アロンダイト騎士団総隊長『紅蓮』のイフリータ②
戦いが始まった。
「『
「『
炎、雷が剣に付与される。
そして、サティとイフリータは互いに見つめ合い飛び出した。
イフリータの一刀両断を、サティは双剣を交差させ受ける──が。
「ッ!?」
「はぁぁぁぁぁ!!」
受けた瞬間、両腕が軋む。
イフリータの腕力は、女性ではありえないほど強かった。
サティの膝が折れそうになり、サティは目を見開く。
「───ふっ!!」
「!!」
サティは、一瞬だけ力を抜き、大剣に勢いが戻った瞬間、双剣を解放し身体を脱出させた。
そして、イフリータの打ち下ろしがステージに激突する瞬間、横蹴りでイフリータの脇腹を蹴る。
だが、鎧に守られた脇腹にダメージはない。蹴りはあくまで、サティがイフリータと距離を取るための一撃だった。
剣がステージに激突。冗談抜きで地面が揺れた。
「相変わらずの、馬鹿力……!!」
「フン、真正面から受けるとは、相変わらず考えなしの馬鹿だな」
「あたしだって鍛えてるしね。今のあたしが、どれくらい受けれるか試したかったの」
「なら──もう一度、受けてみろ!! 『
イフリータの全身が燃え、炎の鎧となる。
サティは双剣を構え、剣の切っ先に小さな『紫電の玉』を作り出した。
「行くぞ!!」
イフリータが、炎を帯びたまま向かってくる。
距離は離れているが、サティは熱気で身体がジリジリ焼けるような感覚がした。
「燃えろ!!」
炎剣による連続攻撃。
サティは躱す。身体を捻り、しゃがみ、捻り、飛び、下がり……冷静に、イフリータの目を見る。
イフリータは、舌打ちした。
「ちょこまかと!!」
「速いけど、師匠ほどじゃない!!」
「黙れぇぇぇぇ!!」
躱すたびに、剣の軌道が荒くなる。
そして、横薙ぎ──太刀筋が甘く、サティは最低限の動きで回避し、右の剣の先端にくっついたままの『紫電の玉』を、イフリータの大剣にチョンと触れさせた。
「『
「ッ!?」
パチッ、と剣が紫電に包まれた。
だが、雷が落ちるわけでもなく、特に変化がない。
イフリータは舌打ちし、呼吸を整え冷静に剣を構える。
「ふぅ──……ふっ、ふっ、ふっ」
「興奮しすぎ。太刀筋、どんどん甘くなってるよ。師匠が言っていた……力を入れれば入れるほど、動きは硬くなる。だから、気楽に行けって」
「馬鹿か。気楽にだと? そんな心構えで剣が振れるのか」
「振れる。少なくとも私は、師匠の教えを受けてここにいる。イフリータ、あたし余裕そうに見える? そう見えるんだったら──師匠の教え、身に付いてるってことだから」
「───生意気な奴め」
イフリータは剣を横に構え、サティに突っ込んで来た。
サティも双剣を構え突っ込んでくる。
イフリータは見た。サティの左の剣が、バチバチと紫電を帯びている。ただ暴走し放つだけだった昔とは違い、細かな制御も出来ていた。
だが、それがどうした。
圧倒的な炎を前に、雷など無意味。イフリータは背中に炎を集中させる。
「『
炎の噴射による加速。このまま剣の腹でサティを殴り、吹き飛ばしてやろうと思った時だった。
「吹っ飛──……っ、な!?」
剣を振ろうとした瞬間、剣が意志を持ったように
まるで生物のように、イフリータの手から逃れようとしたのである。
同時に気付く。剣が、紫電を帯びていた。
そして、サティが右の剣をあらぬ方向に振った。
イフリータはようやく気付いた。
「磁力──」
「『
サティが左の剣を振ると、紫電の雷が光線のように放たれた。
避けられない。イフリータは剣を全力で熱すると、剣が真っ赤になった。
千度近い熱を帯びた剣の磁力が解除。だが、技を出す暇がない。
イフリータは剣を盾に、サティの紫電を受けて吹き飛ばされ、地面を転がった。
「ぬ、っがぁ……ッ!!」
「はぁぁぁぁぁ!!」
追撃。
サティは止まらない。チャンスとばかりに迫って来る。
そして───ついに、イフリータがキレた。
「舐めるなよこの出来損ないがァァァァァァ!!」
紅蓮が、ステージを包み込む。
オリハルコン鉱石の壁は燃えることはなかったが、ステージが真っ赤になった。
サティが履いているのは鉄の具足。それが、高熱を帯びた。
「う、っぁ!?」
