ラゴウと大首領

 その頃、ジャクルトゥ本部の一室にてアドバンスは洗脳されていた。

頭部には電極が付いたリングを嵌められ、目を強制的に開けさせられていた。

サブリミナル効果付きの映像を見せ、大首領への忠誠心を埋め込む。

腕には点滴が刺さっており、薬剤を投与され意識は朦朧とする。

途切れ途切れの意識の中、アドバンスは子供の頃を思い出していた。


 家は貧しかったが、魔道の素質を見出され職業学校に通っていた。

ラゴウの先代父親が創設した魔道師育成機関だ。

学校からの帰り、家が見える所まで来た。

母や農作業する父親が居る。

家に帰ろう、もうに居たくない。

その一心でアドバンスは走り出す。

もう少しで家に着く……目から嬉し涙が流れる。

その途端、横の森からラゴウが出てくる……。


「アドバンス、ご苦労」


そう言いざま、首を鷲掴みにし圧し折る。

そして身体ごとラゴウに乗っ取られた。


 意識を乗っ取ったラゴウは肉体アドバンスと技術を総動員し始める。

まず足と手の関節を外して拘束を解く。

瞼を固定する機具や頭のリングを外す。

ボロボロのローブ姿だが気にしない。

さっさと反撃に取り掛かった。

関節を元に戻すと魔力をチャージし始める。

両手で印を結び、両腕を開いて魔力を展開させ詠唱する。


「火焔の女神、大地の魔神に命ず。我が名におきてその楔解き落とせ! アムティス!焔地號爆


閃光と共に指向性を持った爆発が起こる。

部屋を破壊し周囲の部屋まで延焼が始まった。


 炎の中をラゴウが不敵に歩き始める。

すぐに警報が鳴り響き、消火剤が散布される。


「ほ、捕虜が逃げたぞ!」


現場に駆け付けた作業員がラゴウの姿を見て叫ぶ!

その作業員に一瞬で近づくと首に手を当てる。


「Πού είναι ο κύριος αυτού του τόπου;」

(此処の主はどこだ?)

「はぁ? 何言ってんだ?」


ラゴウの質問に翻訳ソフトを持たない作業員は驚き困惑する。

用を足さないと判断したラゴウは即座に息の根を止めた。

そして騒動を聞きつけて駆け付けた警備隊員達に魔法を喰らわせる。


「紫風の風よ、雷撃となりて我が敵を撃て! ケステーズ紫雷放轟!」


紫の雷が人差し指と中指に巻き起こり振り降ろす。

巨大な旋風状に雷撃が通路に拡散し、轟音と共に隊員達を雷撃で焼殺して行く。


「Ας τους συντρίψουμε όσο ακόμα μπορούμε.」

(今のうちに潰すか)


