切り札

 圧倒的な魔王軍との物量差をバクシアン隊は文字通り、喰らいまくって埋めて来た。

しかし、波のように次々と押し寄せる軍勢にとうとう動きが止まった。

弾薬補給にクリムゾン隊のパーカー君チームが撤退した事で戦況が変わる。

たちまちのうちに搬入口周辺は魔物達が取り囲み始めた。


「信徒タちは後ロへ下がレ……信徒長、真言を唱ヘヨ」


蛇人間バクシアンは捕食をやめ、テケリちゃんアームで構造材を引き抜くと再び振り回し始めた。


「イアイヤイアイヤ! ンガウグング!」

「イアイヤイアイヤ! ンガウグング!」


 異形の姿になった信徒たちが信徒長の合図で必死に真言を唱え始める。

鉄材に吹っ飛ばされた魔物が木に叩き付けられ飛散した。

既に周囲は緑か赤、青などの色鮮やかな体液と異臭を放つ肉片が散乱していた。

真言と独特のリズムで刻まれる拍手や足踏みは聴覚を侵す。

エリアに踏み入れた者はまともな精神ではいられない。

魔物でさえも死と狂気にどっぷりと浸る世界を嫌悪し始めた。

前線から逃げる魔物を無言で狩る魔族、また彼らも狂気に浸り始めた。


「やばいねぇ、思った以上に……」


 顔色が真っ青なクレア達は逃げてくる魔物を避けながら現場に近づく。

パーカー君クリムゾン隊が撤退した為、予想より遥かに速く急行できた。

おかげで異様な光景を目の当たりにする。

そこで蛇人間の着ている道着に着目した。


「あれって……確か」

「チッ、姐さん、アタイらが前回、砂塵を決めた幹部ですよ!」


逃げてくるリュカオンを剣の柄で弾き飛ばしたナオミが驚く。

容易に必殺連携ベスト・コンボ・砂塵を決め、トドメを差そうとしていた相手には奥の手変身が有った事に肝を冷やす。


「下手打てばアタシらが食われてたわけだ……ついてたねぇ」


 呆れるように呟くとクレアは額から流れる冷や汗を手の甲でぬぐう。

バクシアンの正体を知ったからではない。

この戦場の狂気に危険を感じ始めたからだ。

実際、死体や瓦礫で作られたバリケードの向こうから視線を感じる。

物欲しそうな飢えた視線が肌を焼く。


(喰われる)


幾多の戦場や名高い戦士達を屠って来た自分達が弱者捕食対象であると認識できた。


「みんな、海原で行くよ。警戒を怠るな」

「はい、姐さん」


 危機を悟ったクレアはチームに警戒態勢を取らせる。

僧侶であるマロリーと魔法使いであるバリアスを背中合わせで中心にし円陣を敷く。

通常は防衛隊形でもあるが、バリアスが要る分、攻防に秀でた陣形になる。

じきにが到着する筈だ。

それまでに無事なら任務完了になる。


 その途端、クレア達はバリケードの向こう側の視線が無くなった事に気が付く。

敵が動いたことに気が付き、気合いを静かに入れる。

一人目を瞑り、集中していたバリアスが杖を持ち上げて顔の前に立てる。


「仕掛ける……シルヴォックの空より来たれ爆風! かの地の精霊打ち滅ぼし天に堕ちよ! ブリゲイト轟暴滅破


 杖の先に緑色の魔力球が形成された。

軽く上に振ると球が浮き上がり、斜めに進む。

茂みに四肢を踏ん張って潜む、異形人間に当たると引きずりこまれながら潰れる。

その周囲で襲い掛からんと蠢く、数人を巻き込んで渦を巻いて吸い込んで行く。

轟暴滅破の魔法は基本、破壊目的の魔法であり、野戦や攻城戦向きな魔法であった。

しかし、進行方向を少し離れて止めることにより、防御魔法として機能させたのだった。

絶妙な魔力コントロールと適切なイントネーションの詠唱技術が成せる技である。

もっとも、近くで止めれば自滅する吸い込まれる危険性があるのだ……。


 「バリアス、更にやるようになったね。でも、やらかしたね」


 苦笑したクレアが正面を見て戦斧を振りかぶる。

その先には鎌首をもたげ、獲物を認識したバクシアン蛇人間が見つめていた。

蛇人間は一歩踏み出し、予備動作もなく口を開いて毒液を噴出する!


――シッ!


