狂気招来

 ゲート周辺に陣取る堕天隊の銃撃で進攻が阻まれている。

その間、バリケード越しにバクシアンは休憩を取る。

かなりハイに成ってきている信徒長からマテ茶を手渡され一口飲む。

一旦落ち着くと信徒長に戦況を尋ねた。


「この付近の状況は?」

「ハイッ! は数千来ておりますッ!うちの雑魚戦闘員では三時間持ちますまい」

堕天隊味方をそう言うでないわ。では、その数千を捧げよう。全員、招来の儀を始める!」

「ははぁ! イアイヤイアイヤ! ンガウグング!」


信徒長をたしなめ、周囲に宣言するとバクシアンは立ち上がる。

呼応する様に毒舌の信徒長たちが奇妙な真言を叫びながら後に続く。


「副長! 打って出る! 我らが出たらシャッターを降ろせ! 招来するぞ!」

「ですが、バクシアン様! じきに博士が参ります!」

「それなら好都合、では頼むぞ! 堕天殿によろしくな」


 高揚しつつあったバクシアンはバリケード越しに居た副長へゲートの閉鎖を指示した。

内容を聞いた副長は止めようとしたが、バクシアンは颯爽と出て行った。

防弾性の高いバリステック・シールドで身を守りつつ、信徒たちがそれに続く。


 一方、魔王軍の攻め手、前衛タンク担当はいきなり突っ込んで来た人間達に舌なめずりした。

ちゃちな盾だけで自分達に接近戦を挑む……。

先頭のオークリーダーやミノタウロスたち前衛タンク部隊が一斉に襲い掛かる!

正気ではない哀れな人間達を美味しくいただく。

彼らの大好物は新鮮な人間の肉だからだ!


 包丁のような大鉈を振りかぶり嬉々としてオークリーダーが振り下ろす。

その腕を素早く掴み、信徒が大口で齧り付くと血走った目で見つめる。

引き剥がそうともう片方の手で頭を掴む前に、首筋に激痛が走った。


「トントロうまぃぃぃぃ」

「トンソククククククククゥゥゥゥ」


信徒たちは前衛の魔物達を襲い始めた!