そう、サティが鉄を磁力で操れるように、イフリータは鉄に熱を与えることができる。
「昔から、そうだった!!」
イフリータは叫ぶ。
「誰よりも早くスキルに覚醒し、それが『神スキル』だった!! お前のような出来損ないに『神』の力が宿るなんて、許せなかった!!」
「……え?」
サティは、足の裏を火傷していた。
だが、イフリータの叫びを無視できなかった。
「私だけでいい!! お父様に愛される『神スキル』の使い手は、私だけでいいのに!! お前なんか……お前なんか!!」
「……イフリータ」
炎が燃え上がり、上空で球体化する。
それはまるで──太陽のようだった。
◇◇◇◇◇◇
嫉妬。
イフリータは、妬ましかったのだ。
サティとイフリータは、同じ時期にランスロットの養子となった。
イフリータは、ランスロットに愛されたかった。
だから、勉強も、剣術も、誰よりも頑張った。
だが───スキルに覚醒し、それが『神スキル』だったのは、勉強も剣技も最低辺の、サティだった。
ランスロットは、サティを愛した。それこそ、イフリータよりも。
嫉妬で狂いそうだった。
そして……イフリータも、『神スキル』に目覚めた。
サティはやはり出来損ない。イフリータは優等生。スキルの使い方を覚え、ランスロットのために磨いた。
でも……サティが最初で、ランスロットに愛されたという事実は、変わらない。
イフリータは、それがどうしても許せなかった。
サティを追放し、平穏が訪れたが……今になって、スキルの使い方を覚えたサティが、戻って来た。
そして、ランスロットは言った。
『戻ってきませんか?』
その言葉は、イフリータを抉った。
もう、自分だけでいいのに。
自分の『下』にいる仲間はいい。だが……同じ『神スキル』を持つサティは別。
こちらに来たら、横に並んでしまう。
同じように、愛されてしまう。
イフリータは、それがたまらなく嫌だった。
◇◇◇◇◇◇
「イフリータ……あたし、イフリータのこと、尊敬してるよ」
「……!?」
「カッコいいし、美人だし、胸おっきいし、スキルの扱いは誰より上手だし、剣の腕前もすごいし、騎士団のみんな憧れてるし……ようやくわかったの。イフリータ、同じ『神スキル』を持つあたしが、自分と同じ立場になるかもしれないのが、嫌だったんだね」
「…………」
「ちょっと安心。完璧美人のイフリータも、嫉妬しちゃう女の子だったんだ」
サティは双剣を交差させ、雷を注ぎ込む。
「決着、付けよう。イフリータ」
「望むところ……!!」
イフリータが大剣を掲げ、サティも構えを取る。
そして、イフリータが叫んだ。
「『
太陽の落下。
観客席にいたフルーレが指をパチンと鳴らすと、観客席全体に薄い氷の壁が出現した。
炎の球体が落ちてくる。
サティは、ありったけの雷を剣に込め──笑った。
「今のあたし、最高の雷!!」
紫電が、黄金に輝く。
イフリータに応えたいという気持ちが、雷の色を変えた。
「『
双剣を交差させて振ると、黄金の光線が発射された。
衝突する黄金、紅蓮。
閃光が周囲を包み、音が消えた。
フルーレの張った氷の壁に亀裂が入り、フルーレが舌打ち……力を注ぎ強化し、辛うじて防御できた。
それくらい、凄まじい一撃だった。
ディスガイア王、アーサーは椅子から立ち上がり、目を見開いてステージを見る。
ステージの上に立っていたのは。
「……よーくやった」
「お疲れ様です、イフリータ」
気を失ったサティ、同じくイフリータ。
その二人を支えるラス、ランスロットの二人だった。
サティとイフリータは、ボロボロだった。
氷の壁が砕けるとランスロットが叫ぶ。
「この勝負、引き分けとします!!」
静まり返った会場内で、その声はよく響いた。
◇◇◇◇◇◇
二人は、医務室に運ばれた。
ステージの上には、七大剣聖全員、そしてディスガイア王、アーサー。
ランスロットは、にこやかに言う。
「素晴らしい戦いでした。力の限りを尽くした死闘……騎士たちも、あの戦いを見て心震えた者が多いでしょう」
「うむ、うむ。実に素晴らしかった。ランスロットよ、二人は大丈夫なのか?」
「ええ。優秀な治癒スキルを持つ者が治療します。傷跡も残らないでしょう」
「それは安心だ」
