マスクドウォリアー

 白昼、人里からかなり離れた山中に複数のエンジン音が鳴り響く。

舗装もないような山道、そこを黒いSUVとグレーの輸送トラックが疾走する。


 車の運転手は地味な作業服を着ていたが、ある種の違和感をまとっていた。

常人以上にガッシリとした体格に顔の相がキツい。

良く言えば精悍、悪く言えばゴロツキの顔であった。


 車は普通なら注意深くゆっくりと進むような荒れた道路を平気で飛ばしていく。

先に行くほど荒れた道がよりひどくなり車の振動が激しくなる。

運転手がその荒さにとうとうイラつきだす。

舌打ちをしながらステアリングを切って車体を安定させようとする。


 すると後部座席に座る女が真剣な表情で指示を出した。


「振動や安全などどうでもいい! 奴が追ってきている! 計画通りに迂回しろッ、本部に伏兵を要請せよ!」

「はっ!」


女の歳は二十代後半だろうか?

薄く化粧をしたその真剣な表情は美貌をさらに際立たせる。

豊かな胸元と肢体のラインから妖艶さがはち切れんばかりに滲みだす。

童子にもが判るような挑発的な黒の衣装を身につけていた。

だが、その肢体に懸想をする部下は誰も居ない。

居ても本人か部下の手で翌日には粛清される。



 指示を受けた助手席の男は何処に向かってメッセージを送る。

車列は前方にある脇道に入っていく。

何かを察した女は大型の扇を二つ重ねてパシッと音を立てて持つ。

そして隣の全身黒タイツ、目の部分だけゴーグルをつけた男に尋ねた。


「現有戦力は?」


質問された黒タイツは規律正しく即答する。


「はっ、キルケー様と我ら十五名です」

「ならば、開戦したらトラックはそのまま行かせい。殿しんがりは残りと私でやる。刺し違えても奴を倒すぞ!」


部隊に指示を出し、キルケーと呼ばれた女は意を決したように扇を握り締める。

組織の命運が掛かった作戦である。全滅しても成功させねばならない。


「はっ、了解であります」


男が悲壮感を漂わせつつ返事する。

すると前方の道が石材の切り出し場の様なひらけた場所に出た。


 そこには一人の青年が立って待ち構えていた。

髪の毛は長めのカールが掛かった茶髪に細く優しい眼で正面を見る。

涼やかな笑みを浮かべた口元はたいていの人々が好感を覚える。

そして献身的勤勉さで鍛え上げられた肉体を持っていた。

既に現代では死語か絶滅危惧種になっている存在、好青年であった。


 青年は車の進路をはばむ。

ゴツいガードグローブに傷だらけのクロスオーバーヘルメットを肩にかつぐ。

服装はくたびれたバイク用のバトルスーツを着けていた。

まるで転倒した峠のバイク乗りが強引にヒッチハイクしているようであった。

優し気な風貌には不釣り合いの行動だ。


 車が止まり、後ろのトラックから全身タイツの奇妙な男達が十名降りて来て青年を取り囲む。


「奴だ! 指示通りに戦闘が始まったら行け! 最後の一人になってほども必ず反応炉とデータを大首領へ送り届けるのだ‼」


緊張の面持ちでキルケーは運転手に指示を出し、車から降りた。

そして男に向かって威嚇する様に扇を広げる。

勝算は四分六分少し分が悪い、戦力が足りないのだ。

もちろん失敗は決して許されない。


「戦魔女キルケー‼ 今日こそお前の最後だ!」


 笑顔だった男は瞳から血涙が流れ出しそうな憤怒の表情に変わる。

目前のキルケーを指差し、怒りを込めて宣告する!


伊橋いはし耕史こうじ! 今日こそお前を倒してみせる!」


扇を構えたキルケーは、伊橋と呼んだ男に向かい言い返す。

伊橋の全身から吹き出る闘志が周囲を歪ませた。

その途端、伊橋が怒りを込めて叫んだ!


【チェェェェェンジ! ウォリアァァァァァァ‼】


 戦意に呼応して伊橋は腕を胸元で交差させる。

高らかな掛け声と共に両手を回して上に伸ばし、前方に高くジャンプした。

十数メートル上昇し、身体が変わり始める。

ベルトのバックル中央部に円型のリアクター反応炉が展開する。

スーツの前に大胸筋や腹直筋のような装甲板が染み出た。

腰や肩から銀色のラインが太く一本、グローブやブーツに走る。

それがエネルギー伝達ライン兼アースになるのだ。


 俗に言うイケてる顔にうっすらと出来の悪いポリゴンのような手術痕が浮かぶ。

痕跡をヘルメットがせり上がり隠す! そして変わりはじめた……。

うすく緑がかかる銀のクロスオーバーヘルメットが頭部を包む。

各部が波打つように生物的で戦闘的な異形の風貌に変化する。


ゴーグルの奥に悲しくも怒りに紅く燃え上がった眼が輝き始めた。

禍々しく鋭い顎が口を包むように閉じる。

額から頭部に伸びる触角のようなアンテナ……が伸びる。

――仮面異形の姿に変わる!――


 その間にキルケーは着地位置を予想し、部下を配置させる。

すこしでも優位に戦闘を行うためだ。

せめて一人でも怪人級戦力が居たら五分に渡り合えただろう。

弱気を振り払い、自分は間合いを取ると異形の男に関する事をざっとおさらいした。


 キルケーが所属する組織、ジャクルトゥは次世代の新機軸兵器の開発を目指していた。

そこで拉致した青年たちに持てる技術を存分に盛り込んで改造を施した。

その唯一の試作完成品が彼だった。

 

次世代型戦闘型改造人間・進化型LLリミットレスタイプ試作ゼロ


 それが正式名称だった。

改造の結果、目的の能力付与は成功した。

だが初期数値は常人並以下で、即日廃棄決定されたはずだった。

男は死体の浮かぶ廃棄槽から抜け出し、煉獄を戦い抜いて来た……。


 人や組織は彼をこう呼んだ。


 ――マスクド・ウォリアァァァァァァッ‼‼――


右横の崖の上に絶叫と共に着地したウォリアーはキルケー達を見据る。

その眼には闘志を滾らせ、怒りを四肢に込める。

全身にエネルギー憤怒をキィィィィンと作動音を響かせて行き渡らせた。


 対峙したキルケーは瞬時に扇を構え、トラックの戦闘員に目で合図する!

戦闘員たちがマシンガンをウォリアーめがけてぶっ放す。

だが、姿は既に無かった。

遥か上を跳躍して戦闘員に襲い掛かる。


 ――ウォォリァァァァチィィョョョョップゥ!――


振りかぶった手刀が端にいた戦闘員の肩口から袈裟斬りに切り裂く。

身体から火花と共にプラスチックのホースや電気コードが飛び出る!

そしてウォリアーは空かさず構えるとキルケ―を指差す!


「貴様らの魂胆などお見通し……あれッ?……」


 威勢よく啖呵を切るまでは良かったが、その魂胆は見通せては居なかった。

トラックは指示通りに積まれた荷物ごと消え去る。

キルケー達の任務は研究の強奪。

国立研究所から最新型超高効率反応炉をデータごと盗み出す事だった。

作戦通りに奪い、本部に向かい懸命に逃走する。


 忽然と消えたトラックをウォリアーはキョロキョロ見渡して探す。


「相変わらず変な所で抜けているのね。ま、良いわ、此処でお前を倒すから」


覚悟を決めた女が笑顔で告げる。

死闘の幕開けを……。


「上等だ! 今日こそぶち倒してそのままジャクルトゥ本部に乗り込んでやるっ!」


言い返したウォリアーに再び銃弾が浴びせられる。

だがウォリアーの強化服に弾丸風情が効く事は無い。

改造人間は強化服を着る事で能力を発揮する。また防護服でもある。

通常の強化服でも四十五口径程度の弾丸は余裕で弾く。

いま着ているスーツはジャクルトゥのとある幹部専用の強化服なのだ。

基地に侵入した時に強化服を開発施設を見つけた。

暴れまわった挙句に完成品を強奪し、そのまま使用していた。


最強の盾幹部専用新型強化服に量産兵器など効くわけが無い。

ただし、牽制と時間稼ぎにはなる。

服を浴びてウォリアーは突っ込んで来る。

戦闘員たちは恐怖で棒立ちのまま乱射する。

自らを囮にしてでも攻撃を集中させる。

だが、横から扇が風切り音とともに旋回しながらウォリアーの横っ面を張りとばす。


「悪いわね、そう簡単に手下をやらせる程、私は弱く無いッ!」


 もんどり打ちながらもウォリアーは足から着地して溜めを作る。

標的を変え、フェイントを織り交ぜたダッシュでキルケーに攻撃を仕掛ける。

戦闘員手足より幹部を狙う。

ジャクルトゥの戦闘員・怪人達を倒して来た経験から来る鉄則だ。


「だぁぁぁぁッ!」


ウォリアーは速度が出ると土煙を上げて踏み切り、飛び蹴りを見舞う。

対するキルケーは必死に扇を広げて防御に入る。

扇を斜めにして決して目を離さぬように……。

 

 ――バッシィ!――


 想像以上の重さの蹴りが扇に弾かれるが、扇を持つキルケーの腕も衝撃で痺れる。

やはり攻撃はまだ終わらない。

弾かれると同時に反発力を使い、フッと短く息を吐いて身体を反転させる。

想定通りに扇を貫通するべく垂直に蹴り降ろす!

