上級魔族『美食家』ヤズマットと『調理師』ビオレッタ②

「───……!!」

「……あなた」


 ギルガが顔を上げ、ミレイユが目を細める。

 そして、ミレイユはシャロを抱っこし、頭を優しくなで始めた……すると、シャロはウトウトと頭を揺らし、そのまま熟睡。

 サティは気付かなかったが、フルーレは気付いた。


「……何か来るわね」

「え? 何か、ですか?」

「……フルーレ。手を借りてもいいか?」


 ギルガが言うと、当然とばかりに立ち上がる。


「当り前。この感じ……物凄く、嫌な予感がするわ」

「あ、あの……」

「サティ。実戦よ。と言っても……かなりヤバイけどね」

「……え」


 フルーレは、冷や汗を流していた。

 ギルガはミレイユに向かって頷く。ミレイユは屋敷の地下へ行ってしまった。

 

「……すぐそこまで来ているな。住人たちに注意喚起する間もない、か」

「戦えるのは?」

「門兵のルアド、狩人のドマだな。あとは皆、農民たちだ」

「私、あなた、サティを入れて五人か……あなたの奥さんは?」

「……」

「……そうね。シャロを守らないといけないものね」

「……すまん」

「いいわ。さ、行くわよ。サティ、気を引き締めなさい」

「は……はい!!」


 まだ事態が呑み込めない。それでもサティは返事をして、武器を取った。

 外に出て二分ほど待つと、鎧を装備し、大戦斧を担いだギルガが出てきた。

 その表情は、歴戦の兵士を思わせる。

 ギルガの存在感に圧倒されつつも、サティは聞く。


「あの、敵が来ているんですよね?」

「そうだ。怖気づいたなら、ここにいてもいい」

「そ、そんなことありません!! えっと……」

「覚悟を決めろ。恐らく、上級魔族だ」

「え……」

「……参ったわね。でも、最高のチャンス。今の私が上級魔族を倒せるか」


 七大剣聖序列七位『神氷』のフルーレは、ブルリと武者震いした。


 ◇◇◇◇◇◇


「おや、気付かれたようだね」

「えー?」


 上級魔族『美食家』ヤズマットと『調理師』ビオレッタは、ハドの村から一キロほど離れた平原にいた。そして、ビオレッタは苦笑する。


「ヤズマット。気配を抑えろと言ったじゃないか」

「仕方ないじゃない。兄さん、感じないの……? あの村から香る、極上の食材の香り!!」


 ビオレッタは苦笑したまま、ブルルッと震えた。


「感じないわけないじゃないか……どうにかして、自分を抑えつけているよ」

「ふふ! だったら、早く肉を手に入れなきゃ!」

「あ、ああ……ふぅぅ、落ち着け、落ち着け」

「ふふ。兄さんってば───」


 と、和気あいあいと、仲良し兄妹がハドの村に向かっていた。

 ヤズマットがビオレッタの腕を取り、からかおうとした時だった。


「『氷速突クー・フレッシュ』!!」


 細剣の切っ先を凍らせ、氷柱化させる。

 そして、相手の隙を見て死角から飛び出し、急所を突き刺す技。

 完全な油断をしたところでの一撃───フルーレの剣は、ヤズマットの心臓を突き刺す。

 はず、だった。


「なっ……」


 ヤズマットはフルーレを見てもいない。

 どこから出したのか。『銀のフォーク』を出し、フルーレの剣を受け止めていた。

 そして、首をグルンとフルーレに向ける。


「気づいてたよ?」

「……っ」

「だって、そんな美味しそうな匂いをさせてるんだもん。気づかないワケないじゃない」

「くっ……」


 剣の切っ先をフォークから外し、距離を取る。

 ヤズマットはクスっと笑った。


「それにしても、いい腕ね。私たち魔族の弱点が心臓って誰から聞いたの?」

「…………」

「ねぇ聞いてる? というか、隠れても意味ないよ? ね、兄さん」

「そうだね」


 ビオレッタはクスクス笑う。

 

