脇役剣聖、出会う
七大剣聖序列二位、『神剣』のランスロット。
年齢は二十六歳。鍛えぬかれた身体に、かつて討伐した討伐レートSSの魔獣『シンクレイア』の素材を全て使用し拵えた鎧、剣を装備する、七大剣聖最強と言われている剣士がいた。
プラチナブロンドのロングヘアをなびかせ、男性ですら魅了してしまう甘いマスクに微笑を張りつけ、ランスロットはアルムート王城の通路を歩いていた。
道中、メイドたちとすれ違う。
「ほあ……」「ランスロット様……」
本来、使用人であるメイドはランスロットに道を譲り、頭を下げなくてはならない。
だが、その美貌が義務を忘れさせてしまう。
ランスロットはメイドに向かって微笑みかけた。
そして、通路を抜けた先にある訓練場へ到着。その先にある小さな城のような建物へ入る。
ドアを開けると、そこは執務室。
立派な椅子に座った、燃えるような赤髪をポニーテールにした少女が立ち上がり敬礼した。
「お帰りなさいませ、総団長!!」
「ただいま戻りました。イフリータ」
少女の名はイフリータ。
ランスロットが頷くと、イフリータは敬礼を崩す……そして、凛々しい表情はどこか、憧れを抱くような、町娘のような表情に変わった。
ランスロットは言う。
「何か、変わったことはありましたか?」
「特にありません。訓練は滞りなく終わり、団員たちは自主訓練を行っています。あー……そうだ。その、サティがまた暴走して、無差別攻撃を」
「……はぁ、またですか」
ランスロットはため息を吐く。そして、イフリータはイライラしたように言う。
「全く、あの無能め。スキルの覚醒こそ誰よりも早かったくせに、その力を使いこなすことができないとは……勿体ないというより、愚かですね。このまま
「ふむ……」
「サティはこの、『アロンダイト騎士団』に相応しくありません。どうか、追放を」
「…………」
ランスロットはしばし考え、決断するように頷いた。
◇◇◇◇◇◇
ランスロット・ヴァルファーレ。
七大剣聖序列二位『神剣』のランスロット。
現在は、アルムート王国にて公爵位を賜り、ヴァルファーレ公爵として領地を治め、七大剣聖としてアルムート王国の防衛を担っている。
ランスロットには、娘が……いや、娘たちがいる。
その数、四十四名。
ランスロットは、剣才がある女子を集め、自分の養子として育てている。
王城内の一角に専用の訓練場と建物を作り、ランスロット自らが指導している。
全員が『スキル』を持ち、その実力も非常に高い。
『アロンダイト騎士団』……アルムート王国聖騎士団とは別の、もう一つの騎士団である。
そのアロンダイト騎士団の訓練場で、一人の少女が大の字で倒れていた。
「あ~……なんでだろ」
シルバーのロングヘアが地面に広がっている。とても綺麗な銀髪だが、今は砂や泥で薄汚れていた。
そして、ボロボロの皮鎧、一部が溶解している折れた剣を手に、青空を見上げている。
「よ、っと……うう、また折れちゃった」
少女の名は、サティ・ヴァルファーレ。
現在十六歳。スキルは『雷神』
雷を操ることができる能力を持つ……が、その制御が全くできず、今ではアロンダイト騎士団の落ちこぼれだった。
十二歳でスキルに覚醒し、それが『神スキル』だったので期待されていたが……覚醒して四年、その力が全く制御できなかった。
すると、イフリータが現れた。
「サティ・ヴァルファーレ」
「あ、イフリータ……なに?」
「団長と呼べ。来い、総団長がお呼びだ」
「う、うん……」
またお説教かな、と……サティはため息を吐いた。
イフリータと一緒にランスロットの元へ向かう。
サティは、イフリータの背中を見て言った。
「ね、イフリータ。また剣やっちゃってさ……」
「…………」
無視。
そう、イフリータはサティを毛嫌いしている。
サティは落ち込みながら、ランスロットのいる『総団長室』へイフリータと入った。
「来ましたか、サティ」
「あの、お父さん……ごめんなさい。また剣を溶かしちゃって」
「……また、ですか」
「うぐ……は、はい」
「やれやれ、仕方ありませんね」
ランスロットはため息を吐き、微笑を浮かべていた。
今日はあまり怒っていない。サティは少しだけ安心した──……が。
「サティ。本日、この時を持ち……あなたを『アロンダイト騎士団』から解雇、追放します」
「…………はい?」
「同時に、ヴァルファーレ公爵家からも除名。あなたはただの『サティ』として、生きなさい」
「……ちょ、え? お、お父さん?」
「もう、父ではありません。城下町に宿を用意しました。そしてこれは手切れ金です」
じゃらりと、金貨の詰まった袋が机に置かれた。
