脇役剣聖、故郷の前に確認
あー、俺とサティの帰省が始まって早一週間。
ランスロットの娘って言うからてっきりお嬢様かと思ったが、サティは野営に文句の一つも言わないし、風呂に入れなくても特に何も言わなかった……というか、俺の方が早く風呂入りたいとか言う始末だぜ。
あと一週間ほどで故郷であるギルハドレッド領地に到着するが、確認しておくことがあった。
夜。野営中、俺はサティに聞く。
「な、サティ。一つ確認していいか?」
「はい、師匠!!」
まだ師匠になった覚えないけど、サティの中ではもう俺は師匠なんだよなぁ。
ラストワンに何吹き込まれたのか知らんが、俺はこの子を弟子にするつもり、あんまりない。
とりあえず、行き場がないからギルハドレッド領地に……そんなところだ。
「サティ。お前……なんのために強くなりたい? 強くなってどうする? ランスロットを見返すか?」
「え……」
「まずはそこだ。強くなるのに大事なのは『理由』だ。復讐でもいい、力を伸ばしたいからでもいい、最強になりたいとかでもいい……お前の中に何があるか、それが知りたい」
「…………」
サティは俯いてしまう。
そんな難しい質問じゃない。まぁ、『理由』があるならすんなり言える。
それが言えないってことは、つまり。
「理由なき強さは危険だぞ。行き場のない力は、他者を容易に傷付ける」
「……私が強くなる、理由は」
「……」
「見返したいです」
顔を上げ、サティは力強い目を俺に見せる。
「私は、見返したい。お父さんを……イフリータを。私の『雷神』が制御できない力だからって捨てたことを、後悔させたいです!!」
「復讐か」
「……そう、なんですかね? 復讐……でも私、お父さんやイフリータを傷付けたいわけじゃ」
「じゃ、『見返したい』か。ま、いいんじゃね?」
「え」
「それが理由なら、『見返す』ために強くなれ」
「師匠……」
「あ、言っておく。俺は七大剣聖だけど、派手な技とかないぞ。あと、お前を鍛えるとかも考えてない」
「え……でもでも、弟子にするって」
「そりゃラストワンが勝手に言ったことだろ。そもそも俺、弟子とかいらんし」
「そ、そんなあ……あ、そうだ」
サティは、ポケットから羊皮紙を出して俺へ差し出す。
「ラストワン様が、『困ったらラスに渡せ』って」
「……は?」
羊皮紙を受け取る。
嫌な予感がしつつ、そこに書いてある文字を呼んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『請求書』
〇下記の通りご請求いたします。
飲み代・遊行代 総額金貨五千枚
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……何ぃぃぃぃ!?」
目玉飛び出るかと思った。
そして、もう一枚の羊皮紙を見る……そこに書かれていたのは。
◇◇◇◇◇◇
ようラス! お前のことだし、サティの件に関してあーだこーだ言って誤魔化す気満々っぽいからな。とりあえず先手打っておくぜ。ウチの娼館で遊んだ代金のツケ、まとめて請求する。あー……オレも鬼じゃない。サティの師匠を引き受けるなら、代金タダにしてもいいぜ! ふふふ、断るなら正式に請求するからなー! じゃ、また遊びに来いよ! お前の親友ラストワンより。
◇◇◇◇◇◇
「なっっっにが親友だあの野郎ぉぉぉぉ!!」
俺は羊皮紙を丸めて焚火に投げ込んだ。
勢いよく燃える羊皮紙。まるでラストワンの野郎が笑っているようにも見えた。
「あ、あの……師匠?」
「ぐぬぬぬ……」
マジでもうやるっきゃないのかい……金貨五千枚だと?
やばい。王都に行くたびに、ラストワンの野郎が経営する娼館で飲み食いしてツケにしてるのがギルガにバレたら……こ、殺される!!
「…………サティ」
「は、はい」
「お前の師匠、引き受ける。ただし……俺は教え方なんて知らんから、俺が思ったことを実践してもらう」
「!!」
「それでいいなら、教えてやる」
「は……はい!!」
こうして、俺はマジでサティの師になるのだった。
◇◇◇◇◇◇
さて、ようやく故郷に到着した。
俺たちの目の前にあるのは、そこそこ大きな村。
「わぁ~……ここが、師匠の」
「ギルハドレッド領地で二番目に大きい村、ハドの村だ」
「……二番目?」
「ああ。ここが俺の生活拠点。もうちょい北にいけば、ギルハドレッド領地唯一の町、ギルハドレッドがある」
「……あの、師匠」
「言いたいことはわかる。まぁ、あとで説明する」
村の入口にいる守衛が、近づく俺たちに気付いた。
「ん、おお。ラス、帰って来たのか」
「おっす、ルアド。ギルガはいるか?」
「領主邸で仕事してるさ。ん……おいおい、事と次第によっちゃあ、領主でも拘束するぞ?」
守衛のルアドはサティを見て俺に槍を向けた……いやいや、あり得ないだろ。
「おい、俺が攫って来たとでも?」
「あれ、違うのか?」
「んなわけあるか!! ったく、信用ねぇなあ」
「はっはっは。冗談だっつの」
「嘘つけ」
ようやく村に入れた。
が……案の定、サティと一緒に歩いていると、村の連中は言う。
「おい!! 嫁さんか?」
「おいおい、子連れかい。隠し子か?」
「人さらい!! 領主様が人さらいじゃ~!!」
マジでやかましい……マジで俺の信用どうなってんのよ。
すると、サティがクスクス笑っていた。