改造人間は戦闘時、関節可動域や筋力、神経伝達速度が常人以上になる。

その為、空中でも瞬時に態勢を変えられる。

弾いた瞬間に身体を捻って追撃してくるのだ。


 予測したキルケーは扇を放して三メートルほど飛びのく。

しかし紙一重ゆえに衝撃で衣服が裂ける。

むき出しになったなまめかしい胸と素肌に赤く血が滲んでいた。

特殊合金製の扇を容易く貫通し、そのままウォリアーがスタッと軽やかに着地する。

もしあの下に居たら……あられもない姿のキルケーが冷や汗を流す。


 そこに戦闘員達が一斉にウォリアーに飛びつく。

四肢を必死に絡め、幾重に羽交い絞めにして叫ぶ!


「「キルケー様! 大技を!」」

「ぐっ! は、はなせぇ!」


ウォリアーが戦闘員の行動に驚き、全力で引き剝がしにかかる。

戦闘員の献身的な働きが功を奏す!


「お前達!……ごめん!」


 キルケーがもう一つの扇を構え、最大奥義を発動体勢に入る。

羽交い絞めした戦闘員達とキルケー、お互いの目線が交わる。

敗走して大首領に叱責された時はともにへこみ。

他の幹部に馬鹿にされ大喧嘩した時は相手部隊と大乱闘をした。

手柄を立てた時は共に泣き。

時には怒り、笑いあったある意味、怪人達主力より共に戦い抜いた戦友であった。


 涙を見せつつキルケーが絶叫する!


【奥義・フゥレイムトルネェェェェェェドォ‼】


扇をダイナミックに一扇ぎした。

超圧縮された化学燃料と液体酸素が数メートル先でらせん状に混ざり合い発火する!

ゴフワッと轟音が立つ、炎を巻き込んだ高熱の竜巻が起こった。

その炎風はウォリアーを戦闘員ごと包んで上空に舞い上げる!


【秘奥義・炎・神・供・贄‼‼】


その直後、キルケーもブーツの跳躍機能を使い、全力で跳躍する。

最大高度から落下するウォリアーに扇の端で白銀に輝くレーザーカッターを叩きつける!

そしてスタッと音を立てて着地した。


 着地したキルケーが振り返る。

数秒遅れてウォリアーが地面に叩き付けられた。

しかしリアクターを猛烈な勢いで稼働させ、ウォリアーは立ち上がって来た。

ナックルガードからは血液が大量に噴き出す。

キルケーが戦闘員戦友を犠牲にして斬ったのはガードと腕の筋肉の一部だった。

最も、もう一つ扇があれば首を獲れていたが……。


 間一髪の危機の乗り越え、ウォリアーは猛然と突っ込んでくる。

迫る戦士を見据えながらキルケーは詫びた。


(大首領に……戦闘員に……いつもいがみ合っていたけど最愛のあの人に……)


リアクターの高速回転が始まりエネルギーを充填する。


「トォッ!」


全身を白熱させたウォリアーが掛け声と共に跳躍した。

全エネルギーをブーツに集約させて足刀が高熱を発して光り輝く。

目標であるキルケーに熱波を浴びせつつ蹴り込んで来る!


 そこに脇から飛び込んできた影が叫ぶ!


『沈めぇッ!』


キルケーの目前に迫るウォリアーのどてっぱらから鈍く重い音が漏れる。

何者かの膝蹴りが脇腹へカウンターで突き刺さったのだ。

隙の多い最大の技だったため、ダメージが半端ではない。

膝が離れた瞬間にミシリと肋骨のあたりで音が聞こえた。


「グガァ!」


ダメージを喰らい獣の様な苦鳴をあげてウォリアーが弾かれたように吹っ飛ぶ!


