脇役剣聖、逃げたい

 弟子にしてください!!

 ……気のせいじゃなければ、そんな風に聞こえた。


「あー……大丈夫か? いろんな意味で」

「え、あ……その」


 女の子はハッとなり、自分の口を押さえた。

 俺はどうしようか迷ったが、とりあえず聞く。


「あー、家はどこだ? 冒険者か?」

「……家はありません。つい先ほど、追い出されましたので」


 おっも!! 追い出されたとか、ヤベー匂いしかしない。

 とはいえ、子供を放りだすのも。というか……金貨、持ってんじゃん。


「ああ、じゃあ、金あるなら適当な宿に泊まった方がいいぞ。うん。おじさんが安心安全な宿に連れてってやろう。で、身の振り方を考えた方がいい」

「…………あの、おじさん」

「ん、なんだ?」

「おじさんって、強い剣士なんですか?」

「あー……」


 なんて答えるか? こんな質問は、今まで嫌と言うほどされた。

 そのたびに、俺はこう答える。


「俺は強くなんかないさ。避けるのが上手いのと、ちょっとしつこいだけのおっさんだよ」


 頭をボリボリ掻き、なんとなく曖昧に微笑む。

 まぁ、俺は自分を強いなんて思っていない。いちおう『神スキル』の能力者だけど、目がいいのと、力の流れが見えるくらいしか使ってないしな。

 

「ほれ、とりあえず立て。宿屋、行こうぜ」

「あ……はい」

「希望はあるか? 安いけど広くて安全な宿。これは古いけど風呂もある。もう一つは高いけどそんなに広くない。その代わり、ベッドの寝心地が抜群だ」

「……っぷ」


 お、なんか笑った。

 と……まぁ、宿もだけど他にも気にすることがあるな。


「あー、まだ開いてる服屋のが先か。見た感じ、着の身着のままって感じだしな」

「あ……」


 女の子は露出した胸元を隠す。ははは、大丈夫大丈夫、見えてたけど、子供に欲情するほど飢えちゃいないって……もちろん、こんなこと言わんけど。


 ◇◇◇◇◇◇


 服屋で適当に買い、女の子を宿へ案内した。

 金を支払い俺はお役御免……近くのバーで飲みなおそうと思ったが。


「あ、あの……おじさん、あたしの話、聞いてくれませんか? その……ごはん、奢りますので」

「…………」


 めっちゃくちゃ厄介ごとの気がする!! 

 勘弁してくれ……厄介ごとは、七大剣聖っていう地位だけで十分なんだよ。

 でも、家を追放されて、乱暴されかけた女の子だし……心細いんだろうなぁ。

 

「まぁ、いいぞ。じゃあ……俺の行きつけでいいか?」

「は、はい」


 というわけで、王都に来ると必ず行く、俺が大好きなメシを食いに行く。

 向かったのは、王都外れにある公園。

 遊具もない、ベンチくらいしかない寂れた公園だ。でも、夜になるとここで店を出す変わりモンもいる。

 

「お、あったあった」

「あ、あの……あれは?」

「あれは屋台だよ。うんまい煮物と酒を出す屋台。俺の行きつけなんだ」


 案の定、屋台に客はいない。

 暖簾をくぐると、いたいた……ゴワッゴワの髭面、子供並みの身長のくせに筋骨隆々の、ドワーフ族のおっさんだ。


「よ、ボーバディのおっさん」

「……ラスか。一年ぶりだな」

「相変わらず、閑古鳥が鳴いてるなぁ」

「やかましい。ん?……お前さん、ガキが生まれたのか?」

「アホ」


 俺が座ると、女の子もキョロキョロしながら座る。

 屋台が珍しいのか、ボーバディのおっさんが煮込んでいる野菜や肉の煮物を見て、目をキラキラさせているのが、なんとも子供っぽい。


「とりあえず、酒と適当に盛り合わせ。こっちの子には果実水な」

「あいよ」

「あ、あの」

「ここはおっさんの奢りだ。若い子に奢ってもらうほど、金欠じゃねぇさ」


 出てきたのは、ボーバディのおっさん特製の煮物。

 俺は燗した酒を飲みながら煮物を摘まむ。女の子は野菜の煮込みを食べると、目をキラキラさせた。


「お、おいしい!!」

「だろ? ボーバディのおっさんの煮込みは、王都で一番だ。まぁ……そのうまさを知るのは、俺くらいだけどな」

「アホ。普段は大勢客が来る。お前が来る時だけヒマなんじゃよ」

「なんだそれ。俺は疫病神かっつーの」

「はは、違いねえ」


 おっさんと笑い合うと、女の子も笑った。

 

「あはは、は……ぅ、ぅぅ、う、っ」

「え」


 そして、泣き出した……お、おいおい、なんだこれ?

 

「あ、あの~……お嬢ちゃん? お、おいおっさん、煮物がマズかったのか?」

「アホ抜かせ!! ったく……何か抱え込んでるんだろ。話、聞いてやれ」

「お、おお……」


 正直、あんまり聞きたくない……なーんて、口が裂けても言えなかった。


 ◇◇◇◇◇◇


「あたし、サティって言います。ついさっきまで、ヴァルファーレ公爵家……ランスロットお父様の、娘でした」

「ぶーっっふ!?」


 酒噴いた。

 ら、ランスロットの娘!? そういやランスロットのやつ、アロンダイト騎士団とかいう女の子だけの騎士団作ってたっけ。で……アルムート聖騎士団の団長であるボーマンダ団長と、折り合い悪かったんだよな。ボーマンダ団長は『女のママゴト』とか言うし、ランスロットも『野蛮人の集まり』とか。

