脇役剣聖、何が何だか

「…………ぅ」


 頭が痛い。

 身体を起こすと、全身に酷い痛みが駆け抜けた。

 立ち上がるのに支障はなさそうだが、右腕の痛みが特にひどい。

 腕をプラプラさせ、足下に『冥狼斬月』が転がっているのに気付いた。


「…………妙な感覚だ」


 何かが聞こえたような気がした。

 懐かしいような、知っているような……というか、トウコツがいない。


「あ、あれ? トウコツが……いない?」


 ついさっきまで戦っていたトウコツがいない。

 わけもわからず首を傾げていると。


『キミが戦っていた魔族は、キミを……というか、ボクを恐れて逃げたよ』

「は?」


 どこからか、声が聞こえて来た。

 わけもわからず周囲を見渡すが、声の主がどこにいるかわからない。

 俺の『眼』で周囲を見ても同じだった。


「……幻聴か? あいててて、頭、痛い」

『幻聴じゃない。というか、もうすぐ意識が途切れるから、足下を見てくれ』

「…………」


 足下。 

 俺の足下にあるのは『冥狼斬月』……え、まさか。


『そのまさか、さ。どういうわけか、一時的にボクの意識が復活した。どうやらこの刀、ボクの骨、牙、核で作られたようだからかな。というわけで……久しぶりだね、ラスティス・ギルハドレッド』

「…………」


 え、夢?

 『冥狼斬月』から、懐かしい声。

 この声、いや……俺が聞き間違えるわけがない。


「る……ルプスレクス?」

『そうさ。きみの好敵手、ルプスレクスだ』

「は? は? おま、な、なんで……」

『今言っただろ。魔族は核さえ無事なら生きていられる。ボクの骨、牙、核が素材となったこの刀に、ボクの意識が戻っただけのこと。まぁ、不完全だからすぐに途切れるだろうけど』

「……ルプスレクス」


 俺はようやく、『冥狼斬月』を手に取った。

 温かく、熱を帯びている剣……ああ、こいつは生きているんだ。


「ルプスレクス、俺は」

『何も言わなくていいよ。この十四年で何があったのか、だいたいは把握しているから。まあ、ボクはキミに負けたんだ。キミがどんな人生を歩もうが、ボクに何かを言う権利はない』

「……すまない。お前の種族は」

『大丈夫。ボクの狼たちは、僅かだけど人間界で生きている。ボクは魔王に操られたけど、ボクの意志を感じ取った狼たちは、戦うことなく逃げたからね。人間界の広大な森や山で、穏やかに暮らしていればそれでいいさ』

「…………」

『ああもう、そんな顔をするなよ。今は、やるべきことがあるだろう』

「……ああ」


 俺は『冥狼斬月』の鞘を拾って腰に差し、近くの岩に座る。


「で、お前。俺に何かしたか?」

『ああ。死にそうだったから、一時的に身体を借りた。そして、ボクなりにキミの斬撃を真似して放っただけだよ。こんな言い方はアレだけど……キミより、ボクのが強かった』

「そりゃそうだ。お前、俺の斬撃を悉く読み切ったしな。俺の目より、狼の目のが優れてるってことだ」

『……ずいぶんと丸くなったね。昔のキミなら、負けじと対抗したと思うけど』

「はは。俺も歳を重ねたってことだ」


 昔からの友人と喋っているような気がした。不思議と、楽しい。

 そんな場合じゃないのはわかっているけどな。


『ラスティス・ギルハドレッド。もうすぐボクの意識が途切れる。キミに頼みがあるんだ』

「……わかってる。ラクタパクシャだろ」

『ああ。彼女は、ボクの大事な人だ……どうか、助けてやって欲しい』

「わかってる。俺が必ず助けるさ」

『ありがとう。だが……ビャッコは強い』

「万全のお前とどっちが強い?」

『ボクだね。でも、今のボクはご覧の通りだし……キミに任せるしかない』

「……俺は、勝てるか?」

『キミ一人じゃ、ギリギリ勝てるか勝てないか、ってところだね』


 こいつ、はっきり言いやがる。でも……だからと言って、引く俺じゃないけどな。


『デモ、ボクがいる。キミの『牙』とボクの『牙』を合わせて戦えば、魔王だって敵じゃない。ラスティス・ギルハドレッド……キミに、ボクの『牙』を託す。『冥狼斬月』の真の力を引き出すんだ』

