血路を拓いて

 襲い掛かって来るゲンナジーに対峙した鬼兵は棍棒を無造作に振りかぶる。

敵は五名、子供達を捕まえている鬼兵は最後尾だ。

最後尾へゲンナジーは全力疾走を始めた。

しかし、その頭部へ力任せに棍棒が振り下ろされた。

咄嗟に避けるがシュボッっと肩に棍棒の先が掠る。


「チッ!」


急停止してゲンナジーは相手の武器の範囲から飛びのく。

鬼兵達はそれなりの訓練と経験を積んでいるらしい。

捕まえている網の鬼兵を守るように囲む。そして攻撃に備え振りかぶる。

突撃バカとの噂だったがそれなりの知恵はあるらしかった。

ゲンナジーは表情を変えて認識を改める。


(こいつぁ……バカには出来ねぇなぁ……)


 顎を左拳でガードし、右手をだらりとぶら下げる。

上下にステップを刻み始める。

そして相手の呼吸を読み始めた。

(一撃必倒、それでも二匹まで、奥の手使って三匹か……)

呼吸を合わせて先制する算段を始める。

そして隣に居るはずの伊橋をチラリと見る……居ない!?

二度見したゲンナジーは鬼の集団に向かって行く伊橋の背中を見た!


「えっ?! おい!」

「どぅるやぁ!!」


 興奮状態で意味不明な掛け声を発した伊橋が地面を蹴り鬼兵に殴りかかる。

振り下ろされる棍棒の中に入り込み、鬼兵の顎に右アッパーを突きあげた。

すると鬼兵が横から容赦なく突き飛ばされ、アッパーを空かされてしまう。


「ッチィ! コイツらぁ!?」


伊橋はフォローに驚く、訓練を受けた動きではない。

実戦で粗暴だが的確な判断を磨いたのだと気が付く。

その動きを見てゲンナジーは肝を冷やす。


(一撃を空かされたら後ろに反撃喰らって終わるのか!)


しかし、手をこまねいて時間が経ち、増援が来たら伊橋達も終わる。

ゲンナジーは玉砕覚悟で突っ込む事にした。

構えて再び呼吸を測る。

そこでもまたしても伊橋が先に動く。


「俺について来い!」


見えないように後ろ手で左を差しながら伊橋が駆け出す!


「コージ!? チッ!」


 伊橋を自分の無茶に付き合わせる気が無かった。

しかし、先に行かせる事になり舌打ちで追いかける。

追い抜こうと加速した瞬間、伊橋の雰囲気が変わった事を悟った。


「チェェェェンジ! ウォリアァァァァァァ!」


そう叫びそのまま高く跳躍する。

鬼兵達の視線が伊橋に集中する。

ついでにゲンナジーまでつられて見てしまった。

異形へ変わる伊橋の姿を……。

そして慌てて左に居た戦槌鬼兵の顔面に全力で拳を叩き込んで時間を動かした。


「ごぎゃぁぁぁぁぁっ!」


ひどいだんご鼻に右ストレートを捻り込むと悲鳴あがり、のた打ち回る。

隣の鬼兵がターゲットをゲンナジーに絞り横に振りかぶる。

後頭部をウォリアーが鈍い音を立ててブーツの踵で叩き割る。


「ぎゃっ!」


頭を割られた鬼兵が膝から崩れ落ちる。


 着地すると同時に横殴りの戦斧をウォリアーは間一髪、スウェーで避ける。

仲間を倒された鬼兵たちはウォリアーに目標を絞った。

戦斧と棍棒が横と縦の方向からタイミングをずらしながら襲い掛かって来る。

まず横薙ぎの戦斧をスクワットのようにしゃがんで避けた。

そのタメを使い、頭上に迫る棍棒を右フックで迎撃、バゴッと音を立てて粉砕する。

ウォリアーの背中を中村は手頃な石ころを集めながら見ていた。


(今までなら攻撃を受けつつ倒していたけど……避けてる!?)


 ゲンナジーのアドバイスが効いたのか戦闘術に意識変化があった。

荒々しさはあるが避ける動作を混ぜる。

被弾がないのでダメージもない。

しかし防御は慣れないので当たりそうなのだ。


 一方でゲンナジーも子供を捉えている鬼兵に苦戦していた。

子供達は網に入っており、それを猛烈な勢いで振り回してくる。

地面に叩き付けられたらひとたまりもない。

受け止めようと必死に構えてタイミングを合わせる。

だが、そこに先程顔面を潰した鬼兵が起き上がって来る。

潰れた鼻からは滝の様な鼻血を流し、怒りで充血した目をゲンナジーへ向けた。


「危ないっ!」


戦槌を握った瞬間、中村が剛速球で鼻に石をぶつける。


「がっ!?」


ただでさえ痛む鼻におもいっきり石をぶつけられ、鬼兵は視線を中村に合わせた。


「あ、どーもー……じゃ!」


 追いかけてくる前に脱兎の如く中村は逃げ出した。

その鬼兵の足にゲンナジーは折れた棍棒の柄を後ろ脚で蹴り飛ばす。

柄は見事に足へ絡み、転倒させる。


「ごぎゃぁぁぁぁっ!」


顔を再び地面にぶつけ、鬼兵は悲鳴を上げて七転八倒する。

それを見た網の鬼兵は子供達を叩き付けようと頭上へ網を振りかぶる。


「チィ! 奥の手だ!」


 スピードを上げ踏み込んだゲンナジーは小指と薬指だけを握り込む。

小指側、外側面のトゲが付いたヒレがピンと起つ。

鬼兵の前で踏み込み、捩じり込むように飛び上がる。

鋭利なヒレが鬼兵をらせん状に切り裂いて血飛沫が渦状に飛び散る!