 膝蹴りをした猛者は側転宙返りをしてキルケーの前に降り立つ。

受身を取りながら落下したウォリアーは立ち上がり、脇腹を抑え対峙する。


「き、貴様は鬼神大佐ッ……、邪魔するなぁ!」


 ウォリアーが怒鳴るものの間髪容れずに邪魔した男、鬼神大佐がまくしたてる。


「いーや、邪魔するね。薬物で強化したの乳モロだしの女相手にリアクターエネルギーを加えたハイパーエネルギーキックウォリアーキックをぶちかます。……オーバーキルが俺ら悪の組織並みだな……お前ときたら」


 鬼神大佐と呼ばれた男の姿はウォリアーとほぼ同じだ。

各部のガードが毒々しい赤色である。

特殊合金で覆われた仮面は黒でゴーグルの眼光が黄色い事だけの違いだった。

戦闘中だが腕を組み、余裕を持った立ち姿でウォリアーを挑発する

その男が後ろのキルケーに向かい小声で指示を出す。


「おい、キル、生き残り負傷者を集めて、後に来る俺の部隊と合流し撤退しろ」

「な……」


満身創痍のキルケーは安堵と共に屈辱と羞恥が混ざった顔で鬼神を見る。


 下手にプライドを傷つければ特攻しかねない。

鬼神は出撃理由を包み隠さずにおしえた。


「大首領がよ……最大功労者のお前らをむざむざコイツにやらせる訳にはイカンとよ」


復讐という闘志を燃やして立ち上がってくるウォリアーを鬼神は見据えた。


「待てェ! まだ終わっちゃいないぃぃぃっ!」


脇腹を押さえ怒り心頭のウォリアーが怨嗟を込めて叫んだ。

だが、さらに鬼神は挑発する。


「ああ、終わっちゃいない。俺のスーツを盗んだ手癖の悪いガキにヤキいれないとな……それに……」

 

ゆっくりと構えを取り、心でこう続ける。


を半裸にした挙句、足蹴にしてくれた貴様てめぇは必ずぶっつぶす!)

「御託はどうでも良い! 行くぞ」


 呼吸を整えたウォリアーが大地を蹴り、キルケーを庇うように立つ鬼神に突っ込んで行く。

脇の損傷の為に幾分動きが悪い。

鬼神は踏み込みながら放ってくるウォリアーの右ストレートを簡単に予測した。

ギリギリでかわして伸び切ったその腕をパシッと掴む。

そして崖のある岩場にシュパッと叩き付ける様に振り投げる。

それは柔道の技、浮落うきおとしだった。

柔道の型、手技に分類されるそれは相手の協力が無ければ成立しない型だ。

だが、勢いと技量の差がある相手なら仕掛けられる。


 自身の勢いにパワーを上載せられたウォリアーが岩壁に叩き付けられる。

同時に衝撃で岩場が崩落する。

その隙に撤退する様に鬼神が急かす。


「おい、キル、惚れ直して爆乳全開丸出しフルオープンアタックしているのは良い。後で相手するからとっとと撤退しろ」

「う、うるさい」


上気した顔と爆乳フルオープンを指摘されたキルケーは慌てて前を隠して怒鳴った。

周囲で苦しんでいる虫の息の戦闘員達を介助する。


「あ、ありがと、死ぬんじゃないよ」


瀕死の戦闘員を担ぐと去り際に顔が見えないようにぼそっと呟く。


「ふん、そこは勝てよと言わんかぃ」


 事も無げに鬼神が返す。

雰囲気は剣呑なままだ。

そして崩れた岩場が吹き飛ぶように爆ぜる。

中から満身創痍のウォリアーが立ち上がってきた。


「きーさーまぁ」

「お互い、が無いようだ。とっとと次で決めようぜ」


 鬼神のゴーグルに左から右の方向へ光の粒子が尾を引いて流れる。

するとリアクターが紅く輝きを増して点滅し始めた。

無理やり超高出力設定で出撃して来た為のリアクターからのだった。

同時にウォリアーのリアクターも輝きを増す。

四肢を走るラインに青白い放電が節々に起こる。

ダメージを貰い過ぎてスーツの自己修復能力が追いつかないのだ。


『『行くぞ!』』


二人の叫びがかさなるように周囲に響く。

同時に両者が猛烈な勢いで走り出す。

狙いは顔面、右フックで決める。

奇しくも同じ狙いだった……。


 左足をお互いの斜め前に踏み込む。

体軸に対し内側へ旋回を加えてダンと力強く大地に固定する。

本来なら顔をガードする左腕さえも後ろに引く。

発生した体幹の回転力を右肩と右腕に伝導させ回旋力を与える。

着弾の瞬間にグローブをぐぎゅっと握り込む。それで拳にさらなる衝撃を生み出す。

理想的な全力でのパンチモーション打撃動作だった。


――ヒュガッッ!――


 重戦車を破壊せしめる改造人間の全力パンチが空気を切り裂き交錯する。

そして渾身の一撃がお互いの顔面を襲う!


