脇役剣聖、二人を鍛える

 フルーレは、宿に荷物を置くとすぐに戻ってきた。


「で? 鍛えるってどうするの?」

「それはまあ、実戦あるのみだろ。そうだな……フルーレ、サティと戦ってみろ」

「私が?」

「ああ。スキルを使ってもいい。ただし、サティはスキルなしで」

「え、ええぇぇぇ!?」

「面白いわね。サティだったかしら? ……構えなさい」


 フルーレは剣を抜こうとしたが、俺が木剣を手渡すと渋々受け取る。

 フルーレの構えは剣を突き出すような『刺突フェンシングスタイル』だ。リュングベイル細剣技……エドワド爺さん仕込みの腕前で、爺さん曰く『ワシをすでに超えている』だったか。

 サティは呼吸を整え、ロングソードを抜く。

 フルーレは、サティが真剣なのに対して文句は言わなかった。


「手加減はするわ。でも……当てるつもりで行く。覚悟はいい?」

「───……はい!!」


 サティも覚悟を決めたのか、表情が引き締まる。

 俺は少し離れ、様子を見守ることにした。


「では───はじめ!!」


 俺の合図と同時に、フルーレの周囲に冷気が渦巻く。

 フルーレの神スキル、『神氷』か。氷の使い手、さてさて、その実力はいかに。


「『氷尖牙フロストゥッシュ』」


 パキパキと、いくつもの氷柱が形成される。

 サティはすでに冷や汗を流しているが───覚悟を決め、突っ込んだ。


「はぁぁぁぁぁっ!!」

「面白いわね」


 氷柱を何本も浮かべたまま、フルーレは木剣の刀身を手でなぞる。


「『氷付与アイスバインド』」

「はっ!!」


 ガキン!! と、ロングソードと凍った木剣がぶつかる。

 なるほど。木剣で受けたら普通は砕けるが、刀身を凍らせることで硬度を上げたのか。

 サティの連続攻撃───二刀流を、フルーレは一本の剣だけで受けていく。

 

「へぇ、二刀流……まぁ、及第点ね」

「くっ……!!」

「それと、忘れてる?」


 浮かんでいた氷柱の一本が、サティの側面を狙って飛んできた。


「!?」


 サティは右の剣で氷柱を叩き落とす。が、フルーレの膝蹴りが腹に突き刺さる。


「ぐ、っぶぇ」

「まだ落ちるのには早いわよ」

「っ!?」


 氷柱が、獲物を狙う鳥のように不規則な動きをする。

 大したもんだ。氷柱で狙いつつ剣での攻撃。いつどこから来るかわからい氷柱を警戒しながら、フルーレの攻撃も受けなきゃいけないわけだ。

 さて、どのくらい持つかな……なんて思っていると、十秒しないうちにサティがフルーレの剣を腹に受けて吹っ飛ばされた。

 そして、全ての氷柱がサティを狙って飛び、倒れたサティを囲むように停止する。


「……こんなところね」

「う、ぐ……」

「ラスティス・ギルハドレット。どうする?」

「とりあえず終わりだ。よしサティ、反省会をする」


 サティは起き上がると、ゲホゲホむせていた。が……その目は力強い。

 諦め、絶望は感じられない。うんうん、いい目じゃないか。

 俺はうんうん頷きながら言う。


「当然だが、七大剣聖であるフルーレに勝つのは不可能だ。見てわかっただろ?」

「……はい。剣技に、スキル」

「そう。スキルってのは、そのまま使うんじゃない。剣技と組み合わせることで最大の真価を発揮する。まぁ例外もあるが、今は気にしなくていい」

「……」

「当然、フルーレは本気なんかじゃない。実力の一割も出していない。それでも、お前よりは遥かに強い。そして、全力を出したフルーレは、ランスロットよりも弱い」

「……その通りだけど、なんかムカつくわね」


 フルーレはムスッとする。

 こいつは、七大剣聖で最強になるという目的がある。まぁ、道を示すくらいはしてもいいだろう。


「フルーレ、お前が望むならお前も俺が鍛えてやるよ。俺を超えるなら、俺からの指導を受けて強くなるってのもアリかもな」

「……ふむ、それもいいわね」


 こいつ、やっぱ素直だな……嫌がるかと思ったけど。

 