サティは唖然として金貨袋を見て、ランスロットを見る。
「な、なんで……? あ、あたしが、スキルをうまく使えないから? だ、だったら!! ちゃんとやる、ちゃんと覚えるから!!」
「もう遅い」
ビシッと、一瞬で剣を抜いたイフリータが、サティの首に剣を突き付けた。
「四年だ。四年……お前はスキルに目覚め、四年も修行をした。だが、その力を使いこなすこともできず、周りに甚大な被害を与え続け、アロンダイト騎士団の秩序を乱している。もう、お前がスキルを使いこなすのを期待するほど、無駄な時間をかける必要がない」
「い、イフリータ……」
「それに、『神スキル』の使い手は、私だけで十分」
イフリータの剣の切っ先が燃える。
『神スキル』の一つ、『炎神』……イフリータの炎は、あらゆるモノを焼き尽くす。
「さっさと出て行け。無能」
「そ、そんな……」
「それとも──……不法滞在で、断罪してやろうか」
ポロリと、サティの目から涙がこぼれた。
イフリータは、金貨袋をサティに押し付け、部屋から叩きだした。
「イフリータ!! お、お父さん!! お願い、あたしを捨てないで!! お願い……」
だが……そのドアが開くことはなかった。
そして、その場に崩れ落ちたサティを、イフリータの命令で来た兵士が連れて行き、城の外へ放り出した。
◇◇◇◇◇◇
いつの間にか、夜になっていた。
サティは、夜の町を一人で歩いていた。
フラフラと、どこに向かって歩いているのかわからない。酒の匂い、肉の焼ける匂いがして、酒場街を歩いているとサティは気付いた。
そして、誰かの背中にぶつかった。
「いってぇなぁ……あん? おいおい、お嬢ちゃん一人か? こんな夜中に……ん?」
「なんだこいつ。兵士か?」
ガラの悪い、二人組だった。
サティが、ボロボロの皮鎧や、薄汚れた髪をしていたのを見て首を傾げた。
が、手に持っている金貨袋を見てニヤリと顔を見合わせる。
「金持ってんのか? へへ、迷惑料としてもらってやるよ」
金貨袋をひったくられたが、サティは無言だった。
「…………」
捨てられた。
その事実が、サティを押しつぶしていた。
ガラの悪い男は、サティの腕を掴む……が、サティは無抵抗だった。
そのまま路地裏に引きずられ、皮鎧を無理やり剥ぎ取る。
「おいおい、ガキのくせにいい身体してやがる。しかも無抵抗だぜ」
「頭ぶっ壊れてんのか? まぁ、好都合だ」
シャツを引きちぎられ、飾り気のない下着が露わになる。
だが───サティは無抵抗。
もう、どうでもいい。
そう思った時だった。
「おぉぉ~……飲みすぎた。エドワド爺さんの野郎ぉ、奢りだからって飲みすぎだっつの」
ふらふらと、路地裏の奥から現れたのは──……ラス。
たった今、強姦されそうになっている少女、そして男二人を見る。
「あぁ~……嫌なモン見ちまった」
「なんだおっさん。混ざりてぇのか? なら金払いな」
「いや~……ガキに欲情するくらい溜まってるみたいだなぁ。しかもお前ら臭うぞ……欲情の前に浴場行け、なーんちゃって。あっはっは!!」
「「…………」」
「いや黙るなよ……ハズイだろ」
男の一人が剣を抜いた。
「怪我したくなかったら消えな、クソつまらねぇおっさん」
「いや、つまらなかったのは謝るけど……どう考えても、消えるのはお前だろ」
「じゃあ、怪我して寝てな!!」
男が剣を振りかぶり襲い掛かって来た。
が──……ラスは半歩だけズレて剣を躱し、男の足を引っかけ、さらに手刀で手首を叩き剣を落とし、その剣を足で蹴り上げて自分の手に持ち、転んだ男の首筋付近の地面に突き刺した。
この間、二秒。
「あ、あ……?」
「ほれ、次はお前さんだ」
ちょいちょいと、手招きする。
ラスは自分の剣を抜き、欠伸をした。
「こ、このおっさん、舐めんじゃ」
「舐めるのはお前、んで地面な」
ラスは一瞬で距離を詰め、剣を抜こうとした男の柄尻に剣の切っ先を当てた。
剣が抜けない。ラスはにっこり笑って言う。
「どうする? 次は──……斬るけど」
男たちは逃げ出した。
ラスは、落ちていた金貨袋を広い、着ていたマントを脱いでサティに掛ける。
「ほれ、気を付けなよ」
「…………」
サティは、ぼんやりとラスを見上げていた。
流れるような剣技。派手さこそないが確実さがあった。
「宿、どこだ? 送っていくけど」
「───あの」
「ん?」
サティは立ち上がり──思いきり、頭を下げた。
「あたしを、弟子にしてください!!」
「は?」
こうして、ラスはサティと、サティはラスと出会ったのだった。
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