七大剣聖、山登り

 全身疲労で動けないサティ、極度の緊張で真っ青になったフルーレ。

 俺はサティを屋敷に、フルーレを宿の部屋に運び、村の見回りを始めた。

 すると、村の中央広場で、珍しいヤツと出会った。


「お? フローネじゃねぇか」

「ラス。修行は終わったかしら」

「まぁな。ホッジは?」

「ホッジは留守番。さっきギルガにいろいろ報告書渡したから、ちゃんと見てよ」

「へいへい」


 フローネ。こいつも俺の元部下だ。黒縁メガネが似合う巨乳美女……まぁ、結婚してるけどな。

 今は、ギルハドレット領地で唯一の町、ギルハドレットを任せている。まぁ、フローネは補佐官で、領主代行は夫のホッジだけどな。


「ホッジが言ってたわよ。今度一緒に飲もうって」

「ああ、もちろんって伝えといてくれ」

「ええ。ああ……ギルガに渡した報告書にも書いたけど口頭で伝えておく」

「ん?」

「……上級魔族の痕跡が見つかったわ」

「……マジ?」

「ええ」


 フローネはため息を吐く。そして、黒縁メガネをクイッと上げた。


「ギルハドレットと、ヘイゼンベルグの境目にある『クロロ山脈』の入り口に、魔力の残滓があった。たぶん、魔族が立ち寄ったんだと思うわ」

「マジか……ここ、魔界領地からかなり遠く離れてるはずだぜ?」

「上級魔族には関係ないんでしょ。ま、『七大魔将』とかよりマシでしょ」

「だな。でも、『二つ名』持ちだったらヤベーな」

「……嫌なこと、思い出させないでよね」

「……悪い」


 魔族にも、等級がある。

 初級魔族。こいつらは総じて『魔獣』って呼ばれてる。ゴブリンとかオーガとかは初級魔族で、討伐レート設定ではF~C級までが初級魔族だ。

 中級魔族。このあたりから知能が発達し、簡単なコミュニケーションくらいなら取れる。とは言っても、子供くらいの知能なので大した話はできない。討伐レートはB~A級くらい。

 上級魔族……こいつらは厄介だ。

 知能が高く、ほとんどが人と変わらない姿。討伐レートはS級以上のがほとんどで、さらに『二つ名』という称号を魔王から賜った上級魔族の強さは、王国騎士を遥かに凌ぐ。


「ラス。上級魔族が出たら、あなたに任せるわ」

「ああ……それしかねーな」

「……大丈夫?」

「あ?」


 フローネは、俺を心配……いや、不安に思っている。


「あなた、昔と比べると随分腑抜けたからね。上級魔族どころか、中級も倒せないんじゃない?」

「…………」

「何があったのか、ギルガだって知らないんでしょ? でも……やるべき時にはちゃんとやりなさいよ」

「……わーってるよ」


 頭をボリボリ掻くと、フローネは小さく息を吐いて行ってしまった。

 

「……腑抜けた、か」


 わかってるんだよ。

 そうだ。俺はいまいち、やる気が出ない……本当に、めんどくさいな。


 ◇◇◇◇◇◇


 その日のうちに、俺は馬を走らせて『クロロ山脈』の麓にやってきた。

 馬から降り、適当な木に手綱をつないで山脈の入り口へ。

 

「フローネから報告のあった場所は……うげ、三合目かよ。馬じゃ行けねぇし……めんどくせえ」


 仕方ないので、登山開始。

 あーあ、こりゃ帰りは深夜になりそうだ。

 

「さて……鬼が出るか、蛇が出るか。ま、どっちでもいいから、魔族は出ないでくれよ」


 山道は整備されている。

 クロロ山脈。山頂は絶景ということで、観光地にもなっている。

 でも、今は魔獣が現れる時期でもあるので登山者はあまりいない。いても『冒険者』とか、薬草採取で登るヤツだけだ。

 

