エミネムの戦い②

 ステージに上がったデボネアは、エミネムを舐め回すように見た。


「いいわね、あなた……すっごくそそるわ」

「……意味がわかりません」

「ふふ、あなたに興味がある、ってこと」

「…………」


 エミネムは、意味が分からず眉を潜めて槍を構える。

 対するデボネアは、両手に装備した歪な『爪』だった。


「あなたは、騎士ではないのですか?」

「違うわ。私は───」


 デボネアは、四つん這いになり、お尻を高く突き上げる。

 まるで猫のような、騎士とは無縁の構え。

 エミネムは槍を回転させ、正面に突き出した。


「暗殺者、よ」


 ───試合開始。

 デボネアは、人差し指の爪を自分の首に刺した。


「『自己強化毒ドーピング』」

「行きます!!」


 エミネムは飛び出し、デボネアに向けて鋭い突きを放つ───が、デボネアはひらりと躱す。まるで蝶のようなしなやかな動きで、エミネムは少し驚く。

 間違いなく、今までの騎士とは別。

 

「『爪毒トキシン』」

「───爪!?」


 エミネムは、爪に液体のような物が付与されているのに気づいた。

 そして、爪の形状で看破する。


「───毒」

「正解」


 速い。

 爪を振る動きが、あまりにも素早い。

 風を纏おうとしても、スキルを発動させる間がない。どんなスキルも、使用の際はある程度の集中が必要……だが、デボネアはそれを許さない。

 エミネムの風は強力。なら、使わせなければいい。

 それがデボネアがこれまでの試合を見て、エミネムと戦うために考えた対策。


「槍、振り回せる?」

「っ!!」


 槍の間合いの内に入られ、振りづらい。

 エミネムは下がるが、デボネアは執拗に迫ってくる。

 すると、エミネムは槍を捨てた。


「あら」

「お忘れですか、私は騎士です!!」


 エミネムは、腰の剣を抜き横一線。

 デボネアは身体を捻らせ回避。そして、そのまま回し蹴りを繰り出すが、エミネムは回避。

 デボネアはバク転。回転した勢いを利用して投げナイフを飛ばす。

 エミネムはナイフを剣で弾き再び接近。

 風を纏い、デボネアに向けて突風を放つ。


「『風圧壁ラフード』!!」

「!!」


 見えない風の壁。

 デボネアの身体が見えない壁に押されて下がっていく。

 デボネアは横っ飛びで壁から抜け出すが、エミネムが待ち構えていた。


「『風槌閃エアハンマー』!!」


 地面に向けて放つ一撃。その一撃は、デボネアを捲き込み一緒に叩き潰そうと振り下ろされた。

 だが───デボネアは、ニヤリと笑った。


「『血毒ヴェノム』」


 人差し指の爪が、飛んできた。

 その爪が、エミネムの肩に刺さる。

 やられた。そう思った時すでに、エミネムの視界が赤く染まる。


「う、っがっぁは!!」


 吐血。

 猛毒に侵され、全身の血管が浮き上がった。

 

「あなたの間合い、私の間合いでもあるの。あなたに剣を抜かせたのはわざと……剣を抜けば、あなたは絶対に私に接近してくる。風を纏い、確実な一撃で叩き潰そうとするはず……そこが、最大にして、最高のチャンス」