「じゃあ、もう一本。フルーレ、今度はスキルなしで、お前はこいつを使ってサティと戦え」

「…………え、なにこれ」


 俺がフルーレに渡したのは、長さ一メートルくらいの棒切れ。


「棒切れ。そこに落ちてた」

「……じょ、冗談よね?」

「マジだ。というか、それくらいお前とサティは実力差ある。これくらいでちょうどいい」

「……むぅ」


 フルーレは棒切れを手に取った。

 そして、サティ。


「サティ、服脱いでちょっと背中出せ」

「え」

「あー……変な意味じゃない。ってフルーレ、何ジト目で見てるんだ」

「あなた、女に飢えてるの? 悪いけど、そういう目で見るなら帰るわよ」

「ちっがうっつーの!! サティ、俺はお前をそういう目で見ることは絶対にない!! お前の修行のためにやることがある。俺を信じて背中を見せろ!!」

「…………うぅ」


 サティは顔を赤くし、胸を押さえて縮こまってしまう……が、覚悟を決めたのか皮鎧を外す。

 そして、シャツを脱ぎ、胸を覆う下着を脱いで俺に背中を見せた。胸は手で隠しているので見えないが……十六にしてはデカいな。

 と、そんなことはどうでもいい。


「『開眼』」


 サティの背中を見ると……見える見える、『気』の流れ。

 スキルを使う人間には『気』という力があふれている。俺はその『気』を見ることができる。

 サティの背中に触れると、ビクッと跳ねた。


「っひゃ!?」

「ちょっと、手つきが嫌らしいわよ」

「……静かにしてくれ」


 ったく、最近の若いモンは……って、三十のおっさんが若いモンの背中、しかも素肌に触れるってどうなのかね。まぁ……さっさと終わらせるか。


「サティ、ちょっと痛いけど───我慢しろ、よっ!!」

「っッっッ!?」


 俺は自分の両指に力を込め、サティの背中のツボを突く。

 すると、サティの『気』が一気に膨れ上がり、全身に超高速で循環していく。


「え、え、え!? な、なにこれ───か、身体、すごいです!!」

「……何これ。あなた、何をしたの? サティの『魔力』が膨れ上がった」


 魔力。ああ、スキルを使う際に消費するエネルギーか。俺は『気』って呼んでるけど、普通は魔力って言い方で習うんだよな。


「なに、サティのツボを刺激して、気の循環を整理して流れやすく拡張した。詰まってる部分も解消したし、半日くらいは普段の数倍以上に力が出せる」

「か、軽いです!! 今なら空も飛べそう……!!」

「ただし、これは一時的なモンだ。刺激が薄れると、立つこともできないくらい疲労する。でも、疲労からの超回復で、身体も強化されていくぞ。この状態で、棒切れを持ったフルーレと摸擬戦だ」

「はい!!」

「ちょ、ちょっと待って。さすがに、これだけ魔力が迸っている相手に棒切れってのは……しかもスキルは使っちゃいけないんでしょ? 見た感じ、常に『身体強化』をしたような状態……」

「だから、やる意味あるんだよ。ってわけで、はじめっ!!」

「行きます!!」

「ちょっ」


 サティが地面を踏んで加速すると、地面が爆ぜた。

 フルーレがぎょっとして棒切れを構えるが、先ほどの数倍の速度を誇る斬撃を棒切れで受けるわけにはいかず回避。


「速い……っ!!」

「軽いっ!! フルーレ様、本気でいきます!!」

「面白いじゃない」


 フルーレもスイッチが入った。

 サティは連続攻撃、フルーレは連続回避。

 これで、実力も拮抗しただろう。あとは、互いに切磋琢磨して力を上げるだけだ。


「うんうん。二人とも頑張れよ」


 数時間、二人は訓練を行い……強化が切れたサティは崩れ落ち指一本動かせず、回避に集中しすぎて集中力の切れたフルーレも崩れ落ち、俺は二人を運ぶことになるのだった。

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