 ってか、この子……マジでランスロットの娘なのかよ。


「ま、娘って言っても養子ですけど……あたし、『神スキル』持ちで、将来を期待されてたんです」

「へ、へえ……」

「でも……『神スキル』に目覚めて四年、ぜんぜんスキルが上手く使えなくて……それで、お父様に捨てられちゃいました」

「…………」


 マジか。

 ランスロットのやつ、養子を何人も取ってたのは知ってるけど……まさか、使い物にならないからって、こうもあっさり捨てるとはな。

 さすがに、これは気の毒だ。


「あの、おじさん。おじさんの名前は?」

「あー……ラスだ」


 どうすっかな……俺が七大剣聖の一人だって知られると、めんどくせえことになりそう。

 このまま無難に、メシだけ奢って、そろりとフェードアウトするかね。

 

「ま、食え食え。今日はおっさんの奢りだ。とりあえず、食って寝て、その後のことは明日考えろ」

「…………はい」

「がっはっは。そうだぜお嬢ちゃん、この万年金欠の貧乏領主、七大剣聖の一人『神眼』のラスティスが奢るなんて、こいつがワシのところに通い始めてそう何度もないぞ?」

「……え?」


 おいおっさんんんんん!!

 なにあっさり俺の正体バラシてんだ!?


「七大剣聖の一人、って」

「あー……」

「おっとすまん。口が滑っちまったぜ、悪いなラス。お詫びに奢ってやる」

「このジジイ……」

「あの!! ラスさん……七大剣聖の一人なんですか!? しかも、『神眼』のラスティスって」

「あ、いや、その」

「あの!! お父さんのことも知ってるんですか!? あ……もう、お父さんじゃないですけど」

「まぁ、知ってるけど……」

「そうですか……あの、ラスさん。やっぱりお願いがあります!! あたしを弟子にしてください!!」

「…………」


 こうなっちまった。

 まぁ、この子には悪いけど……それはパスだな。


「悪い。俺は弟子を取らない。というか、教え方とかわからんし。それに、俺の弟子になるってことは、ド田舎のギルハドレッド領地に来るってことだぞ? さらに、俺は序列六位で、たぶんすぐに七位に落ちる。七大剣聖なんて言っても、派手さもない、ただのロートルだ」


 自分で言ってて悲しいが、その通りなので仕方ない。


「噂で聞いたことがあります。かつてアルムート王国を襲った魔王の眷属、『七大魔将』の一人、『冥狼ルプスレクス』の軍勢を、たった一人で食い止めたことがあるって」

「それは違う。確かに俺は戦ったけど、ルプスレクスを討ち取ったのはランスロットだ」

「……本当に、そうなんですか?」

「……あ?」

「あたし、見たんです……」


 サティは、俺をまっすぐ見ている。

 なんだなんだ。若い女の子に見つめられると、胸がぞわぞわする。


「お父さん……ランスロット公爵が討ち取った『冥狼』の毛皮が屋敷に飾ってあるんですけど、公爵様が一度だけ呟いたんです。『おのれラスティス』って……たった一言でしたけど、自分が討ち取った七大魔将の毛皮を前に、あんな憎々しげにするなんて、おかしいなぁって。もしかしたら……本当は、ラスさんが」

「勘違いだろうな」


 俺は燗酒を一気飲み。

 おかわりを注文したが、おっさんは「飲みすぎだ」と出してくれなかった。


「ルプスレクスは、ランスロットが討ち取った。俺はしぶとく生き残っただけさ」

「…………」

「ま、そういうこった。弟子入りするなら、アナスタシアにしておけ。ラストワンの野郎は軽薄だし、ロシエルはガキんちょだし、エドワド爺さんは隠居しちまったし、団長は無理だし、ランスロットは論外だし。アナスタシアになら口添えできる」

「…………でも」


 ま、アナスタシアが無難だろうな。

 アナスタシアなら、王都にある自分の屋敷にいるだろ。明日にでも連れて行けばいいか。

 サティは俯いている。うーん、何か気になるのかな。


「ところでお前、どんな『神スキル』なんだ?」

「えっと、あたしは『雷神』で、雷を操れます」


 サティが人差し指を立てると、パチパチと紫電が爆ぜた。

 

「……ん?」

「えっと、どうしたんですか?」


 この子が雷を使う『流れ』を見たけど……なんとまあ、メチャクチャだな。

 あんまり詳しいわけじゃないが、こういう自然系のスキルは胸の中心から力が膨れ上がり、血管や神経を通って、身体の先端から放出されることが多い。もちろん例外はある。

 でも、サティの場合……胸で増幅した力の流れが、渦を巻きながら指先に向かっている。

 川の流れに沿うのではなく、わざわざ渦巻いたり、沈んだりを繰り返して、ボロボロになりながら出口に向かうような……どれどれ。


「そのまま、少しずつ力を放出したまま、できるか?」

「え、ええ。でも……あまり時間を掛けると、その」

「大丈夫。ちょっと触るぞ」


 と、俺はサティの肩を指で突いた。

 神経を刺激し、力の流れを一時的に正しくしたのだ。


「あれっ!?」

「少し楽になっただろ。ま、一時的な処置だ。この感覚、覚えておけよ」

「な、何を」

「お前は、練った力を流すことが苦手みたいだな。こういうのは無意識にできるモンだが……何か理由があるのかね。ま、とりあえずは」

「あの!!」

「うおっ」


 び、びっくりした。

 サティは立ち上がり、頭を下げた。


「やっぱり、あたしを弟子にしてください!! お願いします!!」


 えぇぇぇ……なんでそうなるのよ。

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