閑話⑥/ランスロット・ヴァルファーレ
ランスロットは、ヴァルファーレ公爵家でメキメキと力を付けた。
ヴァルファーレ公爵家は、宝の山だった。
まず、知識を深めるために本を読んだ。母親から「読書は好きじゃなかったのにね」と言われて少しだけ冷や汗をかいたが、特に不思議に思われなかった。
そして、力を付けるために、ヴァルファーレ公爵家専属の騎士に、剣術を習った。
これが大当たり。ランスロットは、百年に一人の天才だった。
ヴァルファーレ公爵家に来て一年。ランスロットは十一歳になった。
この時、ランスロットの剣術は、ヴァルファーレ公爵家の騎士を上回っていた。
相手を探すのも一苦労……そしてこの時、『神スキル』を持っていることを両親に報告。本当は幼少期から鍛えていたのだが、つい最近目覚めたように振舞うのは、ある意味面倒だった。
神スキル。
この力を持ち、さらに公爵家専属騎士を打ち倒す少年。
アルムート王国騎士団がランスロットのことを知るのに、時間はかからなかった。
そんな時だった。
「こんにちは。えーと……覚えてるかな? 俺、キミと会ったこと……わかんないか」
少年だった。
頬を掻き、何となく居心地悪そうに公爵家の庭にいた。
父、母に挨拶すると、ランスロットに言う。
「すっごい腕前の剣士だって聞いて、アルムート王国騎士団にスカウトに来たんだ。ああ、年齢は気にしなくていい。俺も騎士団に入ったの、十歳の頃だったからな」
少年は、どこか疲れたようにニコニコしていた。
騎士団。それは、ランスロットにとって『力』への近道だ。
「行きます。騎士団に行きたいです」
「お、いい返事だ。じゃあ待ってるからな」
少年が拳を出すと、ランスロットも拳を出して合わせた。
こうして、ランスロットは騎士団に入ることになった。
「…………うーん? 気のせい、かな」
帰り際、ランスロットを見た少年が、首を傾げながら帰ったのが、少しだけ気になった。
◇◇◇◇◇◇
ランスロットは、騎士団に入団。
騎士団の洗礼である『模擬試験』では、当時の第三部隊の隊長を試合開始十秒で叩きのめし、一躍有名となった。
そして、第三部隊長を倒したランスロットは、その様子を見に来ていた当時の七大剣聖の一人に向けた。
「お相手、お願いします」
調子に乗っている。
七大剣聖の一人は笑っていた。軽く捻り、お仕置きするつもりだった。
だが───試合開始から二十秒。ランスロットに叩きのめされた。
決して、油断していない。
だが、ランスロットの『神スキル』により、全ての攻撃が塵と化し、最終的に右腕を切断され、戦うことができなくなった。
この日を境に、七大剣聖は引退。後釜にランスロットが指名された。
十一歳。ランスロットは、歴代最年少の七大剣聖、『神剣』のランスロットとなった。
「おお、久しぶりだな。えーと、ランスロットか」
「はい、お久しぶりです」
ヴァルファーレ公爵家に来た少年、ラスティスと再会した。
同じ七大剣聖とは知らなかったが、この時は特に意識していなかった。
ラスティス・ギルハドレッドは不思議な少年だった。
たまたま、第一部隊の宿舎食堂を通りかかった時。
「レディぃー……ゴゥッ!!」
「「ふんっ!!」」
父親ほど年の離れた筋肉達磨と腕相撲し、一瞬で敗北していた。
「っだぁぁ!! おいギルガ、手ぇ抜けよ!!」
「真剣勝負だろう? なぁ、ホッジ」
「そうそう!! ってか、筋肉達磨のギルガに挑むなんて無茶無茶!!」
「んだと!? じゃあホッジ、俺と勝負だ!! おいフローネ、お前の旦那の腕、へし折っていいよな!!」
「構わないけど、折ったらこいつの仕事、アンタが変わりなよ」
「えぇ!? 俺もう騎士団所属じゃないし……おいミレイユ、ギルガ、後は任せるぜ!!」
「ちょっと、私やらないからね!!」
「オレも御免だ。ふん、腕が折れたくらいなら、書類も書ける。足の指でも書けるしな」
「そりゃお前だけだ!! あっはっは!!」
騎士団員と馬鹿笑いをしていた。
七大剣聖。それは、王国騎士団の憧れ。
アルムート王国最強の剣士であるはず。なのに……ラスティス・ギルハドレッドは、あの中では一番年下に見える。だが、全員と対等に見えた。
「……愚かな」
奴は、わかっていない。
権力というのは、『力』だ。
七大剣聖という力は、皆を認めさせる『権力』だ。
ランスロットは、ラスティス・ギルハドレッドという男が大嫌いだった。
◇◇◇◇◇◇
ランスロットは、十二歳になった。
七大剣聖の一人として、立派な剣士になった。
まだ若いと侮られることもあったが、ランスロットを知る者は誰も侮らない。その強さが本物であると、知っていたから。