――ガッゴォン!――


 インパクト着弾の瞬間にお互いの仮面が爆散、粉砕する。

強化服が過剰過ぎる衝撃を吸収するべくフル稼働する。

だが、受けきれずリアクターごと爆散し、両者の体が反対方向に吹っ飛ぶ!


 つかの間の沈黙が周囲を満たす。

静寂を打ち破る様に影が立ち上がる。

伊橋だった。

しかし、無事とは言えない状態であった。

スーツはボロボロ、顔は内出血で徐々に腫れ出す。

両膝をガクガク言わせながら立つのがようやくの体であった。

 

 そこにキルケーの部下と同じ全身黒タイツの男たちが走り込んできた。

ベルトが銀色以外はキルケーの部下と見分けがつきにくかった。

彼らは伊橋には目もくれず倒れ込んだ鬼神に駆け寄る!


「大佐ぁ!」

「おぅ、お前らか……」


 そこにはぼろぼろのバトルスーツ姿の男が仰向けに倒れていた。

鬼神大佐こと、トレバー・ボルタックは戦闘員たちにゆっくりと声を掛ける。

金髪のウェーブが掛かった長髪は一部が焼け焦げている。

回復した少し垂れ気味の青い瞳は遊び心のある野心をぎらつかせる。

しかしニヒルそうな口元を飾る野性味溢れる顎鬚には血がしたたっていた。


 ダメージが深刻なのか、戦闘員の手を借りながら起きる。


「お気を確かに!」

「ああ、まだ目が回っているけど確かだよ。奴は?」


軽い口調の割に身体はやはりダメージで動かなかった。

向こうで立っている満身創痍の伊橋を見つける。


「やりますか?」


 戦闘員達の声に覚悟と気合いが入る。


「ぐっ……やめとけ、て、手負いの奴にお前らじゃ、返り討ちだぞ」


トレバーは全身から伝わる激痛に顔を歪めながらたしなめた。


「ハッ」


戦闘員達がうなずき、トレバーの応急処置と搬送を始める。

そこに伊橋の背後の茂みから何者かが走ってきた。


「耕史ッ! 大丈夫か!」


金属バットを片手に持った若い男が駆け寄る。


「な、なかむ……」


男の名前を呼ぼうする伊橋の意識は飛びそうだった。


「チッ、痛み分けか」


伊橋を見て戦闘員に両肩を抱えられたトレバーが吐き棄てた。

それを聞いた男が突っかかる。


「なんだー! やんのかーっ?」

『やんねぇよ! このバカッ!』


 バットを構え、威嚇する男にトレバーがすかさず怒鳴りつける。

その剣幕に男が首を竦めた。


「中村ぁ! 伊橋ボケに伝えとけ、今度やる時には必ず潰すッ!」


トレバーの宣告に中村と呼ばれたバットの男は舌を出して挑発する。


「伝えとくよ。て言ってたって」


中村は伊橋の相棒と言える存在であるが、戦闘力はからきしだった。

戦闘員でもキツイ、しかし伊橋の危機に駆け付けて来たのだ。

得意技の口八丁手八丁で挑発をし始める。


「おお、それで良いぜ。お礼ついでにお前の恥ずかしい写真秘密、お前の周囲にばら撒いてやんよ」


 中村の憎まれ口に脅しを交えてやり返す。

その途端、顔色が変わる。


「必ず正確に伝えます。お任せください大佐殿。その件は平にご容赦を!」


中村はうめくボロボロの伊橋を支えながら脅しに即座に屈した。

そしてで敬礼して見送る。


 部下たちに担がれ、二人を置いて立ち去るトレバーは正直焦り出す。


(俺は右足の力右下腿の力も加えた理想の形でフックを打った。だが奴は両足を踏み降ろしたまま、上半身の回旋と筋出力だけで俺を戦闘不能にさせた。既に単純な戦力筋力は向こうの方が上か……)


強化服の性能差だけではない。

奴の能力が自分と同等かそれ以上なのだと認識させられた。

これで技量が伴えば完全に負ける。

作戦は大成功だったが、トレバーは自分の勝負には負けたと認識した。

















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る