七大剣聖『神音』アナスタシアVS猛虎四凶『愛虎』コントン

 アナスタシア、そして猛虎四凶の一人にして長女コントン。

 コントンは、両手の爪を長く伸ばし、お尻を高く突き上げる。手は地面に付かず、これ以上ないくらいの前傾姿勢でアナスタシアを見る。

 不格好だが、これがコントンの構え。

 対するアナスタシアは、肩で息をしていた。


「くっ……」

「うふふ。どうしたの? 戦いはこれからでしょう?」

「……っ」


 アナスタシアは、コントンを前に手も足も出なかった。

 理由は──対峙しているのが、コントンではなく『アナスタシア親衛隊』たち。

 総勢十人。全員が、コントンの爪で頬を斬られていた。

 斬られた部分から血が出ていたが、今はハートマークのような文様に代わっている。


「あたしの『愛爪ラブエッジ』で斬られた子は、あたしの奴隷になるの。うふふ、あなたの部下たち、すっごく優秀ね」

「……あなた、すごく卑怯ね」

「あら嬉しい♪」


 コントンを守るように、十人の騎士たちが剣を構える。

 ただでさえ、ボーマンダの厳しい訓練を受けた者たちだ。女性とはいえ、その強さは兵士二十人分。さらに……ただ、操られているだけじゃない。


「あなたたち、目を覚ましなさい!!」

「…………」

「くっ、速い……ッ!!」


 身体能力が、ケタ違いに上がっていた。

 アナスタシアは『音』を聞くのですぐにわかった。女性騎士たちの身体が悲鳴を上げている。

 筋肉がブチブチ千切れ、骨が軋み、内臓が歪み、口や鼻から血が流れている。

 ただ、操られるだけじゃない。身体の構造を無視し、限界を超えた動きをさせられている。

 アナスタシアは、部隊長以上の実力を持つ騎士たちを相手に戦っていた。

 

「なんとか、これで──『子守歌ララバイ』」


 蛇腹剣を伸ばし、それぞれの刃で異なる振動を起こす。

 その音が重なると、睡眠を誘発させる音となり、この音を聞いた対象を強制的に眠らせる技。

 だが、女性騎士は頭をグラングランと揺らしただけで、眠るどころか鼻血をボタボタ流した。


「脳を活性化させて、眠気を吹き飛ばしたのよん。まぁ、脳の一部が死んじゃったけど……まだ、もつわねぇ」


 淡々と言うコントン。

 アナスタシアは舌打ちをする。


「……どうすれば」


 殺すしかない、のか。

 アナスタシアも殺人の経験はある。盗賊、山賊などを壊滅させたこともあるし、はっきりと自分の意志で殺したと自覚している。

 だが……仲間は、殺したことがない。

 自分を慕う部下を殺す。それは、アナスタシアにはまだ経験がない。


「あはっ、どうするの?」

「…………」


 アナスタシアは剣を構え、横一列に並ぶ騎士たちを見る。

 全員、虚ろな表情をしていた。頬にハートマークの痣を作り、剣を向けている。

 その後ろでは、コントンがニコニコしながらアナスタシアに指を向け、フリフリしていた。


「ね、もっと見せて。あなたが怯え、悩む顔を。そしてあなたの決断を楽しませてね♪」


 アナスタシアは、答えを出せないまま剣を振るう。


 ◇◇◇◇◇◇


「ま、こんなところかしらね」


 フルーレは細剣を鞘に納め、凍り付いた魔獣に腰掛けた。

 エミネムは槍を背中のストッパーにはめ、サティは双剣を鞘に納める。

 周囲に集まっていた魔獣は全滅……ようやく、辺りが静かになった。


「……もう、終わりですよね?」


 サティが心配そうに聞くと、エミネムが目を閉じる。

 そして、十秒ほどで目を開けて頷いた。


「周囲に生物は存在しませんね。どうやら、退けたようです」

「おー!! エミネムさん、なんでわかるんですか?」

「風の流れを感じたんです。呼吸音などで、空気の流れが変わるので」

「すごいです!!」


 サティがキラキラした眼でエミネムを褒める姿を見て、フルーレは思った。


(……この二人、やっぱりかなり強くなっている)


 息切れすることもなく、百以上の魔獣を屠った。

 スキルの使い方も、戦闘に対する思考も、成長している。


「あの、フルーレさん!! あたし、どうでしたか?」

「えっ? あ、ああ……すごく強くなったわね。驚いたわ」

「やった!! よーっし!! あたし、もっともっと師匠と訓練して強くなるぞっ!!」


 万歳して喜びを表現するサティ、そしてその様子を見てニコニコするエミネム。

 フルーレは、焦りを感じた。


「…………私だって」


 負けたくない。

 もっと強くなるために、フルーレは気合を入れるのだった。

 そして、座っていた魔獣から飛び降りた瞬間───。


「───……に、げて!!」

「ッ!!」


 フルーレは飛びのいた。

 同時に、凍り付いた魔獣が粉々に砕け散る。

 サティ、フルーレ、エミネムは武器を抜いて構え──現れた人物を見て驚愕した。


「あ、あなた……」

「ご、めんな、さい……!! ゆ、ダン、し、タ……ッ!!」


 アナスタシア。

 頬にハートマークを刻んだアナスタシアが、フルーレに剣を向けていた。

 その後ろに現れたのは、ニコニコしながら手を振るコントン。


「やっほぉ~♪ お、可愛い女の子三人ね。うふふ、あなたたちを狩りに来ちゃいました~」

「あ、アナスタシア様!? な、なんで」

「サティ、落ち着いて……アナスタシア様はどう見ても、あの上級魔族に操られているわ」


 フルーレが的確に分析。

 すると、どこからともなく十人の騎士が現れ、フルーレたちに剣を向ける。


「……人間を操る。それがあなたの能力なのね」


 フルーレが言うと、コントンが拍手する。


「正解!! と言いたいけど……半分正解。私は人間だけじゃなくて、生物なら何でも操れる。この爪で傷を付けた子なら、どんな子でもね」

「……それで、アナスタシアを」

「ええ。こっちの騎士たちを守ろうとして、無茶な戦いをしてね。でも……精神がタフなのか、なかなか支配できない。さすが、人間界の主力ねぇ」

「……ッ、ッ」


 アナスタシアは、ブルブル震えながら抗っている。

 そして、サティが叫ぶ。


「あなた!! アナスタシア様、そして騎士様たちを解放なさい!!」


 双剣を突き付けると、コントンが笑う。


「あっはっは!! 素直でいい子。まぁ、ダメだけどね~」

「だったら、あなたをブチのめして、皆さんを解放します!!」

「勇敢ねぇ。さぁて……あなたたちを招待するわ。私の『愛虎ノ部屋アイコノヘヤ』に、ね」


 コントンが『理想領域ユートピア』を展開──サティたちの、アナスタシアたちを取り戻す戦いが始まるのだった。

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