「いや、なんで笑う……?」
「す、すみません。その……師匠って、愛されてるんだなって」
「愛? いや、人さらいとか言われてんぞ」
「でもでも、村の皆さん、すっごく笑顔です。師匠が戻ってきて、嬉しいんだと思います」
「そうかねぇ……っと、見えた。あそこが俺の家」
村の一番奥に、大きな石造りの家がある。
木造ではない、石造り。この辺りでは俺の家だけで、いかにも領主邸っぽい。
屋敷というか、ミニチュアの砦っぽいんだよな。ま、もともとは食糧庫だったけど、新しい食糧庫を作ったんで、俺が改造して使ってるってわけだ。いちおう二階建ててで、広さもそこそこある。
馬を厩舎に入れ、屋敷の中へ。
「おーい、帰ったぞー」
ギルガがいるのは、領主室。
俺が執務をする部屋だ。ノックもしないでドアを開けると、いたいた。
「よ、ギルガ。帰ったぜ」
「……ラス。ドアをノックしろと言って……む?」
視線はサティへ。サティはビクッとして頭を下げた。
「……どういうことだ?」
「あー……まぁ、いろいろあってな。俺の弟子にすることにした」
「弟子? お前、指導なんてできるのか?」
「まぁ、やってみるわ」
「やれやれ……」
「あ、サティの家を手配してくれ。空き家、あっただろ?」
「あー……空き家か。あったはあった。だが、お前がいない間に火災があってな、全焼した」
「なにぃ? じゃあ、別の空き家」
「ない。そうだな……部屋も空いているし、ここでいいだろう」
「はい? おいおい、若い女と一緒に暮らせってのか?」
「ふむ……子供を女と見るのか、お前は?」
「そりゃないな」
「なら問題ない。さて……サティだったか」
「は、はい!!」
「オレはギルガ。ラスの元部下で、今は領主代行でもある。足りない物、必要な物があれば遠慮なく言え。手に入る物だったら都合しよう」
「あ、ありがとうございます」
サティは再び頭を下げる。
俺はサティにボソッと言った。
「ギルガの奴、顔は厳ついけどいいヤツだぜ。家に帰れば娘に甘々なパパやってるからよ、暇な時からかいに行こうぜ」
「聞こえているぞ。全く、お前というやつは」
「あ、あはは……」
というわけで……サティは俺の家に住むことになった。
◇◇◇◇◇◇
サティを部屋に案内し、とりあえずしばらく休ませることにした。
俺はギルガと二人で、領主室で話をする。
「で……どういう経緯なんだ?」
「あー……まぁ、偶然ってやつだ」
路地裏でゴロツキに絡まれていたサティを助けたこと。サティがランスロットの娘で追放されたこと。『神スキル』持ちで、ちょっと世話を焼いたら懐かれたこと。ラストワンの野郎にハメられて連れ帰ったことを説明……ああ、金貨五千枚のことは黙っておく。
「なるほどな。ランスロット……奴め、どこまでも歪んでいる」
「まぁまぁ、いいじゃねえか」
「……お前にも責任があるぞ。そもそもアイツが増長を始めたのは、お前がルプスレクスの討伐功績を譲ったからだ」
「……あのさ、どいつもこいつも勘違いすんな。ルプスレクスを倒したのは、間違いなくランスロットだぜ」
「致命傷で息も絶え絶えのルプスレクスに、剣を突きたてただけの間違いでは?」
「…………」
「魔王軍の勢いは増している。ラス……お前も、もう少しやる気を出せ」
そう言われ、俺は面倒くさくなってソファに寄り掛かった。
◇◇◇◇◇◇
魔王軍。
長く、人類と争っている種族。海の向こうにある大陸に『魔王国』を作り、人間が住む領地の四分の一をすでに掌握している。掌握された領地は『魔王領地』と呼ばれ、残り四分の三が『人間界』だ。
人間界と魔王領地の国境では、いまも小競り合いが続いている。
ここ最近、大きな戦いはないが……今から十四年前、俺が十六歳の時に、魔王軍の幹部である『七大魔将』の一人、『冥狼ルプスレクス』が軍勢を率いてやってきた。
若かった俺はルプスレクスと一騎打ち……ま、その辺のことはあまり語りたくない。
ルプスレクスは強かった。でも、俺はなんとか奴を倒した。
俺もけっこうなダメージで、ルプスレクスにとどめを刺せなかったが……そこに現れたのが、七大剣聖に十二歳で加入した天才少年ランスロットだ。
後方で待機だったはずなのに、なぜか最前線にいた。
俺を助けに来たのかと思ったが……まぁ、違った。
ランスロットは、ルプスレクスにとどめをさし、その首を斬って勝鬨を上げた。
つまり、ルプスレクスを討伐したと王国中に広めたのだ。
こうして、十二歳の天才少年ランスロットは、アルムート王国最強騎士となり、公爵位を得た。
俺はというと、男爵位をもらい、片田舎に領地をもらえた。いやー嬉しかったね。
「……お前が王都を去った後は大変だったぞ」
「まぁ、そうだよな」
当時、ラストワンは九歳。アナスタシアは十歳だったっけ。
エドワド爺さんに二人を任せて、俺は王都を去ったけど……ラストワンはランスロットの功績に納得していなかった。でも、アナスタシアは納得した。
二人が犬猿の仲になったのも、このころからだったな。
「ラス……お前の考えは、お前しかわからん。だが……もう間違えるなよ」
「間違える? 俺が間違えたことなんて、あるか?」
まぁ……間違えたんだろうな。
とりあえず、今日はもうクタクタだぜ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます