魔術師タイラー
シモンの案内でトレバー達は城内の図書館へと向かう。
城内の中庭に面した一角に王立図書館は有った。
そこは他の大陸や都市から撤退して来た魔法使い達のたまり場になっていた。
王家秘蔵の蔵書がかなりあり、彼らの知識欲を大いに満たす場である。
大きな両開きのドアの前に来たシモンはトレバー達に振り向き注意する。
「トレバー隊長、キルケー隊長、くれぐれもお静かに願います。魔法使い達は
「あいよ、つか、お目当ての相手が集中してたらどうすんの?」
意地悪そうに笑うとトレバーは苦笑するシモンの後ろに付いていく。
扉を開くと天井に達する程荘厳なまでに並べられた無数の本が視界を埋める。
「ほえぇぇ」
本に興味のないトレバーが言葉にならない呟きを発した。
その途端に部屋の様々な場所から鋭い視線がトレバー達に突き刺さる。
(うひっ、かったるい殺意だ……)
半笑いでトレバーはやり過ごす。
この程度の殺意では腹の足しにもならない。
真剣な顔のシモンが口に人差し指を当てて静かにとゼスチャーして、歩き出す。
司書たちが静かに作業する中、本棚で作られた細い通路を通り奥に行く。
階段を降り、進むと屋根付きのテラスになっていた。
中央にはテーブルの様な書見台に向かう細い体の男がいた。
男は長袖のシャツに黒い革チョッキと革パンツを身に着ける。
現世界にある場末のライブハウスか楽器屋に居そうな風体だった。
椅子代わりの毒々しい色彩の巨大キノコに腰掛けて巨大な魔法書を注視する。
「シンクレア、タイラー・シンクレア」
その姿を見たシモンが困った顔で呼びかける。
名前を呼ばれた男は筋状に入った白髪混じり長髪を鬱陶しそうに掻く。
歳は中高年に差し掛かるとキルケーは値踏みした。
数えきれない修羅場を潜り抜けたのがよくわかる。
だが、服装の若々しさと漲る覇気が
キセルを吹かしながら書見台の上に置かれた巨大な魔法書から顔を上げた。
「シモン、何かね? 俺は読書中だ」
タイラーと呼ばれた男はシモンに向くと不服の声を上げた。
痩せこけた頬に刻まれた皺、口角の下がった厚めの唇にキセルを咥える。
傍らのキャスター付きのテーブルには灰皿にジョッキが置かれていた。
「タイラー……あえて苦言から言わせてくれ。まず、此処は図書館だ。わかるよな?」
「馬鹿にしているのか? 当たり前だろぅ」
キレかかったシモンが諭すように尋ね、タイラーはムッとした顔で答えた。
その態度が大人しいシモンに着火した。
「あーのなぁ! 読書中にキセルを吹かすな! それも中身怪しいハッパの類だろう? 止めたまえ! それと飲食も禁止だ! とどめに持ち出し禁止の魔法書を外に持ち出すな! ここは外だ!」
とうとう怒り始めたシモンが説教を始めだした。
しかし何食わぬ顔でタイラーはキセルの灰を皿に落とす。
横のテーブルからジョッキのオレンジジュースらしきものを一口飲む。
「シモン、読書はリラックスして読むもんだ。こうしてキセルをやってデコポン・ジュースを飲む。それで読書が捗るのは素晴らしい事だよ? それにこれでも我慢もしている。ここにたい焼きがあれば最高なんだ。それが無いので我慢しているんだよ? エライだろう?」
「アホかっ! 次やったら城から蹴り出すぞ! 君にお客だ。相談に乗ってやってくれたまえ」
タイラーの戯言を一蹴したシモンは呆れるトレバー達を紹介する。
「ほほう? 中々の猛者と麗しい戦士の組み合わせだなぁ……で?
一瞥しただけでタイラーはトレバー達の本性を看破して見せた。
「おい! タイラー!」
「いやいや、お目が高い。アンタも相当の悪だけどな」
失礼な言動にシモンが怒鳴った。
しかしトレバーは意に介さずに弄り返す。
「ふん、歴戦のアークウィザードであるタイラー・シンクレアに何か用かね?」
タイラーはキセルに怪しげなハッパを詰めると指をパシッと弾いて火を着けた。
「えーと、基礎的な事から……魔法って何?」
その大層な物言いに対し、頭を掻きトレバーは苦笑して尋ねた。
高レベルの質問を期待していたタイラーはキノコからずり落ちた。
「そ、そう来たか……魔法って言うのはな、契約した魔術を印と詠唱を使って顕現させ、超常的な現象を発生させる事だ。……ってわかんないよね?」
キノコに座り直し、ジュースを飲んで落ち着かせるとタイラーはこう切り出した。
魔法とは予め魔法書や魔神、精霊、妖怪らと契約しておく。
そして印を結び、詠唱する事、術式に入る。
詠唱で回路が開き、魔力を印に注ぐ。
これにより
そして術が発動し効果を発揮する。
これは系統、術式に応して神仙術、妖術、精霊術などと大別される。
熟練度が高ければ術式も簡素になり一言で発動できるようになっていく。
「へぇ、じゃ、俺でも契約すれば魔法が使えるかもしれないんだ」
「あー、お前じゃ無理だ。まずセンスがねぇな」
トレバーは意外そうに指摘する。
それを聞いたタイラーは大きな口でゲラゲラ笑いだす。
「ああ? センスだぁ? 俺はイケてるぜ?」
「そうセンスだ。勿論、服装とかじゃねぇぞ? 言い換えれば扱える才能だわな。お前さんなんかゴーレムみたいだもん」
気色ばむトレバーにタイラーは冷静に答え始めた。
魔力は生命力が満ち、精神力が無ければ発生出来ない。
技量、力量に応じて魔力を回復する速度、貯めて置ける容量が変わる。
ところが機械や無機質などの無生物では不可能である。
タイラーはトレバーが改造人間であることは知らない。
だが、何となくわかっていた。
「残念ねぇトレバー……クックックッ」
それを知って居るキルケーが弄りはじめた。
改造人間であるトレバーでは集中できても自身に生命力を感じる事は無理なのだ。
だが、トレバーにとって戦闘技術の研鑽はライフワークといえる。
魔法でも使えればまた少し強くなれるのだ。
弄りを無視してトレバーはキセルを吹かすタイラーに尋ねる。
「なぁ、ゴーレムみたいな俺でも使える魔法は無いんか?」
「基本的に無い、マジックアイテムか魔法生物を使うしかない」
「なんじゃそら?」
また新しい単語が出て来て困惑するトレバーにタイラーは溜息交じりに解説した。
マジックアイテムは多種に分かれる。
大概はかなり高位の魔法使いが品物に刻印と魔力を注ぎ込んだものだ。
但し、魔法は一種類のみ数回使えばガラクタになるモノが大半だ。
装着者の能力底上げや魔力貯蔵のアイテムもある。
「お前さん達とやり合った奴、アイツ、格下のソーサラーだぜ? 本来のウィザード級なら
タイラーは話を聞いただけでバリアスのクラスを言い当て、例として挙げた。
「じゃぁ魔法生物って?」
キルケーが今度は尋ねた。
「二種類ある。作成専門の魔法使いが作った意志を持つ品物。それと伝説級魔物などの血液を浴びた時生み出される奇蹟の生物だ」
キセルの灰を落とし、タイラーはキセル掃除を始めだした。
魔法使いに作られた生物はもっぱら使い魔、護衛としてつくられる。
例としてはゴーレムがそれにあたる。周囲の理力を吸収し身体が壊れるまで稼働する。
もう片方はまれに起こる。
元々武具や品物は使用者の意思を込めたり、載せたりして使用する。
魔力や気を載せる事により疑似的な意思が芽生え始める。
しかし、あくまでか細く脆弱な意思だ。
そして名のあるドラゴンや悪魔を倒した時、覚醒が始まる。
その血液を浸み込ませた武具、品物は魔力を持ち始め意思へと影響を及ぼす。
大物を倒せる名品はより強く、硬く、しなやかに攻撃的になる。
そして所有者が死んだり、手放す時完全自立する。
自分が力を貸すのに相応しい人物、戦士、主を探し求めるのだ。
「へぇ、そらすげぇな」
「此処の書物に伝説の武具として名や逸話など記された文献がある。調べてみろ」
トレバーが感心するのでタイラーは自分で調べることを勧めた。
そこにウォッチに通信が入る。
堕天からの依頼だった。
「大佐、そのウィザード師に施設や城に魔物を入らせない事ができるか聞いてくれ」
「分かったぜ」
通信を切るとタイラーはまじまじとトレバーを見る。
「なんじゃそら? 念話かなんかか?」
「まぁね。それとタイラー、施設や城に魔物が侵入できない方法ってあるのかい?」
「お? おおん……結界はっときゃいいって、やり方しらんのか?!」
余りの無知さにタイラーはただでさえ大きな口をポカーンと開けた。
「ああ、俺らの居た国には魔物が少ないんでね。やり方を教えてくれよ」
「おい、シモーン! 俺じゃなくてお前の仕事だ! もちっとマシなの連れて来い!」
呆れたタイラーが連れて来たシモンに文句を言う。
「まぁ、そうつれない事言うなよ。どうだ?
「アホか? これでも俺は王家付のウィザードだ。そっちに行けるかよ!」
トレバーは手っ取り早く勧誘するが、タイラーはもう十分と書見台に向き直った。
「ええ、暇そうじゃんよ? それじゃ、オレンジジュース飲み放題、たい焼き食い放題付けちゃうぞ?」
「俺はお子様かよ!? 暇って……今は腰やらかして治療中だ。ま、任期が終わったら話を聞くぜ」
条件に突っ込むタイラーは前向きに断りを入れた。
シモンは溜息をつきながらこの後に起こる質問攻めに頭を悩ませた。
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