第三章
七大魔将『天翼』ラクタパクシャ
魔界。
人間界から遥か遠く離れた場所にある、巨大な孤島。
その大陸は八つに分けられ、それぞれの地域を『七大魔将』と『魔王』が統治している。
魔界地域の一つ、『天翼』
七大魔将『天翼』ラクタパクシャ。
居住地である城の最上階で、クッションを敷き詰めた巨大なソファに横になっている。
姿は女性。年齢は二十代半ばほど。
スタイル抜群の美女で、真紅の長い髪がソファにブワッと広がっている。
眠いのか、真紅の瞳はしょぼしょぼしており、大きな欠伸をした。
「ふぁ……」
真っ赤なドレスは皺だらけ。どうやら長時間寝転がっていたらしい。
すると、大きなドアが開き、巨大なカートを押して二人の魔族が入って来た。
「失礼します。ラクタパクシャ様」
「お食事の準備ができました」
「ん……アリガト」
皿の上に用意されていたのは、巨大な牛の丸焼き。
ラクタパクシャはナイフとフォークを手に、牛を切り分け肉をパクっと食べた。
そして、首を傾げ一言。
「あれ、味付け変えたの?」
「はい。『調理師』が死にましたので、新しい料理人を」
「ふーん。ビオレッタくん、死んじゃったんだ。なんで? 魔獣にでも食われた?」
「いえ、その……事故がありまして」
「事故? 面白そうだね」
興味があるのかないのか、ラクタパクシャはモグモグ肉を食べる。
すると、料理を運んできた一人。ラクタパクシャ直属の上級魔族『針鼠』ドーマウスは、冷や汗を拭う。
「ら、ラクタパクシャ様。お食事中、よろしいでしょうか」
「なーに」
「その、『調理師』ビオレッタは殺されまして。以前、実験をした『天翼移動』で人間界に降り立ち、ラクタパクシャ様の土産を探していたところ、人間に殺されたようです」
「天翼移動。ああ……魔王様に命令されてた、『人間界への確実な移動法』だっけ。アタシの翼を魔族に移植して、空飛んで行くっていう」
「は、はい。ですが、ラクタパクシャ様の『羽』に適合する魔族は少なく、適応できる前に力を吸われミイラとなるか、適合しても途中で力尽き海に落ちるかで……確実な移動とは言えず」
「ボツ、ね」
「……申し訳ございません」
「あっはっは。なーんでドーマウスくんが謝るの? それにしてもさぁ、魔王様も無茶言うよ。魔界じゃ狭いからって、人間界全部欲しがるなんて。あっちにある『魔界領地』だって、手に入れたはいいけど移動手段がなくて、今いる魔獣たちだけで持たせてるようなモンなのにね。それに……人間も強くなってる。いずれ、あの領地は失うね」
ラクタパクシャは牛を完食。頭蓋骨を手に取り、ボリボリ食べ始めた。
「ね、『海蛸』は? 船で引っ張るとか言ってるけど」
「えー、報告では上手くいっていないようです。『海蛸』様の部下では『大海嘯』を越えることができないのと、海の圧力に耐えることができる素材がないとのことです」
「じゃあ、『地蛇』は?」
「『地蛇』様は、海の下にある大地を掘ってトンネルを作る計画ですが、地盤が硬く難航しているようです」
「あーっはっはっは!! 何かさー……『人間界には行かせない』って強い意志感じるよね。今の時点で行けそうなのって、アタシだけかもねぇ」
「その通りですな!!」
ドーマウスが揉み手して褒めると、ラクタパクシャは笑う。
すると、料理を運んできたもう一人も笑い、言った。
「そういえば、『冥狼』も軍勢を率いて海越えをしましたね」
「───……!!」
「いやはや、まさかあのような『駄犬』が、海越えをできるなぞ……」
ギョッとするドーマウス。だが、ラクタパクシャの笑みはもう消えていた。
「らら、ラクタパクシャ様!! こちら、新人でして、何も知らず」
次の瞬間、ラクタパクシャの背中、片方だけ巨大な翼が生えた。
真っ赤な美しい翼だった。ドーマウスの部下が「え、え」と、取り返しのつかないことをしたと理解する前に、部下の顔面に大量の『羽』が突き刺さった。
「うっざ」
ラクタパクシャがつまらなそうに呟くと、部下の血が、魔力が、肉が一瞬で吸われた。
骨と皮だけになった部下が床を転がった。
「掃除しといて」
「しょ、承知しました」
「……その子、ビオレッタくんの後釜だっけ? ごめんね、また新しい子探しておいて」
「は、はい。あの……その、ラクタパクシャ様」
「なに」
ラクタパクシャは不機嫌だ。
だが、ドーマウスは伝えないわけにはいかない。上機嫌なうちに話そうと思っていたのだが……この『報告』でもしかしたら、自分も殺される可能性があった。
今では、骨と皮になった部下に恨みしかない。
「その、ご、ご報告ですが……」
「……さっさと言って」
「は、はい。実は、ビオレッタと、その妹ヤズマットを殺した人間なのですが……め、『冥狼』ルプスレクス様と一騎打ちをして、打ち破った人間です」
「…………」
静寂だった。
ラクタパクシャは無言。ドーマウスはその表情が見れない。
すると、ラクタパクシャは言う。
「ドーマウスくん。その人間、どこにいるの」
「わ、私の『ハリネズミ』が監視しております。今は、人間界の片隅にある田舎です」
「名前」
「え?」
「人間の名前」
「……ら、ラスティスです。ラスティス・ギルハドレッド」
「ふーん」
ラクタパクシャは立ち上がる。
「ら、ラクタパクシャ様……ど、どこに」
「『灰翅』と『鶺鴒』を呼んで。ちょっと人間界に行く」
「えぇ!? らら、ラクタパクシャ様が、自ら!?」
「会いに行く。ずっと感じている──……ルプスレクスの気配。ルプスレクスを殺したソイツに会えば、何かわかるかも」
「しし、しかし!! ラクタパクシャ様最強の側近を連れてまで、行く必要は」
「あるの。アタシは納得していない。なんでルプスレクスが全てを捨てて人間界に行ったのか。何を考えていたのか……知りたいのよ」
ラクタパクシャは、自分の胸を押さえた。
まるで、恋する乙女のような、悲しみを帯びた目をして。
「……領地は、どうするのですか」
「…………」
「あなた様が留守になると、『破虎』様がきっと仕掛けてきますぞ。今や『冥狼』地域は、『破虎』様の軍勢が完全支配……今や、七大魔将で最大の地域を持つ魔族となりました」
「魔王様に任せる。アタシ、魔王様を一度助けたことあってね、その借りを返してもらうわ」
「……ラクタパクシャ様」
「ごめんね、ドーマウスくん。アタシ……やっぱり、忘れられないのよ」
かつて──ルプスレクスが大地を駆け、その上を飛ぶラクタパクシャ。その思い出が。
ラクタパクシャは、悲し気に微笑んだ。
「あーあ。なんであんな堅物オオカミ、好きになったのかな」
七大魔将『天翼』ラクタパクシャは、自分を馬鹿にしたように笑うのだった。
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