脇役剣聖、諭す

「───……」

「お父様……」


 ランスロットが目を開けると、涙を流すイフリータがいた。

 ほぼ、無意識だった。

 イフリータに手を伸ばし、その涙を指で拭う。


「……綺麗ですね」


 その涙、赤い瞳は……ルプスレクスと同じ輝きだった。

 すると、ラスティスがランスロットの傍にしゃがみ込み、ニカッと笑う。


「そりゃそうだ。家族を想い流す涙だからな」

「……家族?」

「ああ。いいモンだろ? 自分を想ってくれる人がいるってのは。愛しくて……尊い」

「…………」


 ランスロットの胸に、温かい気持ちがあふれていた。

 気付くと、目元が熱くなり……涙がこぼれた。


「いと、しい」

「ああ。愛しい……その気持ち、忘れるんじゃない。ランスロット、お前は愛されたかったんだ。欲しい物ばかり手に入れて、それを愛しいって思う気持ちを、どこかに置いてきたんだよ」

「…………」

「お前はもう、大丈夫だろ。これからちゃんと、その気持ちと向き合え。そうすればきっと、お前は誰よりもいい父親になれる」

「…………」


 ラスティスは立ち上がる。

 ランスロットも身体を起こすが──思った以上にダメージが少ない。

 ラスティスは、手加減してくれたのだ。

 周りを見ると、イフリータや娘たち、七大剣聖、サティにエミネムがいた。

 ボーマンダが言う。


「お前の負けだ、ランスロット」

「……そうですね。ふふ、敗北です。やはり、あなたには敵わなかった」

「馬鹿言うな。ったく……俺の『切り札』の一つ使ったんだぞ? アレ使うと胃がグリングリンしてメシ食えなくなるってのに。今日は酒飲めねぇっつの」

「…………」

「な、なんだよ」

「いえ……」


 ランスロットが立ち上がり、ボーマンダに言う。

 

「私の敗北です。団長……この勝負、アルムート王国騎士団の勝利です」

「うむ。では、これにて親善試合を終了とする!!」


 こうして、アロンダイト騎士団とアルムート王国騎士団の戦いは終わった。


 ◇◇◇◇◇◇


 ◇◇◇◇◇◇


 親善試合から十日後。

 アルムート王国騎士団、アロンダイト騎士団の再編成が行われた。

 最初は、アロンダイト騎士団を解散し、王国騎士団に再編成するという話もあったが団長が拒否。アロンダイト騎士団はアルムート王国騎士団の『別部隊』という形で残り、ランスロットが団長を続けるという形に収まった。

 

 つまり、今までとほぼ変わっていない。

 ただ……ランスロットがアロンダイト騎士団の訓練によく顔を出すようになったり、娘たちと食堂で食事を楽しんだり、アルムート王国騎士団員たちを鍛えるために訓練場に顔をよく出すようになったと聞いた。

 まぁ、あいつなりに、考えることは多かったんだろう。

 さて、俺は何をしているかと言うと。


「はぁ~……最高」


 アルムート王国王都にある、寂れた公衆浴場にいた。

 ふっふっふ……ここは、王都にありながら人が全く来ない穴場中の穴場!! 誰にも見られないよう、俺は使える力を全て使い、ここまで来た。

 の~んびりお湯を堪能していると……ドアが開いた。ちっ、人が来ちまったか。


「失礼します。ラスティス」

「ああ。って!? らら、ランスロット!?」


 なんと、ランスロットだった!! 

 マジか。なんでこいつがこんなところに!!


「失礼します」

「お、おお……」


 当たり前のように、ランスロットが俺の隣に。

 まさか、ヴァルファーレ公爵様が、こんなクソボロっちい公衆浴場に来るとは。


「……先日、両親の墓前に報告に行きました」

「……」

「両親たちの、本当の息子についての報告です。本来なら、生きているうちに報告すべきだったんですが、ね」

「……」


 ランスロットは、湯を掬って握りしめる……だが、湯は手から零れ落ちた。


「ふふ、あなたには教えられましたよ。私は……愛に飢えていたのですね」

「さぁな。俺が思うにお前はさ、温もりが欲しいのを、絶対に手に入らなそうなものに置き換えて、誤魔化そうとしてたんだよ。力、権力……それが手に入っちまって、どうすべきかわかんなかったんじゃねぇのか?」

「…………かも、しれません」

「ま、ゆっくり考えろ。時間は、いっぱいあるしな」

「……いいのでしょうか」

「ん?」

「私は、ヴァルファーレ公爵家に相応しいのか……」

「知らん。でも、今全て投げ出したら、不幸になる子がいっぱい出る。責任感じてるなら、全部背負って死ぬまで生きろ」

「……ふ、あなたは厳しい。やはり私は、あなたが嫌いですよ」

「ははっ、そりゃどうも」


 俺は湯船から上がる。

 いい加減、のぼせそうだ。


「じゃあな」

「ええ。ああ……サティに一言、お伝え願えますか?」

「ん、何て?」

「───……『ラスティスの元で、学びなさい』と。彼女を捨てた元父親の、憐れな助言ですよ」

「……絶対に伝えないからな」


 そう言い、俺は浴場を出ようとして、一度だけ横目でランスロットを見た。


「…………ふぅ」


 その時のランスロットは、とてもリラックスしているように見えた。


 ◇◇◇◇◇◇

 

 俺は一人、王城にある自室にいた。


「……あー」


 眼が痛い。

 正直、『神開眼』まで使うことになるとは思わなかった。

 俺の切り札の一つ。目にかかる負担がかなり大きく、使ったのはルプスレクスと戦った時以来。

 ランスロットとの戦いで使ったことに後悔はないが……やっぱり、参ったぜ。

 すると、部屋のドアがノックされた。


「はいはーい……って、団長?」

「入るぞ」


 なんと、団長が部屋に来た。

 お茶を出すべきか悩む。というか、迷うことなくソファに座るし。


「ラスティス。貴様を、アルムート王国騎士団、アロンダイト騎士団の副団長に任命したい」

「はい?」


 耳がおかしくなったのかと思った。

 いきなり本題。というか……聞き違いか? 副団長?


