雌雄

 いきなり現れたノインに話に聞いていた蛇人間は長い舌を出しながら挑発する。


「ほウ? テきの幹部か? コれは旨そウな」

「弄り甲斐のありそうな蛇だねぇ……、でも手足があるってトカゲじゃね?」


蛇足を地で行く蛇人間にノインは興味深げに魔力をチャージし始めた。


「トカゲ? ウグッフ、敢えて声帯だけまともにしようか、それが私の強さに関係があるのかね?」


手を喉にあてがい蛇人間は発生を正常化して反論する。

その妙なプライドに刺激されたノインは哄笑を浴びせる。


「あっははっぁ! トカゲモドキの分際で気取ってるよ!」

「残念なお人だ。人の外見と雰囲気でその本質は見えない。価値観と言う色眼鏡を取らない限りはね」


 そう言いつつ隠していた腕は鎌首をもたげた毒蛇となり、宙に浮かぶノインの脚に齧り付く。

その瞬間に雷撃で頭部を焼き、攻撃の二次被害を防ぐ。


「これで幹部かぁ、鬼神の方が面白さでは上ね。他には?」

「それが答えですか? 処理が遅いですよ」


極少量の毒液によりブーツは腐食を始めていたが、ノインは高電圧雷撃を当てて変質化分解させ放置する。


「処理が遅い? 遅いのは君だよ」


 微笑を浮かべたノインは蛇人間に雷撃を喰らわす。

連続での雷撃に思わず蛇人間は膝をつきそうになるが辛うじて堪える。

それを見ていたバリアスが呆然と見た。

中規模クラスの魔法をほぼ名前だけの短い詠唱で使う技量に自身との差を感じる。

周囲に雷撃によるイオン臭が漂い始めると一気にトドメを差そうとノインは詠唱を始めた。


「輝くべき大気の精霊王に聞こゆ。大地の竜脈へ血の盟約をもとにかの力与へたまへ! 爆豪雷」


気圧の大幅な変動の後、大落雷が蛇人間に墜ちる。

わざわざ雷撃の魔法で戦場の気圧や大気の精霊たちを集めての一撃だ。

蛇人間は落雷の場所で跡形もなく消し炭になっていた。


「あっけないわねぇ。せーっかく幹部だからって来たのに」


消し炭の塊を甘い吐息で崩そうと近づく。

その塊が裂け、中から真っ白い大蛇が現れた。

逃げようと飛ぶノインに襲い掛かり全身にがっちりと巻きついた!