 デボネアは、エミネムにゆっくり近づいた。


「私の『毒魔爪』の先端、飛ばせるって気付かなかったでしょ? わざと、爪を振るうだけで『それしか』できないように思わせたから」

「う、っぐ……」

「さ、拷問の時間」


 デボネアは、右の五指を開いて指先をぺろりと舐めた。


 ◇◇◇◇◇◇


 五分、経過した。

 エミネムはステージに転がり、何度も血を吐いた。

 何度、爪を刺されたのか。

 何種類もの毒を注入され、痙攣したり、血を吐いた。

 デボネアは、楽しんでいた。


「降参なんてさせない。ふふ、もっともっと、楽しませて?」


 エミネムは、何度も立とうとした。

 デボネアは止めない。戦う意思がある限り、試合は止まらないからだ。

 デボネアは、陛下や殿下が見ていることなどお構いなしに、楽しんでいた。


「エミネムさん!! もういいです、あとはあたしがやるから!! エミネムさん!!」


 サティが叫ぶ。

 サティは、ラスの袖を強く引いた。


「師匠!! このままじゃ、エミネムさんが……」

「……あいつは、まだ戦う意思がある」

「でも!!」

「目が死んでいない」

「え……」


 ラスは、エミネムの目を見て確信していた。

 どんな毒に侵されても、眼が死んでいない。何かを狙っている目だった。


「戦う意思ある限り、止めることはできない。エミネムの覚悟を、意志を侮辱する行為だ」

「そんな、覚悟や意志なんて、命に比べたら」


 そこまで言い、サティの口が止まった。

 ラスが、サティを睨んだのだ。


「サティ」

「……っ」

「覚えておけ。覚悟や意志は、時に自分の命よりも重くなる時がある」

「……うぅ」


 すると───エミネムが、ゆっくり立ち上がった。

 エミネムの周りは血に濡れていた。全身に毒が回り、立つのも、意識を保つのも難しい。

 すると、デボネアがゆっくりエミネムに近づき、髪を掴んで顔を近づけた。


「いい顔してるわぁ……ふふふ、ねぇあなた、今の状態で『感度三千倍毒デッドテンション』を食らったらどうなる? ブッ飛んじゃうかもねぇ……試していい?」


 ポタポタと、デボネアの人差し指から毒が滴る。

 すると……エミネムの口が、僅かに動いた。


「んん? なぁに? 食らいたい毒、あるの?」

「…………ぇ」

「はぁ~?」


 よく聞こえない。

 そう、耳を傾けた時だった。


「くらえ───っプ」


 エミネムの口から、小さな『風の塊』が飛び、デボネアの右耳に入った。

 耳の穴がザクザク傷付けられ、血が噴き出す。


「う、っぁぁぁぁ!? おま、このっ!!」

「う、ぁぁぁぁ!!」


 最後の力。

 エミネムの手に、小さな風の塊が生み出され───そのまま、デボネアの胸に叩きつけられた。

 風が爆発し、エミネムとデボネアが吹き飛ぶ。

 互いに壁に激突。意識を失った。


「───勝負あり!! この勝負、引き分けとする!!」


 ボーマンダが叫び、試合が終わる。

 こうして、エミネムとデボネアは引き分けとなった。


 ◇◇◇◇◇◇


 デボネアは、すぐに起き上がった。

 だが……エミネムが動かない。

 サティが抱き起すが、ぐったりして呼吸も浅い……毒だった。

 デボネアは、耳を抑えエミネムを一瞥……ニヤリと笑い、イフリータの元へ戻ろうとした。

 が、肩を掴まれた。


「待った。毒、解毒してくれないか」


 ラスティスだった。

 デボネアは、ラスティスを見て馬鹿にしたように笑う。


「い・や。ふふっ」


 次の瞬間。

 デボネアは、巨大な銀狼が大口を開け、荒い息をしながらギョロついた眼で睨んでいる幻覚を見た。

 それは、殺意、悪意、憎悪を超えた『何か』だった。

 死を超えた何かが、デボネアを襲う。

 死すら生温い。死んだ後に何があるのかわからない。だが、『これ』は必ず、死んだ後も『何か』あると確信した。

 ドッと冷たい汗が流れ、全身が震える。

 目の前にいるラスティスは、一言だけ呟いた。


出せ・・


 目を合わせられない。

 デボネアは目を見開き、大汗を流しながら、ポケットから小瓶を出し、爪から解毒薬を分泌……小瓶に入れ、ラスに渡す。


「ありがとう」


 殺気が消えても、デボネアは動くことができなかった。

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