「えーっと」

「ランスロットにも了解を取っている。ラスティス、貴様は、アロンダイト騎士団とアルムート王国騎士団に、七大剣聖の強さを見せつけた。貴様しかいない。貴様が、二つの騎士団を繋ぐ」

「あの」


 と、挙手。

 団長は眉をピクッと動かし、言葉を止めた。


「すみません。俺……自分の弟子で精一杯でして。それに、仕事溜まってるんで、早く村に帰らないと」

「……ワシが文官を派遣してもいい」

「いえ、自分でやります」

「……」

「それに団長。アロンダイト騎士団と交流するなら、それこそ団長と、ランスロットがやらないと。今のランスロットなら、きっと団長も話しやすいと思いますよ。まさか、あのランスロットが、王都外れにあるクソボロ公衆浴場に来るわけないっすからね」

「……クソボロ?」

「ああ、公衆浴場です。公衆浴場」


 騎士団が二つ、交流するのはいい。

 今のアルムート王国騎士団には強いスキル持ちが、アロンダイト騎士団には経験が足りない。互いに交流すれば、きっとためになる。

 俺は団長に言う。


「団長。俺がしたことなんて、ランスロットを説教したくらいです。あとは、ランスロットと団長と、両騎士団の問題です。あとは、団長の仕事ですよ」

「…………」

「やっぱり俺、田舎でのんびり仕事してる方が、俺らしいです。あー、サボるってわけじゃないですよ?」

「……ふっ、やはりそうか」


 団長はそこまで言い、立ち上がった。


「ランスロットとは話した。恐らく……お前は引き受けないだろうと言われた」

「え……」

「正直、ワシも同じことを思っていた」

「……あ、あはは」

「さて、ラスティスよ。お前は序列二位のランスロットを倒したわけだが」

「あ、序列の入れ替えはナシで。今回は序列入れ替え戦じゃなくて、親善試合ですから」

「……そう言うと思った」


 団長は笑った……この人、ちゃんと笑えるんだな。

 すると、どこか面白くなさそうな、怖い表情をした。


「一つ、貴様に頼みがある。物凄く納得いかないが……むぅぅ」

「?」


 団長の『頼み』を聞き、俺はどこか『そうなる』ような気がしていたのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


「あ、あの、ラスティス様……よろしくお願いします!!」

「お、おう」

「…………ぐぬぬ」


 王都の入口にて。

 俺はサティ、そしてエミネムと一緒に並んでいた。

 なんとエミネム。第一部隊長を辞め、俺の指導を受けるためにギルハドレッド領地へ。

 そしてエミネムだけじゃない。


「ラスティス様!! 第一部隊騎士ヴォーズ、これからお世話になります!!」

「あ、ああ。もうちょい声を落としてくれ」

「はい!!」


 全然わかってねぇ。

 騎士で坊主頭のヴォーズくん。団長の言いつけで、エミネムの補佐、そして俺の補佐として騎士団から出向としてギルハドレッド領地へ行くことになった。

 サティは、ニコニコしながらエミネムの元へ。


「えへへ。エミネムさん、これからよろしくお願いします!!」

「はい。ふふ、一緒に強くなりましょうね」

「はい!!」

「それと、ラスティス様……」

「おう。エミネム、領地には真新しい公衆浴場がある。修行の終わりに入る風呂はいいぞ」

「おお、お風呂……あのあの、一緒に、ですか?」

「い、いや、男女別な」

「ラスティス・ギルハドレッド!! 貴様、娘に不埒な真似をしてみろ……粉砕する!!」


 団長怖い。あの、間違ってもそんなことはないのでご安心を。 

 団長が恐いので、そろそろ出発しようとした時だった。


「───……あ」


 サティが止まった。

 視線の先にいたのは──アロンダイト騎士団。親善試合に出た七人だ。

 そして、イフリータがこちらへ来る。


「……イフリータ」

「……これを」


 イフリータが差し出したのは、掌に収まるくらいのメダルだった。

 それは、アロンダイト騎士団の証。


「これまでのこと、謝罪する。サティ……お前は強い」

「イフリータ……」

「お前はもう、アロンダイト騎士団ではない。だが……渡しておく。戻りたくなったら、いつでも戻って来い。その時は、私がお前を鍛えてやる」

「……ふふっ」

「……なんだ」

「イフリータ、ありがとう!!」

「うわっ!?」


 サティは、イフリータに飛びついた。

 イフリータは顔を赤くして、サティを引き剥がそうとしたが……諦めたのか、疲れたように微笑んだ。

 こっちも和解。アロンダイト騎士団との確執も消えただろう。

 俺は、アロンダイト騎士団の奥を見ると……そこに、ランスロットがいた。

 俺に挨拶しないところが、ランスロットらしい。


「さて、行くか!! いざ、ギルハドレッド領地へ!!」

「はい!!」

「はい。ふふ、ラスティス様の領地……また行けるなんて」

「自分、頑張ります!!」


 俺、サティ、エミネム、ヴォーズくん。

 ギルハドレッド領地へ向けて、馬車を走らせた。

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