「冥狼斬月の、真の力……?」

『ああ──……の……む、時間、が……──』

「お、おい。ルプスレクス!! おい!!」

『意識が、保てない。頼む……キミなら、きっと……』


 そう言うと、『冥狼斬月』から温かさが失われ……ただの『刀』に戻ってしまった。

 

「ルプスレクス、おい……ルプスレクス!!」


 何度も呼ぶが、もう『冥狼斬月』が答えることはなかった。

 俺は刀を鞘に戻し、立ち上がる。


「ルプスレクス。後は俺に任せて、今はゆっくり寝ておけ。起きたら、美味い酒を浴びせてやる」


 そう言い、俺は強い気配のする方へ向かって歩き出すのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 ◇◇◇◇◇◇


「はぁ、はぁ、ハァ……ッ!!」


 トウコツは、逃げた。

 ラスティス・ギルハドレッド。その変貌・・ぶりに、得体の知れない力を感じた。

 気付けば、両腕が落ちていた。

 ラスティス・ギルハドレッドも崩れ落ちたが、とどめを刺す気にはなれなかった。片腕をくっつけ、もう片腕を掴み、全速力でその場から離脱した。

 数十キロ離れた場所で止まり、近くの岩に寄りかかる。


「な、なんだったんだ……今のは」


 得体の知れない異変。ラスティス・ギルハドレッドに何かが起きた。

 それを思い出し、トウコツは目を閉じる。

 気付けば、背後に巨大な『牙』が迫っているような、恐ろしい感覚。


「ぐ、ァァァァァッ!!」


 トウコツは、寄り掛かっていた岩石を殴る。

 岩石が粉々に砕け、トウコツは牙を剥き出しにして叫んだ。


「おのれェェェェェェェェッ!! ラスティス・ギルハドレッドォォォォォォォ!!」


 トウコツは怒る。

 あまりにも、情けない姿だった。

 トウコツは、生まれて初めて全速力で逃げた。その事実が許せなかった。

 ラスティス・ギルハドレッドを殺す。そう決意を新たにすると。


「おう、トウコツ」

「ッ!!」

「なんだなんだ。牙ぁ剥き出しにしてよ。楽しそうじゃねぇか」


 圧倒的な存在感を誇る、偉大なる『虎』……ビャッコが、ラクタパクシャと共にいた。

 ラクタパクシャは、すぐに察した。


「おぬし、逃げたな?」

「ッ!!」

「あ~……オレも同じこと思った。トウコツ、お前から負け犬の匂いがプンプンするぜ? お前、負けたな?」

「負けていない!! オレは───……オレは!!」

「あ~いい、もういい。ったく……情けねぇ。こんな奴がオレの後釜とはな」

「親父ッ!! あいつは……ラスティス・ギルハドレッドは何なんだ!! 聞いていないぞ、あんな……あんなバケモノに変わる・・・・・・・なんて!!」

「……あ?」


 ビャッコが興味を持ったのか、トウコツは続ける。


「あれは、《狼》だった。あいつは……あいつの《牙》は、人間のじゃない!!」

「おうおう。おもしろそうじゃねぇか……なぁ、トウコツ」

「……ッ」


 トウコツは、ビャッコの牙が鋭く輝いたのを見逃さなかった。

 父ではある。だが、同時に超えるべき存在。

 その大きさを目の当たりにして、トウコツは声が出なかった。


「ま、いい。トウコツ、おめーも来い」

「……どこへ」

「決まってんだろ。強い気配が集まってる場所だ。わかんだろ?」

「……?」

「あ~……お前も、オレほど鼻が利かねぇか。向かうのは、コントンのいる場所だ。あいつ、面白そうな気配の人間を、何人も領域に閉じ込めやがった。くくっ、楽しめそうだぜ」

「…………」

「さ、行こうぜ。そろそろ、この戦いも終わりが近い」


 ビャッコが歩き出し、ラクタパクシャが続き……トウコツも歩き出すのだった。

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