「貴女の特技は雷撃系で、その大技の為に連射してるのは分かってましたよ。それ故に対策も立てやすい」


 高レベルで万能なラゴウに比べて、力技のヴァンダルや魔法重視のノインは対策が立てやすい。

特にノインは雷撃系を使う傾向が高い。

簡単な魔法のレクチャーはバティル城付きの魔道士たちから受けている。

その得意戦術もしっかりと分析されていた。

廃材の鉄棒を避雷針アース代わりに背後に仕込み、ダメージを軽減する。

それでも大技を食らえば死ぬ。

ならば蛇人間は自分の特性に賭けた。

脱皮再生してのカウンターを目論んだのだ。

見事に策がハマり、ノインの四肢に身体を葡萄の蔦の様に絡めて締めあげる。

蛇人間はギリギリと締め上げノインの肺の空気を絞り出し、全身の骨格を砕き始めた。


「くっくっく、砕いて一気に丸呑みして差し上げよう」

「秘めたる爆炎の欠片よ、今解き放たん! そして集え! 悪しきもの聖なるものを撃ち滅ぼせ!体爆炎!」


 最後の息で詠唱を放つとノインは自ら爆散した。

爆発の衝撃と熱は完全に極めかかっていた蛇人間に大ダメージを与える。

一気に極めなかった自分の愚さに蛇人間の奇妙な顔に苦渋が満ちた。

だが、敵大幹部のノイン・テーターを相打ちでも仕留めた。

これでまた組織の勝利は確実なものとなる。

バラバラになった肉片が大きな一塊になる迄は……。


 ピンク色の肉片や髪が瞬時に集結し、光と共に全裸のノインになる。


「なっ?」

「やってくれるよ。このトカゲモドキめ。アタシに奥の手使わせるとは……」


 長い髪を身体の前にたらし、怒りに震えながら残りの魔力をチャージし始めた。

元々、後衛担当で近接攻撃に弱いと思われがちなノインだが体術や身体能力は高い。

だが、敵も本陣に挑んで来る奴はかなりの手練れが攻めてくる。

凄腕の暗殺者や戦士を相手に悠長に詠唱は唱えられない。

そこで敢えて相手に接近し自爆し致命的ダメージを与える。

必殺の捨て身技を編み出した。

大概の相手なら一撃で巻き添えを喰らい爆散する。

ところが此の蛇人間は火傷と大ダメージ程度で辛うじて生き残っていた。

奥の手を使わせたことも、結果も癪だった。


「ちっ、こんな程度で自爆するとはと思っていたが……失礼した」

「舐め過ぎなんだよ貴様、じゃ、死ね」


 大袈裟に印を結び、手を大きく回しながらノインは詠唱を始めた。


「風よ。闇を孕み渦巻け、更なる悪意と共に刃となりて舞い踊れ! 暗刃風舞!」


振るわれた手の印から風が巻き起こり、小型の竜巻状に動けない蛇人間を包む。

細かい柳の葉の様な黒い刃が発生し、蛇人間の身体を持ち上げ、斬り刻んで行く。


「ガァハァァァァァァァッ!」


 フードプロセッサーの中にある食材の様に蛇人間は上下に攪拌されながら斬り刻まれる。

最後は地面に叩き付けられると同時に噴水の様に全身から鮮血が噴き出す。

全身血に染まりながらも鎌首を擡げるように立ち上がる。

既に両目は斬り潰され相手が何処か分からない。


「ふん、しつこいんだよ! トドメだ!」


イラっとした表情でノインが叫んで印を結ぶ。

だが、その声だけで十分だった。

方向に振り向き、舌を一回出す。

口腔内のヤコブソン器官で匂いを感じ、距離を測る。

蛇固有の器官であり、狩りに使われる感覚であった。

ピット器官で赤外線を探知し、ノイン獲物を確かめた。

その方向へありったけの毒液を噴射する!


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 頭から毒液が掛かり、煙を出しながらノインが悲鳴を上げた。

或る程度の距離をとっていたクレアの気遣いが裏目に出た。

急いでクレアは腰の水筒代わりの水袋を手に取り、ノインにぶっかける。


「マロリー! 治療を!」


毒液を洗い流し、後方で控えるマロリーに治療を始めさせる。

激痛と猛毒でのたうち回るノインに全員が駆け寄った。

ネネも水をかけ、毒液を流すが火傷の様な侵食は止まらない!

もう一度、わずかな毒液を吐こうとした蛇人間をナオミは首を刎ねた。


「バクシアン様ぁ!」


 今度は信徒たちがこちらに向かい突っ込んで来た。

その前にバリアスが立ち塞がる。


「紫風の風よ、雷撃となりて我が敵を撃て! ケステーズ紫雷放轟!」


紫色の雷が容赦なく信徒たちの息の根を止めていく。

二連射もすればゲートの前には誰も居なくなった。


「バリアス! マロリーとノイン様連れて基地まで飛んで!」


懸命な治療を続けるマロリーが顔を上げてクレアを見た。


「エッ? 姐さん?」

「うちらが殿しんがりをやる! ノイン様を頼んだよ!」


真剣な表情でクレアは戦斧を持つと開き始めたゲートを凝視する。


「は、はい!」

「任されよ! 私もまた戻って来る!」


 クレア達にそう返すとバリアスは印を結び、転移の呪文を唱える。

ゲートがゆっくりと人が通れそうなほど開く。

戦闘員を引き連れた堕天が飛び出してきた。

敵の援軍を見ながらバリアス達は無事を祈りつつ転移に入っていった。







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