脇役剣聖、一緒に行く

 とりあえず、今日はお開きだ。

 サティを宿まで送り、俺はもう一度、今度は一人でボーバディのおっさんのおでん屋へ。 

 思った通り、おっさんは店をやっていた。

 そして今度は客もいる……軽薄そうな笑い声だ。


「おい、ラストワン」

「おーうラス。聞いたぜ? ランスロットの元娘を弟子にしたってな」

「してないっつの。ったく……」


 座り直すと、おっさんがグラスを出す。

 注がれた酒を飲みながら、ラストワンは言った。


「で、どうすんだ?」

「何が」

「弟子だよ、弟子。そいつ、『神スキル』の所持者だろ? ランスロットもアホだよなぁ……力が制御できないからって、育てた娘を捨てるかね」

「ま、そういう奴だろ」

「……お前さぁ、ランスロットに思うところ、ないのかよ?」


 ラストワンが顔をしかめて言う。

 七大剣聖で一番、俺と酒を飲む男だ。歳は二十三と若いし、昔はよく稽古に付き合ってた……こいつ、ガキの頃から俺に対する態度、変わらないんだよな。

 

「別にないさ。俺は引退間近のロートルだぜ? そろそろ若いやつに七大剣聖の椅子を譲って、領地でのんびり過ごしたいね」

「……はぁぁ」

「なんだよ、そのため息」

「お前さぁ……それ、マジで言ってんのか?」

「あ?」

「『魔族』と、『七大魔将』……ここ数年は戦りあうことはねぇけどよ、魔界と人間界の境界では小競り合いが今も絶えねぇ。いつ、魔族が本腰入れて人間界に進行するかわかんねぇ状態で、引退して畑でも耕すってか?」

「何が言いたいんだっつの」


 ラストワンは、やれやれと首を振る。


「お前は、自分が思ってるほど弱くねぇって。もう何度言ったかね……」

「はは、俺が強いわけないだろ。知ってんだろ? 俺のスキルは『神眼』だ。力の流れを見るのと、ちょいと流れを変えるくらいしかできない。お前やアナスタシアみたいに派手な技はないし、あるのは磨いた剣技だけ。ま、その剣技も錆びつき始めてるけどな。有能な『神スキル』持ちが現れたら、すぐに剣聖の座は譲るさ」

「…………」

「あ、そうだ。ラストワン、頼みがあるんだが」

「なんだよ」

「ここ、俺が奢るからさ。サティを明日、アナスタシアのところに連れて行ってくれ。サティは『神スキル』持ちだ。アナスタシアならきっと、立派に鍛えてくれる。一年もすりゃ、俺よりも強くなるだろうさ」

「……お前、マジで言ってんのか?」

「当たり前だろ」

「…………やーれやれ」

「じゃ、頼むな」


 それだけ言い、俺は代金を多めに払って立ち上がる。


「おい、お前はどうすんだよ」

「明日、領地に戻る。そろそろ人食いイノシシが繁殖期に入るころだ。冬に備えて備蓄もしなくちゃいけないし、王都で買った種を植えてみたいからな」

「……農民かよ。お前、七大剣聖じゃねーの?」

「七大剣聖だろうと、農業はするだろ」


 そう言って、俺は手を振ってその場を離れた。

 さーて、帰って風呂入って寝るとしますかね。


 ◇◇◇◇◇◇


 翌日。

 早起きして宿を出る。そして、アルムート王国に頼んで用意してもらった馬を厩舎で確認、ニンジンを食わせ、荷物を馬に積んだ。

 なかなかいい馬だ。こいつに乗って、の~んびりギルハドレッド領地まで帰ろう。

 人食いイノシシが出るって昨日は言ったが、のんびり帰っても問題ない。というか、住人たちみんな強いし、俺いなくても大丈夫なんだよな。


「さーて。さっそく領地に帰ろうかね」


 馬にまたがり、ゆっくりと歩き出した。

 途中、朝食のパンを買ったりもした。

 このまま王都の正門まで行って──……と、思っていたら。


「よ、ラス」

「おはようございます。師匠!!」

「……は?」


 正門前に、旅支度をしたサティと、ラストワンがいた。

 しかもサティ、馬にまたがってるし……ど、どういうこった?


「お、おいラストワン……お前、アナスタシアのところに連れて行ったんじゃ」

「おいおいおい、オレはアナスタシアのところに連れて行くなんて言った覚え、ないぜ?」

「は?」

「まぁ、旅支度をして、サティちゃんを馬に載せて、お前が来るであろう王都正門前まで連れてはきたがな」

「おいぃぃぃ!? おま、何考えて」

「ま、オレなりに考えた結果だ。ラス……お前はまだ、老け込むにゃあ早い。サティを育ててみろ」

「……あのな」


 ラストワンに言い返そうとした時だった。

 サティが俺に向かって、勢いよく頭を下げた。


「師匠!! これからお世話になります!!」

「いや……」

「私、強くなります!! 師匠、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します!!」

「…………マジか」


 ラストワンを見ると、「はっはっは」と笑っていた。

 サティはラストワンにも頭を下げる。


「あの、お世話になりました」

「気にすんな。それより、ラスから学ぶことは多い。奴の教えをちゃーんと守るんだぞ」

「はい!!」

「お前な……そう思うんなら、お前が指導しろよ」

「オレの『神スキル』は指導には向かないんでね。というか、お前以上の適任はいないぜ?」

「……はぁぁ」


 もう。逃げられないな、これは。


「わかったよ。サティ、お前を指導するかはともかく、行くアテがないなら、ギルハドレッド領地で暮らしていい。空き家とかあったっけかな……」

「やったあ!! よーし、頑張るぞ!!」


 こうして、サティを連れてギルハドレッド領地に向かうのだった。


 ◇◇◇◇◇◇

  

 ラスたちを見送ったラストワンの隣に、エドワドがいつの間にか立っていた。


「爺さん、いつの間に」

「フォッフォッフォ。ラスは行ったか」

「ああ、面白い子を連れてな。というか……ラスが引退とかあり得ねぇだろ。あいつはどう思ってるか知らねぇけど、七大剣聖最強はたぶん、ラスだぜ」

「……ワシもそう考えておる」

「ま、燃え尽きかけてた火が上手く燃え上ればいいけどな。団長、ランスロットもラスを軽視しすぎだっつーの」

「……確かにのぉ」


 男二人は、小さくなるラスとサティの背中を見送るのだった。

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