上級魔族『美食家』ヤズマットと『調理師』ビオレッタ①

「はぁぁぁっ!! せいやぁっ!」


 ハドの村。領主邸裏庭にて。

 サティの双剣による連続攻撃。そして、フルーレは細剣で連撃全てを『パリィ』する。

 ラスが王都に向かって十四日目。二人の修行は続いていた。

 サティは、自分でも『強くなった』と実感している。だが、フルーレは自分より遥かに強くなり、今ではサティの攻撃全てを『パリィ』で叩き落としていた。

 そして、攻撃が終わったと同時に、細剣を突き出しサティの首元へ添える。


「う……ま、参りましたぁ」

「はい、おしまい。ふふ、まだまだね」

「うぅぅ……フルーレさん、強すぎです」

「こう見えても、七大剣聖だからね」

 

 互いに剣を鞘にしまうと、ギルガがやってきた。


「二人とも、休憩するといい。ミレイユが菓子を焼いたぞ」

「やったあ!!」

「ごちそうになるわ」


 屋敷に戻ると、甘い香りが二人を出迎えた。

 ダイニングに、向かうと、ギルガとミレイユの娘シャロが椅子に座っていた。


「あ、おねーちゃんたち!」

「シャロちゃん。ふふ、おやつの時間ですね」

「うん! おねーちゃん、おてて洗わないとダメよ!」

「そうね。サティ、行くわよ」

「はい!!」


 手を洗い、椅子に座ると、ミレイユ特製のピーチパイが出てきた。

 綺麗に切り分け、ミレイユはそれぞれの皿に盛る。そして、紅茶を淹れた。


「さ、召し上がれ」

「「「いただきます」」」


 ミレイユのピーチパイは絶品。三人は女の子の顔で、甘いものを堪能する。

 すると、ギルガが戻ってきた。


「ぱぱ! ラス、まだ帰ってこないのー?」

「あー、もうすぐで帰ってくると思うぞ。ははは、会いたいのか?」

「うん! わたし、ラスのおよめさんだもん! おでむかえしなくちゃ!」

「……ははは、そうだな」


 笑顔だが、ギルガの額や二の腕に青筋が浮かんでいるのは気のせいじゃない。

 パイを完食。シャロは眠くなったのか、ミレイユに連れられベッドへ向かう。これからお昼寝のようだ。

 食休み中、サティはギルガに聞く。


「あの、ギルガさん。師匠はいつ戻ってきますか?」

「……わからん。中級魔族の心配もあるし、すぐに帰ってくるとは思うが……」

「サティ。今はラスティスのことを考えても仕方ないわ。できることを、確実にやるわよ」

「できること……修行ですね!!」

「ええ。あなた、魔力の制御も少しづつできるようになってきたんでしょ。いくつか技も開発したし、午後は実戦形式で戦うわよ」

「はい!!」

「魔力の制御なら、私も役に立てそうね」


 シャロを寝かしつけたミレイユが戻ってきて、ギルガの隣に座った。

 自然な並びに、フルーレは質問する。


「あなたたち、ラスティスの元部下だったかしら」

「ええ。そうよ」

「あいつが七大剣聖に任命された後は、部下ではないがな」

「そうなんですか? え? じゃあ、なんでお二人はこちらに?」


 ミレイユとギルガが顔を合わせると、二人は苦笑した。


「放っておけなかったのよ」

「そうだな……あいつに何があったのかわからんが、押しつぶされそうなくらい疲れ切っていた。だから、オレとミレイユ、ホッジとフローネは、騎士団を辞めてあいつに付いてきた。おかげで、今は補佐官のような立場で、領主の仕事もしているがな」

「私は、村での生活が気に入ってるわ。二人の時間もできたし、シャロも生まれたしね。フローネたちも同じように言ってたわよ」

「そうか……」

「……なんだか、素敵ですね」


 サティは、距離が近い二人を見て、どこか羨ましそうにしていた。


 ◇◇◇◇◇◇


 ハドの村から数十キロ離れた森の中に、小さな一軒家が立っていた。

 妙な一軒家だった。

 周囲は森、獣道すらない完全な森の中で、動物も、魔獣すらも通らない場所だ。さらに、近くには崖があり、小屋は崖の際に立っている。

 さらにおかしいのは、この小屋が有り得ないほど美しい『装飾』が施されているところだ。

 そんな、あまりにも場違いな小屋の中には───二人、いた。


「お兄様」

「なんだい、愛しいヤズマット」


 一人は、美しく長い赤髪をした、浅黒い肌の女性。漆黒のゴシックドレスを身に纏い、ナプキンで口元を拭いていた。そして、側頭部には水牛のようなツノが生え、目は昆虫のような黒一色だ。

