閑話⑤/とある少年の話

 その子は、あまり感情を表に出さない子供だった。

 アルムート王国から遠く離れた『この世で最も治安の悪い国』であるギャングリア帝国。そのスラム街で産声を上げた子供がいた。

 母親は娼婦。父親は客の誰か。

 母親は、特に子供を愛しいとは思わなかった。なので、四歳まで育てて金に困ると、子供をあっさりと売り飛ばしてしまった。

 子供は、男の子だった。

 四歳だが容姿に優れており、『特殊な客』をもてなすのにピッタリだと、男娼として育てられることが決まった。

 だが───何かを察したのか、子供は逃げ出した。

 

 ◇◇◇◇◇◇


 四歳の少年が生きるのに、ギャングリア帝国は厳しすぎた。

 なので少年は、この世界で最も大きく栄えている、アルムート王国へ向かうことにした。

 王都行きの馬車の荷物入れに隠れて王都まで、道中揺れで何度も吐きそうになったが堪えた。


 少年は、四歳の中ではかなり聡明だった。

 生きるためには、金がいる。

 生きるためには、力がいる。

 そして、アルムート王国にそびえ立つ巨大な王城を見上げ、生きるためには権力がいると、四歳ながらに理解した。


 それから、少年はアルムート王国のスラムで生活を始めた。

 スラム街……アルムート王国にも当然ある。だが、ギャングリア帝国でのスラムを見た少年にとって、アルムート王国のスラムはヌルく感じた。

 パンを盗んでも、集団で追いかけてこない。捕まり、滅多打ちにされ、死体を晒されたりもしない。

 四歳ではありえない経験。少年はいつの間にか、同世代のスラム仲間の間でリーダーのような扱いを受けていた。この時、少年は七歳になったばかりだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 少年が八歳になる頃──ふと、不思議な力が使えることに気付いた。

 仲間の一人が羨ましそうに言う。


「それ、スキルだよ!! 聞いたことある。人間は、スキルっていう力を持って生まれてくることがあるんだってさ!!」


 スキル。

 もしかしたらそれは、少年が求めていた物の一つ──『力』なのかもしれない。

 少年は、自分の力を研究し始めた。

 何ができるのか、何ができないのか。

 そんなある日。たまたま少年はスラムの外に出て、アルムート王国郊外にいた。

 力の研究をするために、平原でいろいろ試してみようと考えていた。

 すると、鎧を付け、馬に乗り、剣を持った騎士たちが通っていくのが見えた。

 ポカンと見ていると、最後部にいた一人の騎士が、少年に近づいてくる。

 少年は、何となく顔を見られるのが嫌で、フードを被った。


「少年。ここは魔獣も出る。一人じゃ危ないぞ」

「……あの、あのひとたちは?」

「ん? ああ、貴族の護衛騎士さ」

「きし……つよいの? おかねもち?」

「ははは。そうだね。騎士は強い、貴族はお金持ちだ。さ、町まで送ろう」


 騎士、そして貴族。

 少年が目指すもの、『権力』と『金』が見えた気がした。


 ◇◇◇◇◇◇


 少年は九歳になった。

 この時、少年は自覚する……自分の顔が、同世代の少年と比べて整っていることに。

 男娼。かつて、売られそうになった理由がようやく理解できた。

 美貌。少年が目指す場所には必要のない『道具』だが、利用できる物はできる。

 そして、ここで一つの奇跡が起きた。


 少年は、食料を盗むために城下町の表通りへ。

 そこで見た。

 たくさんの騎士。そして、貴族の女性。そして───恐ろしいほど、自分に似た少年。

 少年は、近くの窓ガラスを見て自分の顔、そして相手の少年を見た。

 どうなっているのか。

 相手の少年は──母親に、精一杯の甘えを見せていた。胸に顔を埋め、頭を撫でられ、クッキーやパンをたくさん食べ、これ以上ないくらい幸せそうだ。


 少年は、相手の少年を見て──胸の奥から憎悪がせり上がって来た。 

 あれは、なんだ。

 なぜ、あんな顔ができる。

 何もないくせに。生きることしか・・・・・・・できないくせに。

 そして───ふと、思う。


「……『権力』」


 あの位置を、奪うことができたら? 

 欲しい物が、一気に手に入るかもしれない。

 

 ◇◇◇◇◇◇


 位置を奪うために、やることは一つだった。

 まず、少年はたっぷり一年かけて、自分にそっくりな少年の情報を手に入れた。

 そして、少年が月に一度、母親と買い物をすること。

 帰りに必ず、城下町の高級菓子店に寄り、父親へのお土産を買うことを。

 少年は、出来る限り身綺麗にした。そして、一年かけて準備した『貴族の礼服』を着て、高級菓子店にこっそりと侵入。

 そのまま待ち、相手の少年が店に入るのを待った。


「母上!! 今日のお土産は何にしましょうか!!」

「そうねえ……お父様は、シナモンが好きだから、シナモンロールなんてどうかしら」

「いいですね!! あ……すみません、お手洗いに行っていいですか?」

「ええ。一人で行ける?」

「はい!! もう、子供じゃありませんから!!」


 高級菓子店のお手伝いへ。

 用を足し、手を洗う少年の背後に立つ。そして、相手の少年が振り返った時。


「え……?」

「やあ」


 同じ顔。

 唖然としている少年に対し、少年は……人差し指で、少年の額に触れた。


「っっ」


 少年はビクンと痙攣。目を見開いたまま事切れた。

 少年は事切れた少年をトイレの個室へ。服を脱がして着替え──死体は『スキル』で処理をした。

 そして、何事もなかったように母の元へ。


「遅かったわね。ふふ、一人で大丈夫だった?」

「はい!! 言ったじゃないですか……子供じゃない、って」


 少年はニコリと微笑んだ。

 母親も、まるで気付いていない。

 自分がお腹を痛めて産んだ子供が、目の前にいる少年に殺されたなどと。

 母親は、少年の頭を撫でた。


「さ、買い物をして帰りましょうか──ランスロット・・・・・・


 この日、少年はいくつも手に入れた。

 ヴァルファーレ公爵家の長男、次期公爵、莫大な財産。

 そして、ランスロット・ヴァルファーレという名前を。

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