 他愛の無さに拍子抜けしながらラゴウは先へと進む。

そこへ天井の通気口から女が顔をのぞかせた。

空中で一回転しラゴウの目の前で傅く。


「敵陣ゆえご無礼を、ラゴウ陛下とお見受けいたします。テーター家直属、ルクレベッカと申します。偵察に派遣されて参りました」


整った顔立ちで背中に蝙蝠の翼を持つ女は丁寧だが簡潔に挨拶した。

偵察任務らしい黒いジャンプスーツのような服装であった。


「ほう、俺より速いとは……ノインめ、やりおるのぅ」


ノインの手際の速さにラゴウは苦笑する。

針路を妨げぬようにルクレベッカは横に身体をずらし進言する。


「それでは随伴します」

「ならん、任務に戻れ」


ルクレベッカの提案を一蹴すると前に進み始める。


「え?! ですが、幾ら憑依中とはいえ供も着けずに……」

ワーズは陽動で戦地に居る。貴様もノインから任務を受けているのだろう? それを果たせ。俺はここの主を探す」

「はっ! では、私は下から上がって参りました。それらしき部屋や広間はございませんでした」

「分かった」


イラつき始めるラゴウを察知したルクレベッカは諦めて別行動に入った。

さっさと任務を終わらせ、合流すれば良い。

ルクレベッカはそう判断して再び通気口に戻って行った。


 ルクレベッカと別れたラゴウは上を目指して階段を探す。


「居たぞ! 射殺しろ!」


後方からラゴウを見つけた戦闘員たちがマシンガンを問答無用で乱射する。


「ちっ、ステイクス絶対防壁


目の前に力場を作り、銃弾を弾いていく。

そして、これが奴らの弓矢かと興味深く観察しはじめた。

弓と違い矢をつがえる手間が無い。

速射、連射性能は一介の農夫でも歩兵部隊を殺戮せしめる。

このようなものがあれば我が軍は手痛い反撃どころか駆逐されてしまう。

危機感がラゴウを突き動かす。

しかし、憑依中は供給できる魔力が少ない。

ベースがアドバンスゆえに一時的にチャージできる魔力が限られるのだ。

中位魔法を一回放った後はしばらく休まなければアドバンスがもたない。

事実、脈は頻脈になり、四肢の筋肉は痙攣しかける。

ラゴウは敵を溜めて効率よく排除する事にした。


 そのまま先を進むと階段が見えた。

後ろに戦闘員を引き連れたラゴウが階段を登る。

上の階に出ると下に向かって印を結ぶ。


「紫風の風よ、雷撃となりて我が敵を撃て! ケステーズ紫雷放轟!」


指を下に向けて迫る戦闘員達を一網打尽にする。

そして上の階に出るとスピーカーから声が流れる。


「私の声が分かるかね? 陛下」


見下したようなせせら笑いを含んだ尊大な物言いで大首領が尋ねる。


「貴様、何者だ?」


攻撃手段魔法はまだ時間が掛かる。

バレないように何時もの態度でやり過ごす。

そして周囲を注意深く観察する。

天井の四角い穴から声、視線を壁の端の黒い筒カメラを感じる。


「私がお探しの尋ね人だ」

「俺を愚弄するのか?」


おちょくるような物言いはラゴウの逆鱗を引き抜くような行為であった。

それでも大首領の舌鋒は止まらない。


「いやいや、こともあろうか魔王様が直接来られず。捕虜になった部下に乗り移り、安全にを楽しんでおられる。こんな小物なら直接攻め込んだ方が正解だったか……先程から気になっているを携えて!」


ゲシル村の魔王の噂話を精査し、覇権主義の軍人気質と分析して挑発したのだ。


「貴様、どこに居る」

「その先、突き当りにある部屋で待っている……。一人でな」


殺気立ったラゴウに大首領は呼びかける。

その返答は呪文の詠唱であった。


「シルヴォックの空より来たれ爆風!かの地の精霊打ち滅ぼし天に堕ちよ! ブリゲイト轟暴滅破!」


 緑色が掛かった魔力の球が手のひらに形成され、魔力の球を投げつける。

その動作でアドバンスの腕が爆ぜる。

どうやら限界を迎えたらしい。

球は低い振動音を立てて不自然に真っすぐ進む。

ドアに当たると同じに球が空間を歪ませ、周囲のモノを吸い取りながら破壊して行く。

部屋の中にある椅子やテーブル、レリーフもまとめて喰らいつくすように消えた。

粗方、吸い終わると部屋は岩肌剥き出しの空洞になる。

その威力にラゴウは幾分気分が晴れたようだ。


 背後の物音に気が付き、ラゴウははっとして振り向いた。

壁や天井から無数のレーザー砲が動き出す。

構えるラゴウを無遠慮にして無慈悲にバスバスバスとハチの巣にする。


「ククククッ、やはり魔法を使って来ると思ったよ。私の本体はそこには居ないよ。裸王ラオウ……じゃなかったラゴウ殿」


虫の息になったアドバンスラゴウの耳に大首領の小馬鹿にした嘲りが入って来る。

憑依は魔力を供給できるのと同時に感覚も共有する。

気を抜いた状態でハチの巣にされたラゴウは部屋で傷みに顔をしかめる。

術も切れかかるがもう一太刀浴びせるつもりで立ち上がろうとする。


「次回は貴殿の城でお会いしよう……」


そう呟いてレーザーがアドバンスの眉間を貫き、楽にしてやる。


「メソッド、被害状況を把握してついでに改装しろ、内容は任せる」

「は……ははぁ!」


何時もなら即座に返事するメソッドが一瞬口ごもる。

奴の事だ。

大首領は警報にビビって部屋に閉じこもったのだとその時は思った。

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