いて破壊された室内を修復した。
「トレバーはそこに座ってくれ。ミミ、六人衆の修復を頼む」
傷だらけのトレバーに傍らの席を指し、余った光でミミの傷を治して修復依頼した。
「分かった。俺の分は残しておいてくれ……絶対に!」
必ず残せよとミミはしつこく厳命し、盾やボロボロの籠手を拾いうと奥に向かう。
それを見送ったジンガは猛り始める魔人たちに経緯を話し出した。
「彼らは六人衆へ腕試しと合力を求めて来た。勿論、彼らはギフトを携えてな」
ドアが開きキャスターを押したアンドレアが入って来た。
その台の上に有るものを見て魔人たちが一斉に生唾を飲む。
なみなみとピッチャーに注がれた冷えたオレンジジュースやリンゴジュースであった。
「アンドレアァ? くれぐれも零すなよぉ? 一滴さえも」
「畏まっております。ご主人様」
先程一人で堪能したジンガだったが、食指がまた動いてしまっていた。
「裁定者ジンガよ。この者らの裁定は? その答えを聞かねば……」
魔人の一人がもじもじしながらもジンガへ詰問した。
職務への責任感と喉の渇きに苛まれていたのだ。
「裁定は経過観察だ。彼らは強いが魔法には弱い。それに誰に送られて来たのか? 目的も判らないときている。保護は要らぬが放置もできぬ。それゆえアムシャスに訪問する様に伝えた」
「何故にアムシャスだ!?」
「誰に送られて来たのか? 目的を調べるためだ。
次々に追及してくる魔人たちにジンガは理路整然と論破していく。
だが、アムシャスが絡むと慎重論が出始めた。
「この者達が不用意にアムシャスと接触するのは如何なものだろうか?」
「というと?」
「アムシャスを刺激し、世界の破壊を選択したり……」
「それはないだろう。如何にアムシャスでも……はぁ……」
あまりのしつこさと弱気さにジンガはおもわず溜息が出てしまう。
そこにトレバーがスクッと立ち上がる。
隣のジンガや周囲に向けて口を開く。
「なぁ、一つ聞いていイイかい? アムシャスが地上人を拉致したら介入したとみなすかい?」
「まぁ、正当な理由が無いのであればな」
ジンガの答えを聞いた魔人たちが頷く。
「奴は俺の助手と地上人の仲間を拉致した。俺が出向くのにかかわらずだ。正当な理由にはならん。つまり追及するネタがあるわけだ。お前らイモ引くんならすればいい。俺はド突き倒して来る」
魔人共のグダグダさにキレていたトレバーが力強く宣言した。
奥から修復を終えた六人衆が騎士形態になり、後ろで片膝をついて待機する。
「お? 直ったな? 付いて来いお前ら、念願のアムシャスを殴りに行くぞ」
騎士の肩を軽く叩き、怒りに燃えるトレバーは出口へ向かった。
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