ディスガイア王は微笑み頷く。
この王は、平民だろうとスラムの孤児だろうと、誰でも平等に愛し、笑顔を振りまく。
甘いともいえるし、愚かという者もいる。
アーサーは言う。
「試合は、引き分けということでいいのかな?」
「ええ。素晴らしい結果でした。そこで──陛下、提案がございます」
「ふむ、なんだ?」
不思議なことに、七大剣聖は誰も口を挟まない。
ランスロットの厄介なのは、『コレ』だった。
ランスロットが喋ると、不思議と誰も口を挟めない。挟んではいけない雰囲気になる。
「サティ、イフリータ、そして団長の娘エミネム令嬢。彼女たちは素晴らしい『神スキル』の使い手です。どうでしょう? 彼女たちをアロンダイト騎士団に入れ、『三隊長』として騎士団を再編成。ふふ、あの三人の強さなら、アロンダイト騎士団も、アルムート王国騎士団も、みな認めるでしょう」
「おお!! つまり、アルムート騎士団をアロンダイト騎士団に組みこむということか」
「そうです。そうなれば、この国の守りは万全。上級魔族だろうと、七大魔将だろうと、手出しはできません」
「それは素晴らしいな!!」
ディスガイア王は、笑っていた。
何も考えていないのかもしれない。ただ、今の提案が素晴らしいと感じ、笑っているだけだ。
ランスロットが頷き、ようやくボーマンダを見た。
「団長、よろしいですか?」
よろしいですか? 何がよろしいのか、ボーマンダには理解できない。
つまり、王国騎士団をランスロットの配下に入れろ。そういうことだ。
ボーマンダの眉がピクピク動く。だが……ディスガイア王がその気になっているので、何も言えない。
他の七大剣聖たちも、何も言えない。
◇◇◇◇◇◇
「あー……陛下、殿下、よろしいですか」
◇◇◇◇◇◇
ランスロットの醸し出す雰囲気を打ち破る、どこか退屈そうな声。
ラスティス・ギルハドレッドだった。
「あのー……そもそも、前提が間違ってます」
「……何?」
ラスは、頭をボリボリ掻きながら言う。
「引き分け」
「……?」
「アルムート王国聖騎士団と、アロンダイト騎士団の戦いが引き分け。それが間違ってます」
「なに? しかし、サティ嬢とイフリータ総隊長は、互いに気を失い、今は医務室だ」
「ええ。確かに二人は医務室です。でも、まだ残ってるじゃないですか」
「……?」
フルーレがハッとなり、ラストワン、アナスタシアが目を見開く。
ラスの意図に気付いたようだ。
「アルムート王国騎士団には俺、アロンダイト騎士団にはランスロットが残ってます。最後は、俺とランスロットが戦い、ケリを付ける。闘技大会のシメに相応しい試合ですよ」
この場にいる全員が、考えてもいないことだった。
ラスは続ける。
「以前、言いましたよね。上級魔族に備えるために、七大剣聖も強くなる必要があるって。今は絶好のチャンスですよ。会場にいる騎士たちはサティとイフリータの試合を見て昂ってる。そこに、七大剣聖である俺とランスロットで戦えば、もう興奮しまくり、明日の訓練ではみんな血反吐吐くくらい頑張ると思いますよ」
「…………」
ディスガイア王は、ポカンとしていた。
ラスはボーマンダに言う。
「団長、いいっすよね」
「……ふっ、くくくっ、はっはっは!! いいだろう、七大剣聖の団長として許可する!!」
「だってよ。なぁ、ランスロット」
「…………貴様」
ランスロットは、ラスを睨んでいた。
すると、我慢できなくなったのか。
「く、はっはっはっ!! あ~……やっべぇな、おいラス、お前この絵をいつ描いてた!?」
「さーな」
「全く……本当の馬鹿って、あなたのこと?」
「…………」
ラストワンが馬鹿笑い、アナスタシアが呆れ、ロシエルは無言。
そして、フルーレがラスの背中を叩いた。
「やるじゃない」
「どーも」
ラスは苦笑し──ランスロットを見た。
「さ、やろうぜランスロット。引き分けなんてつまらない終わらせ方はしない。俺とお前で、アルムート王国騎士団と、アロンダイト騎士団の闘技大会をシメようじゃねぇか」
ラスは、ランスロットに向けて不敵に微笑むのだった。
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