「ちっ! 姐さん」


ナオミが盾を掲げ、吐かれた毒液からクレアを守る!

次の瞬間、異臭が漂い始め、異臭と伝わる熱に慌てたナオミが盾を捨てる。

上物ドワーフが作ったのミストリル銀製盾が毒液により溶けていた。

もう少し持っていたらナオミの腕まで溶けていただろう。

上級装備を手に入れていたお陰で助かった。

クレアはついている事に感謝した。


 だが、その毒液攻撃に怯んだクレア達を横薙ぎの鉄材が襲う。


「ふっ!」


 今度はネネがバク転の要領で後ろに倒れて、身体を折りたたむ。

両足を揃え、タイミングよく鉄材を蹴り上げて軌道を変えてチームを救う。

毒液を吐こうとする前にジョゼがナイフを投げて牽制した!

簡単にナイフは払われてしまうものの、開いた空間にルクレベッカが閃光弾を投げた。

閃光が周囲を包む!

その隙を突いてクレアは戦斧で攻撃しようと目論むが、横合いからガパァと大口を開けたバクシアンが迫る。


(ちっ、並みの攻撃では隙も作れないか、バリアスの魔法が叩き込めればいいけれど……)


 クレアは咄嗟に戦斧でバクシアンを牽制して後ろに下がった。

バリアスに目配せをして震えだすマロリー達を叱咤する。


「マロリー! 治癒魔法を準備しておいて! ジョゼは周囲を警戒! もうちょい粘るよ!」

「は、はい姐さん!」


指示を受けた二人の目に勇気が湧きだす。

タフな状況において、非力な二人が最初にヘタリ始めるのは分かっていた。

きちんした役割を与え、自信を持たせ、時間の期限を区切れば全員機能する。

そうすれば活路は見いだせるものだ。


 尻尾を震わせ、挑発する様に威嚇する蛇人間にクレアは絶妙な間合いを取る。

毒液の射程を外しつつ、攻撃に踏み込める位置で構える。

左右にはナオミとネネが身を屈めていた。

一瞬で攻防に対応できるよう力を溜める。


 蛇人間は笑みを浮かべ、先の割れた細い舌を出し入れし始めた。

完全に見下し襲い掛かろうとしていた。

その舌が出た瞬間にクレア達が一斉に踏み込む。

動きを読んでいた蛇人間が毒液を吐く!

飛んできた毒液に向かいクレアが戦斧を面にして放り投げる。

盾代わりと目くらまし代わりだ。

その戦略も横合いから襲うべく首を回す。

だが、前衛三人は詠唱と共に後方へ散開していた。


「シルヴォックの空より来たれ爆風! かの地の精霊打ち滅ぼし天に堕ちよ! ブリゲイト轟暴滅破


バリアスがクレアの意思アイコンタクトに呼応し、轟暴滅破を正調式で唱えた。

全てを吸い込む渦巻く光の球が毒液ごと蛇人間を吸い込みに掛かる。

蛇人間にへばりついていたテケリちゃんが千切れながら吸い込まれていく!


「み゛ーっみ゛ーっみ゛ーっみ゛ーっみ゛ーっ!」

(ひょっとして勝てるか?)


 悲鳴を聞きながら同じように吸い込まれそうなクレアは咄嗟に地面の雑草を掴む。

大柄な筋肉質の体を浮かせながらも勝利が脳裏によぎる。

吸引力が無くなり、地面に足を着けると腰の大型ナイフを抜いたクレアは蛇人間を見た。

残念なことに結果は無情だった。

轟暴滅破に力任せで千切り取られた切り株に蛇人間は尾を巻き付けてやり過ごす。


(甘かったか)


 苦笑しながらクレアはナイフを構えた。

最悪、自分を盾にして全員で倒せば良い。

実行できそうなネネに目配せした視界に青白い雷光が見えた。

その途端、指示を変えて撤退に掛かった。


「巻き添えくるから全員、下がるよ! バリアス、マロリー障壁お願っ!」


 クレアの声は最後まで聞こえる事は無かった。

ドムッ! と言う耳に残る轟音と共に視界が閃光に包まれた。

揺り戻しの様な烈風がクレア達全員を弾き飛ばす。


「クレア、ご苦労さま。 もう下がっていいよ」


弾き飛ばされた時に頭を地面にぶつけ、クラクラしているクレア達の頭上で声が聞こえた。

実に楽し気な声でノインが読み通りに来たのだ。

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