「お……」


 二合目まで登山をして、いくつか痕跡を発見した。

 俺が見つけたのは、根元から引っこ抜かれた木だ。


「アプの木……実が根こそぎ食いつくされているな。根っこから引っこ抜くってことは、知能は高くなさそうだ。上級魔族なら、『魔法』を使うだろう。それに……この足跡」


 そばには、大きな足跡があった。

 間違いない。この大きさ……。


「中級魔族か」

『グォォォォォォ!!』


 俺の背後、木々をなぎ倒しながら現れたのは───二足歩行の、全身が鱗に包まれた巨体。

 トカゲのような顔、蝙蝠のような翼、全長二十メートルほどある『ドラゴン』だった。

 ドラゴンは、巨大な口を開けて俺を丸呑みしようとした……が、俺は跳躍して躱す。

 そして、ドラゴンと向かい合った。


『チッ……丸呑ミ、シヨウト、シタノニ』

「俺を食えると思うなよ」

『……オ前、何デ、オレニ、気付イタ? オレ、隠レテタノニ』

「……いや、簡単だろ」


 俺は鼻を押さえ、嫌そうに首を振る。


「お前、くっせぇんだよ。腐った肉と、ヘドロが合わさったみたいな匂いするし……」

『……オ前、喰ウ!!』


 ドラゴンは怒り狂ったのか、大口開けて威嚇する。

 決まりだな。こいつは中級魔族……頭が悪い、アホドラゴンだ。

 俺は半身で構え、剣の柄に手を乗せる。


「あー……昔からの癖でな。戦う前に、名乗ることにしてるんだ」

『名乗リ? オレ、『美食家』ヤズマット様ノ眷属、ブレジッド!! オ前、喰ウ!!』

「七大剣聖序列六位『神眼』ラスティス・ギルハドレットだ。よろしくな」


 どんな相手だろうと、真剣勝負には名乗りを上げろ。

 昔、ボーマンダ団長が教えてくれた。いつの間にか、俺の癖になっちまってる……相手がドラゴンだろうと、魔族だろうと、俺は名乗る。

 というか、コイツのおかげでわかったわ。


「お前の主、上級魔族か」

『ソウダ!! ククク、主、人間ヲ食イニ来タ!! オレ、先兵!!』

「ふーん……まぁいいや。じゃあ、やるか」

『ゴァァァァァァ!!』


 ブレジッドと名乗ったドラゴンは、大きな翼を広げ威嚇した。

 俺は低く構え、剣の柄に手を添える。


『燃エロ!!』


 ブレジッドは炎を吐く。

 俺は抜刀。炎の流れを視認───剣を振り、気流を生み出し、炎の流れを変える。


『ゴァ!?』

「悪いな。炎とか、風とかで俺に傷付けるのは無理だ」


 一閃。

 ブレジッドの翼を片方、根元から両断。


『グォァ!? オ、オレノ身体、ソンナ剣デ斬ルナンテ!?』

「この剣はルプスレクスの牙で鍛えた剣だ。本来の剣・・・・じゃねぇけど、お前相手にゃ十分だ。じゃあ───晩飯近いし、さっさと終わらせるか」


 俺は納刀し、柄に手を添える。


『グ、グ……グォォォアァァァ!!』


 ブレジッドが突進してくる。

 流れを感じろ。全身をフル稼働させろ。力の流れを、全て剣に伝えろ───。


「『閃牙せんが』」


 縦、一閃。

 真っ二つになったブレジッドが、崩れ落ちた。

 

「ほい、終わり……ふむ、こんなもんか」


 中級魔族、やっぱりいたか。

 俺は剣を治め、縦に真っ二つにしたブレジッドを見て呟く。


「『美食家』ヤズマットか……くそ、よりによって二つ名持ちの上級魔族かよ」


 あーあ、めんどくさい。

 とりあえず……今日は帰って報告するかな。

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