大渦のゲンナジーの異名はそこにあった。


「ぐあぁぁぁぁす!」


顔を切り刻まれ、網を手放す。

ドサッと網が背後に落ちた。

着地したゲンナジーが網を足の腱ごと切り裂いて子供達を解放させた。

痛みで飛び上がるが下のゲンナジー達を踏み潰そうと斬れた足を上げる。

そこへ戻って来た中村が再び顔に石をぶつけて悶絶させた。

傷口から出血し血達磨になった鬼兵がのた打ち回る。


 それを見たウォリアーはレーザーブレードを作動させた。

ゲンナジーほど華麗かつダイナミックには無理だった。

それでも二匹の首を跳ね飛ばして着地する。

首から噴水のように血が噴き出し、全身を濡らす。

血が掛かって見えにくいゴーグルで中村を探す。


「ウォリアー! こっちだ!」


中村の誘導でゲンナジー達と共に海へ逃げ出す。

全員で海に飛び込み、すぐさま岸から離れた。


 ゲンナジーは中村を、子供達はウォリアーを掴んで大きく迂回した。

周囲を確認し、岸に上がる。


「ぷはぁ……お前ら勘弁しろよ……」

「そらぁ、お互い様だぁ」


中村は息を上げて文句を言うが、ゲンナジーも同じだった。


「結構タフな奴らだな……スーツが無ければヤバかった」


その相手である変身を解いた伊橋が感想をつぶやく。


「おいコージ、お前そいつはぁ……」


 ゲンナジーが複雑な表情で詰め寄る。

あの喧嘩で伊橋は手加減していたのかと思ったのだ。


「コイツは武器みたいなものだよ。喧嘩で武器は使わないだろ?」

「う、そ、そうかぁ、そうだよなぁ」


絶妙な中村のフォローでゲンナジーが納得し始める。


「それよりお前のヒレを喧嘩で使われたら俺がヤバいよ」


伊橋も同意しつつ奥の手を指摘する。


「ああ、あれはマーマン族独特の近接技だよ。エラや腕には気を付けろよ」


首の鰓を指差しながらゲンナジーが笑う。

それは薄く鋭利な刃のようになっており、不用意に掴めば指が斬り落ちた。


「ひーっ、おっかねぇ」


その鋭さを見た中村がおどけて見せた。


「まぁ、そう言う事だぁ……ところでお前らぁ何してたんだぁ?」


後ろで黙ってしょぼんとしている子供達にゲンナジーが尋ねた。


「俺ら、木の実を取ろうとして木に登ったら鬼達に見つかって……」

「こらぁ、ここは立ち入り禁止と御触れが出てたろう? ダメだぞ」


子供達、兄弟らしく年長の兄の方は申し訳なさそうに経緯を話す。

ゲンナジーが説教を始めると兄の方が弟を背にして庇う。


「けど、俺ら腹が減って……稼ぎたいし……」


 この前から海にいる魚が激減しているのだ。

それも全海域での現象である。

人間が取りつくしたからと主張する同族も居たが、ババさや族長たち違った。

元凶は魔王軍と戦っているあの見知らぬ化け物だと推測していた。

しかし、ここまで少ないと死活問題だ。

兄弟はおやつと家計の足しに椰子の実の様な果実を取りに来たらしい。

溜息をついたゲンナジーは事情を察して説教をやめた。


「鬼どもは何でも喰うから気を付けろ。なんかあったら俺んとこに来い」

「えっ、良いの?」

「ああ、マンダゴアの交易所に居る。何時でも来い。気を付けて帰れ」


そう言ってゲンナジーは子供達の背中を押して帰らせた。


「おじさん、ごめんよ! 助けてくれてありがとう!」

「ごめんよぅ!」


弟らしき子を庇いながら兄は何度も頭を下げた。


「気を付けろよ!」


目を細めたゲンナジーは兄弟を見送る。


「ゲンさん優しいねぇ」


中村は微笑みながら弄る。


「ああ、俺はババさの息子たちなんで兄弟多いんだよ。毎日腹空かせて魚や木の実を取ってたなぁ」


遠い目をしながらゲンナジーは笑う。


「とっととここから鬼を追い出してあの子たちの活躍の場を作らないとな」


伊橋が岩場に腰かける。


「コージに中村ぁ、期待してるぞ」


伊橋の強さと中村の機転にゲンナジーは希望を見出していた。


「ああ、任されて! じゃ、ゲンさん行って来るぜ」


中村は伊橋を急かしながら奥地に向かう獣道へ歩き出した。

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