暗闇に住まう野獣より素早く、飢えていた。

その瞳が……本来一つだけの瞳孔が二つ、三つと分裂する。

手には吸盤状の出来物に鉤爪の様な棘が生えて肉を裂き、血を啜り始めた。


 ある信徒はミミズの様に頸を伸ばし、ミノタウロスを全身で拘束し、頭から咀嚼する。

信徒長は手を昆虫の脚の様に変化させ、爪で相手を裂いて体液を味わいながら啜り始めた。

テケリちゃんを伸ばし、バクシアンは敵を捕食しながら変貌し始める。

皮膚に玉虫色の鱗が生えだし、縦にスリット状の瞳孔の金色に輝く瞳に変わった。

テケリちゃんを取り込み身体が巨大化して行く。

手足は以前より三〇センチは伸び、同時に首も伸び、顎が裂けると赤い口腔が見えた。

厳つい顔が槍状に変わり、蛇に手足が付いたような怪人に変わり果てる。

化けていくバクシアン隊生物に初めて食われるという恐怖に駆られ、浮足立った魔王軍がぶつかる。

その凄惨な生存競争は人外の世界そのものであった。


 激突と同時に搬入口のシャッターが完全に降りた。

そこに通路の奥から堕天が血相を変えて走って来る。


「しくじったか……至急、外で援護射撃している隊員を下がらせろ! 決して戦闘を見るな! 良いな!」


シャッターが下り、バクシアン隊が居ない事で全てを悟った。

遅れて来た堕天に副長は進言をした。


「しかし博士、援護をしなければ……」

「援護どころか、此方が狂気に引きずりこまれて人外に成り果てるぞ! モニターを寄越せ! 挙動がおかしい奴は拘束して医務室に連れて行け!」


 矢継ぎ早に指示を与え、ゲート手前の警備室に堕天は向かった。

モニターのスイッチを入れ、画像をカラーからモノクロに変える。

副長を従えた堕天が椅子に座り、外の様子を見た。


「一瞬ならこれで何とか観られるだろう。バクシアン隊、数百の信徒がなぜ数千の規模の我々と肩を並べるのか? これが秘密だ」


後ろに控えた副長の顔がを見た瞬間に恐怖で歪む。


 邪神の力をバクシアン達がその身体へ招来させる。

邪神の力は信徒たちを瞬く間に一級クラスの怪人、怪生物に変えていく。

見境なく襲い掛かり、命懸けで食らいつくす。

それ故にバクシアンはシャッターを閉めさせたのだ。

狂気の宴の風景を見た人間はその狂気の様子に自身の精神へ大ダメージを受ける。

その場合の選択肢は四つ。

そのまま引きずりこまれ、別の生物に成り果てる。

耐えきれずに自死を選ぶ。

見入る前に目を閉じてその場から必死で逃げ出す。

もしくはじっとして恐怖に耐え、運に身を任せて救出されるしか道はなかった。


「私が不甲斐無いばかりに……済まぬ、バクシアン」


モニターを消して堕天は一言詫びを告げた。


  狂宴の中、元バクシアン蛇人間は意味不明な言葉で信徒を煽る。

信徒たちは取り囲む魔物達をたちまちのうちに捕食していた。

状況は混戦状態になり、前線に居る全員が今の立ち位置さえ分からなくなっていた。

だが飽食状態になった信徒達は次第に動きが鈍くなる。

袈裟斬りにされるもの、蹴り飛ばされ剣を突き立てられる者が増えて来た。

だが、信徒は致命傷を受けてもその都度立ち上がり、より奇妙に身体を変化しながら攻撃した相手に文字通り喰らい付く。


 その頃、ジャクルトゥ本部への緊急報告をノインは隠し港で受け取った。

仮の中継基地兼司令部として反乱軍のアジトであった隠し港を使い、兵を送り出す。

机に座り、資材や戦費の支払い帳簿を見ながら御付きの秘書官に尋ねる。


「へぇ、人間が化けたのか、魔物が化けていたのか……後でドレドに調べさせよう。とにかく……クレアのチームはどこ? 例の魔法使いは?」


 帳簿に確認のサインを入れると自前の手駒捨て駒隊に招集をかけた。

敵の主力が出た時、ラゴウやヴァンダルは喜んで前線に出向くがノインは主力では動かない。

最低でも幹部が率いて居なければ動かない。

敵も強力な部隊が出て来て蹂躙している。

だが、まさかその相手が幹部元バクシアンだとは知らなかった。


 港の隅っこで寛いでいたクレアのチーム捨て駒隊はノインの呼び出しに渋々応じる。

昨日、敵の基地に侵入して幹部チームとやり合って来たのにもう次の任務特攻が来た。

副官の案内でクレア達はぞろぞろと後ろをついていく。


「ねぇ、ちっとうちら酷使し過ぎじゃない? 幹部とやり合った後ぐらい休暇ヒマくんない?」

「済まんな、お館様ノイン様の御使命だ。いつも通り俸禄と階級アップに長期休暇を申請しておく」


 背後で苦情を上げるクレアに対し、先頭を歩く副官は済まなさそうに宥める。

だが、階級と俸禄は兎も角、休暇は無いのがお約束になっていた。

クレアはそこを心配する。

ノインや自分みたいな行きおくれ手遅れになりそうな奴はどうでもいい。

チームの若い連中に希望と幸せを掴んでほしい。

ルクレベッカの相方メソッドを見て心底そう思った。

見てくれは兎も角、メソッドはルクレベッカの危機に身体を張れる男だ。

たまにゲスとは思うが、そこはどうとでもなる。

こういう土壇場で女の為に命を張れる男を見つけてほしい。

チームの少女達を見るたびにクレアは常に思っていた。


「それと前回もだけれど情報のやり取りはさせてもらいますよ? あんな連中とまともに戦ったら数百回は死んでますよ」

「わかった。わかった、そこそこで切り上げてくれ。あまりズケズケ言うと御館様が怒り出す」


 ゆっくりと立ち上がったクレアは副官に注文を付ける。

苦笑しながら副官は条件付きで同意する。

元々はこの副官こそクレア達の直接の上司だった。

便利屋が重宝され過ぎてノインまでが使うようになった。

その待遇は変わらないが任務は危険性の高い激務へと変わる。

場当たり的な作戦で死んでいった仲間も増える一方だった。

その損耗を避ける方法は情報と対策であるとクレアは前回の作戦で学んだ。

前回降下作戦はメソッドの情報とワーズの戦略と根回しで生き残った。


 今回、その二人は居ない。代わりに自分達で考えて動くのだ。

それも短い間隔での呼び出しは間違いなく難敵だ。

嫌な予感がクレアの全身を蝕む。

しっかり情報を採取し、戦略を練れるか?

それが悪い予感を捨て去れる唯一の方法と考えていた。



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