 もう一人は、調理師の服を着てコック帽子をかぶっていた。顔立ちは少女と瓜二つで、眼も黒一色。側頭部ではなく、額からツノが一本生えていた。

 少女───上級魔族『美食家』ヤズマットは、テーブルにある皿を指さす。


「この食材、おいしくないわ」

「あぁ~……わかっている。わかっているんだが」


 スープ皿には、真っ赤なスープ……そして、生物の眼球・・・・・人間の指・・・・が浮かんでいた。

 男性───上級魔族『調理師』ビオレッタは、困ったように笑う。


「先ほど見つけた『食材』で調理したんだが、やはり脂が乗りすぎていたよ。いい食材をふんだんに体内に取り入れたからと言って、その肉そのものが高級肉になるとは限らないってことだね」

「もう! そんな考察いりませんわ! 私は、美味しいお肉が食べたいの!」


 キーキー騒ぐヤズマット。ビオレッタは苦笑し───地面に転がっている人間の死体を見る。


「人間を扱うのは久しぶりだから、感覚が狂っていたよ。ヤズマット……やはり人間は若い肉、そして少女がいい。すぐに肉にするのではなく、しっかりと恐怖を与えて、肉を引き締めるのが大事なんだ。味付けは刺身、そしてソテーかな。ああ、単純に塩コショウだけでもいい」

「お兄様、私は食べるのがお仕事。料理のことはわかりませんわ」

「あっはっは。そうだね……っと、あまり遊びすぎると、ラクタパクシャ様にドヤされる」

「ふふ、お土産、いっぱい必要ですわね」

「ああ」


 ヤズマットは微笑み、人間の生血が注がれたグラスに口を付ける。


「お兄様。魔界から魔界領地の移動手段ですけど……やはり、空路しかありませんの?」

「海路は命がけだからねぇ……ルプスレクス様はそれで失敗している」

「私たちは空路で来ましたけど……」

「やはり、軍勢を送るとなると、空路は厳しいね。今回は実験的な移動だったけど」

「うふふ。実験をしてそのまま引き返す予定でしたのに、こうして人間界でグルメの旅をしている……魔界のお友達に自慢できますわ」


 ヤズマットがクスクス笑うと、ビオレッタは肩をすくめた。


「魔界領地にいるのは雑魚ばかり。ボクたちみたいな『二つ名』持ちの魔族なんて、久しく人間界に来てないんじゃないか?」

「かもねぇ。ふふ、知られたら楽しいことになりそう!」

「もう知られてると思うけどね。人間の町が、少し騒がしかった」

「えー? じゃあ、どうするの? 皆殺し?」

「いや……人間は強い。舐めちゃいけないよ」

「そう?」


 ヤズマットは舌を出す。長い、蛇のように伸びた舌が、小刻みに動いた。


「今、私たちみたいな魔族と戦える人間っているのかな? ふふ……『理想領域ユートピア』に対抗できる人間なんて、いないんじゃないかしら」

「……そうかもね。でも、ヤズマット。人間にもいるよ、かつてルプスレクス様と一騎打ちをして、引き分け寸前まで持ち込んだ者がね」

「……それ、ほんとなの? 噂で聞いたけど……『七大魔将』と戦える人間なんて存在するのかしら」

「だから、人間は恐ろしい。そして、だからこそ最高の食材なのさ」


 ビオレッタは舌を見せ、ぺろりと舌なめずりする。


「さぁて、もう少し休んだら行こうか」

「行く? 帰るの?」

「いいや。近くに小さな村があった。そこで食材を調達し、魔界に帰ろう。ラクタパクシャ様のお土産として持っていけば、喜ばれるだろうしね」

「いいアイデア! ふふ、ねぇねぇお兄様、私も食べていい?」

「ダメだ。食べるときはしっかり調理をする。この『調理師』の手で、ね」


 上級魔族『美食家』ヤズマット。『調理師』ビオレッタ。

 二人の兄妹が、サティたちに迫っていた。

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