そして──ついに、始まった。
「『冥狼ルプスレクス』……七大魔将の一体が、この地に!?」
七大剣聖として、ランスロットの十二年の人生では、初めての戦争だった。
七大剣聖に出撃命令。『冥狼ルプスレクス』の軍勢がアルムート王国に向かっているので、総力を持ち阻止せよ、とのことだった。
初めての戦争。ランスロットは、いつもの戦いと変わりないと思っていた。
だが───ランスロットには、理解できていないことがあった。
「……こ、これが」
戦争。
狼の群れが、騎士たちを食い殺していく。
阿鼻叫喚。血の匂い、肉が飛び散り、転がる死体。
ギャングリア帝国では感じたことのない、明確な『死』が隣にあった。
ランスロットの様子を感じたのか、ボーマンダが指示を出す。
「ランスロット。貴様は後方待機だ」
「え……」
「お前は若い。戦わず、この空気を感じておけ」
「……」
何も、言えなかった。
呑まれていることを、すぐに見破られた。
「団長、いいですか」
「なんだ、ラスティス」
「俺の『眼』で見ました。後方に本命……『冥狼ルプスレクス』がいます。俺がそこまで行って、奴と一騎打ちで倒してきますよ」
「……死ぬつもりか」
「まさか。まぁ、任せて下さい」
「おい、ラス」
「ラスティス……」
ラスティスは、自分の弟子……ラストワンとアナスタシアの頭を撫で、行ってしまった。
まるで、変わっていない。
食堂でふざけていた時と、まるで変わらずに行ってしまった。
「……どうして、あんな顔ができるんだ」
思わず、声に出てしまった。
すると、ボーマンダが言う。
「奴は、守りたい物のために、全力を出せる男だ。この国、友人、部下、弟子……奴には、守るべきものが多すぎる」
「まも、る……?」
力、権力を守るということなのか。
ランスロットは見た。ラスティスの部下たちが、食堂で馬鹿騒ぎをしていた時とは別人のような雰囲気で狼や魔族と戦っている。
守るための力。それは、ランスロットの知らない力だった。
「…………馬鹿な」
気付けば、走り出していた。
戦場を駆け抜け、ラスティスのいる場所まで走っていた。
そして───見た。
ボロボロのラスティスが、巨大な銀狼とほぼ相打ちで倒れていた。
ランスロットは、聞いた。
『頼む。ラスティス……我の、家族を……苦しみから、解放してやってくれ』
「おい!! くそ、死ぬんじゃねぇ!! ああもう、なんでだ!! お前がクソ野郎ならこんな、こんな……ちくしょう!! 魔族ってのはクソじゃねぇのか!? なんでそんな目ができるんだ!!」
『……我を、殺してくれ』
「ふっざけんな!! くそ、くそ……」
ランスロットも見た。見てしまった。
ルプスレクスの目から、涙が流れていた。
透き通るような目で、透明な涙を流していた。
そこにあったのは、慈愛。
ランスロットが、知らない感情。
物凄い吐き気が込み上げてきた。気付けば、飛び出していた。
「う、ァァァァァァ!!」
「ッ!? ランスロ──」
ルプスレクスの首を切断した。
噴き出す血。転がる首。そして──死んだことで濁る瞳。
ルプスレクスを討伐した。
親が死んだことで、狼たちは動揺し、一気に討伐された。
この功績で、ランスロットの地位は不動となった。莫大な報奨金を得て、四年後の十六歳にはヴァルファーレ公爵として爵位も継承した。
逆に、ラスティスは腑抜け……ギルハドレッドという田舎をあてがわれ、男爵の爵位を得て、引きこもってしまった。
全てが、ランスロットを中心に回っているような気がした。
◇◇◇◇◇◇
でも──一つだけ、理解できないことがあった。
◇◇◇◇◇◇
それは、ルプスレクスの目。
慈愛。ランスロットの中にはない感情。
わからなかった。
家族という言葉、意味が理解できなかった。
でも……思っていた。あの時のルプスレクスの目は、ヴァルファーレ公爵家にあるどんな宝石よりも美しく思えた。
だから、創ることにした。
「アロンダイト騎士団。アルムート王国騎士団ではない、私が育てる騎士団を創設します」
スラム街にいる孤児を集めた。
少女だけ、そして優秀なスキルを持つ子だけを厳選し育てた。
ヴァルファーレ公爵家の養子とした。娘にすれば、家族の気持ちがわかると思った。
でも……わからなかった。
自分を「父」と慕う娘たちが、わからなかった。
何もわからないまま、十四年が経過──ランスロットの心の隙間は、まだ埋まっていない。
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