脇役剣聖、思わぬ来客

 風呂はいい。

 現在俺は、新しい屋敷にできたばかりの風呂に浸かっていた。

 それはもう、かれこれ一時間もだ。

 ゆっくり湯船に浸かり、いい感じに暑くなってきたら露天風呂に設置した椅子に座って風を浴びる……この瞬間がたまらん。

 そして、身体が冷える前にもう一度湯船に……を繰り返し、すでに一時間なのだ。

 飽きないね。一日、これでいい。

 

「あぁぁぁぁ~……」


 俺は、予め用意していた『氷入りの果実水』を一気に飲み干す。

 これ、これを飲むタイミングが重要なんだ。

 水分は大事だが、俺は風呂に入ってきっかり一時間後に飲む。そのためにわざわざ、王都でこっそり買った『小型冷蔵庫』を脱衣所に設置したんだからな。

 小型冷蔵庫。氷属性の魔獣の『核』を、箱型の容器に設置する。すると、冷蔵庫内がキンキンに冷えるのだ……ああ、買ってよかったぜ。

 冷えた果実水を一気に飲むと、水分を欲していた身体がグングン吸収し、再び汗がドバっと流れる。あぁぁ……死ぬ、死ぬほど気持ちいい。


「さい、こう……」


 意識がトビそうな感覚……この、視界が明滅する瞬間、たまらん。


「…………」


 しばし、意識が飛ぶ瞬間を維持──維持しないと気を失うからな。

 本当は、このまま寝たいんだが、そうもいかないんだよなぁ。


「おいラスティス!! いつまで入ってる!! 来客だぞ!!」

「……へいへい」


 ギルガが露天のドアを開け怒鳴り込んで来た。

 ったく……来客とか、待たせておけばいい。俺の至福の時間を邪魔するなんて許せん。

 

「全く。さっさと着替えろ。仕事は山ほどあるんだぞ」

「わかってるよ」


 ギルガは、右の義手をキシキシ鳴らしながら怒る。

 ケインくんが手配した『魔導義手』の調子は良さそうだ。

 俺は仕方なく風呂を出て、仕方なく着替えるのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


「遅い」

「は?」


 来客は、アナスタシアだった。


「は? いや、なんでお前が?」

「仕事よ」

 

 アナスタシアは、侯爵位を持つ貴族でありながら商人でもある。

 実は、アナスタシアは孤児じゃない。ラストワンは孤児だが、アナスタシアは五歳の時に、流れの商人に売られた子供だ。

 神スキル持ちは高く売れる。アナスタシアの両親に愛情はなく、神スキル持ちの『お宝』にしか見えなかったようだ。

 なので、ラストワンを育てていた俺が引取り……まぁ、弟子となった。

 

 アナスタシアは七大剣聖になり、侯爵位を得た。

 このまま貴族として、七大剣聖としていればよかったんだが……やはり血なのか、商人の才能があった。

 アナスタシアは貴族の力を使い商会を発足。たった数年で王都ナンバーワンの商会に成長し、今じゃ王都の『商会連盟』を率いるトップの商人だ。

 領地は、流通の拠点になってるし……ほんと、隙がない。

 

 ちなみに、アナスタシアの両親が名乗り出たそうだが、アナスタシアは「誰?」と首を傾げて追い払ったそうだ。アナスタシア曰く『ああいう両親を騙る不届き者が増えた』と、心底つまらなそうだとか。

 と……アナスタシアに関してはこんなところだ。


「仕事って、こんな辺境で仕事か?」

「ええ。とある情報によると、ギルハドレッド領地に大規模な未開鉱山があるそうなの。ラス……この辺りに、手の入っていない鉱山地帯はない?」

「そんなの、いくらでもあるぞ。おいギルガ、地図」


 ギルガにギルハドレッド領地の地図を出してもらい、赤インクで丸を付ける。


「……なるほどね」

「鉱山地帯かどうか知らんが、調査していない山脈地域だ。魔獣もいるし、特に調査する理由もないから放置しているぞ」

「もったいないわね。ギルハドレッド領地の新たな産業になるかもしれないのに」

「で、どうするんだよ」

「……領主であるあなたが許可するなら、調査したいわね」

「いいぞ。で……調査隊は?」

「私だけでいいわ」

「……お前な、今言ったばかりだぞ。魔獣が」

「私も、七大剣聖よ。魔獣程度に後れは取らないわ」

「……まぁ、確かに」

「どうしてもって言うなら、あなたが同行なさい」

「俺? うーん……あ、じゃあサティたちも連れて行っていいか? 最近は俺の稽古ばかりだし、実戦を経験させておくにはちょうどいい」

「……いいわ。じゃあ、出発は明日。子供たちに伝えておきなさい」

「おう。って……どこ行くんだよ」

「この村の宿。部屋は取ってあるわ」


 それだけ言い、アナスタシアは出て行った。


「ったく、忙しい奴だな」

「真面目なのだろうな。お前と違って」

「一言余計だっての」


 笑うギルガを軽くジト目で睨み、俺はサティたちが戻ってきたら話をすることに決めた。


 ◇◇◇◇◇◇


「「鉱山調査?」」

「で、ありますか?」


 自主訓練していたサティにエミネム、ついでにヴォーズくんの三人にアナスタシアのことを説明。

 当然だが、乗り気だった。


「行きます!! 魔獣退治、やります!!」

「私も、訓練だけじゃない、実戦を経験したいと思っていたところでした」

「じ、自分は、その……お、お供いたします!!」

「よし。じゃあ、明日調査に行くから、早朝訓練はナシ。ヴォーズくん、みんなの弁当とか、野営道具とかよろしくな」

「はっ!! お任せください!!」


 ヴォーズくん。戦闘こそからっきしだが、なんと『収納上手クローゼット』というスキルを持っており、ヴォーズくんが力を注いだ荷物入れは、容量が広がるのだとか。

 騎士団でも、戦闘はそこそこに荷物持ちや料理番として活躍しているとか。

 なので、こういうお願いをするとメチャクチャ張り切る。


「あの、師匠。アナスタシアさんって」

「俺の元弟子。まぁ……弟子と言っても大したこと教えてないけどな」

「つまり、姉弟子ってことですね!!」

「……そう、なるのかな」


 サティはニコニコしながらエミネムに言う。


「エミネムさん、アナスタシア様に、いろいろ教えてもらえるかもしれませんね」

「ええ。七大剣聖序列五位……どれほどの強さなのか」

「あの、ラスティス様。弁当はアナスタシア様の分も用意すべきでしょうか?」

「一応頼む。あいつ、自分で用意してそうだけどな」


 あと、サティに言っておく。


「サティ。もともと俺は、アナスタシアにお前を預けようとしていた。ちゃんと挨拶はしておけ」

「はい!!」

「よし。じゃあ、今日はここまで。サティは薪割り、エミネムは風呂掃除、ヴォーズくんはメシの支度頼む」

「「「はい!!」」」

「俺は部屋で仕事してるから、何かあったら呼んでくれ」


 俺の屋敷に住むことになってから、食事や掃除などの家事は全部、自分たちでやることにした。

 ヴォーズくん、料理もメチャクチャ上手い……マジで有能だ、この子。

 エミネムは真面目だから掃除とか手を抜かないし、サティは薪割が楽しいのか、とにかく割りたがる。

 ああ、もちろん、俺も家事手伝ってるからな!! 仕事もあるし、忙しいからあまり手伝えないだけだからな!!

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