「面白そうなことを考えているみたいだし、好きにやらせてみたけど……やっぱりダメだ。こんな美味しそうな匂いを前にして、平静を保つのは難しいよ」

「そうね。ね、兄さん、さっさと連れて行きましょ!」

「待て待て。食材に対し敬意を払う───料理人としての基本だ。人間たち、どうか姿を見せてくれないか?」


 すると、近くの藪、木の上、岩陰から現れた。

 サティ、ギルガ。そして守衛のルアド、狩人のドマ。

 全員、武器を手に緊張している……最初に言葉を発したのは、ギルガだった。


「上級魔族だな?」

「正解。ボクはビオレッタ、そして最愛の妹ヤズマットだ」


 ギルガは冷や汗を流す。

 『人を模した昆虫』……そんな表現がぴったりだった。

 瞳のない、昆虫のような目。頭部にツノは生えているし、服も着ている。だが、手や首など、見える部分は昆虫の甲殻のようなもので覆われている。

 ギルガは、緊張を悟られないように言う。


「要件は何だ」

「人間です」


 ノータイムでの返答。

 ブレがない。やることは決まっているので、あとはやるだけ。それだけだった。


「我々は、主に渡す土産を物色中です。そこで……あなたと、あなた。この二人を差し出せば、我々は引き上げましょう」

「「!!」」


 サティ、フルーレを指差すビオレッタ。 

 二人の緊張が高まった。

 ギルガは直観で感じている。中級魔族なら何とでもなる。どうにかする自信はあった……が、中級と上級では桁が違う。戦っても、殺される未来しかない。

 だが───ビオレッタは続ける。


「……ああ、すみません。追加をもう一つ。あちらの村にいる、幼女……彼女もお渡しいだだければ」

「───」


 シャロ───……ギルガの手が震え、気が付けば叫んでいた。


「黙れ、虫畜生共が!! お前らに渡す物など、何一つないわ!!」

「おやおやおや……それは残念」

「きゃはっ! 兄さん、やっちゃう?」

「そうですね。では、教えてあげましょう……私たちの『力』を」


 こうして───……上級魔族の『調理』と、『食事』が始まった。


 ◇◇◇◇◇◇


 ◇◇◇◇◇◇


 数時間、空を飛んだ。

 相変わらず俺は気絶してた……おかげで、酔うことなく到着できた!!

 ギルハドレット領地が見えた時、エミネムが地面に降りて俺を起こしてくれた。


「ラスティス様!! ラスティス様!!」

「うぐぐ……気絶しても気持ち悪いな」

「到着しました!! ギルハドレット領地の関所です」

「あ、ああ……よし」


 荷物から水筒を出し一気に飲み、眼を閉じて首をグルングルン回す……ようやく回復した。

 エミネムには悪いが、緊急時以外は空を飛ぶのやめよう。


「よし、ここからハドの村までは一時間かからん。急いでいくぞ!!」

「はい!!」


 俺、エミネムは関所で馬を借り、ハドの村へ向かった。

 

 ◇◇◇◇◇◇


「…………ら、ラスティス様」

「…………」


 村が見えた。

 だが……なぜ、煙が至る所で上がっているのか。

 心臓が跳ねそうになるが、俺は言う。


「……急ごう」

「……」


 村に到着した。

 村を守る丸太の壁がほとんど壊されていた。

 そして、あちこちの家が壊され、焼かれていた。

 そして、血濡れで倒れる住人たち───。


「───ホーキンスの爺さん」


 俺は、壊れた家の壁に寄りかかる、ホーキンス爺さんを見た。

 酷い怪我をしたが、生きている。

 背中を斬られ、息も絶え絶えだ。だが、生きている。


「爺さん!!」

「っぐ……ら、ラス、か」

「爺さん、しっかりしろ!! 何があった!!」

「……虫の、ような連中が……」

「虫?」

「奴ら、言った……『殺しはしない』と……だが、『死の一歩手前が、いい』とか」

「……なんだ、それ」

「ラスティス様!! 住人の皆さん、全員生きています!! でも……みんな、酷い怪我で」

「爺さん、今手当する!!」

「ええい!! ガキが、舐めるな!!」


 爺さんは俺の手を振り払うと、崩れた家の屋根を素手で持ち上げた。


「ふぅぅ……筋肉を絞って止血くらいできるわ。ラス、お前はやるべきことがあるだろう」

「……爺さん」

「ここは任せて行け」

「……ああ」


 爺さんはシャツを脱ぐと、それを破って包帯代わりに傷に巻く。

 俺は、自分の屋敷へ向かう。

 だが、屋敷はなかった。あったのは残骸……なんてこった。


「───ギルガ。おいギルガ、いるか!!」


 俺はギルガを呼び、崩れた屋敷の石をどかす。

 すると、エミネムが。


「ラスティス様、ここは私が!!」


 エミネムが槍に風を纏わせ、瓦礫の山を突く。すると残骸が一気に風で持ち上がり、近くに積み重なっていく。

 俺は、地下へ通じる階段を見つけた。が……そこは、血で濡れていた。


「…………」

「ら、ラスティス様……」

「…………」


 階段を下りると……血の匂いが濃くなった。

 そして、階段下にある隠し部屋のドアを開ける。


「……ギルガ、ミレイユ」


 そこにいたのは、血濡れのギルガ、そしてミレイユだった。

 ギルガは壁に寄りかかり、ミレイユを守るように抱きしめていた。

 震えながら近づくと……ギルガの口が、少し動いた。


「…………遅いぞ、ラス」

「ギルガ!! 待ってろ、今止血する……っ」


 ギルガの左腕は、肘から両断されていた。

 エミネムが荷物の中から、ありったけの薬品を出す。

 俺はギルガの左腕を止血。ミレイユは気を失っていたが生きていたので、エミネムに任せた。


「大したタフさだ。この『大熊』め」

「……うる、さい」


 そして、俺は気付いた。


「……シャロは?」

「…………」

「サティは? フルーレは?」

「…………っ、すまん」

「…………」


 止血を終えると、ギルガは言う。


「……奪われた。サティ、フルーレ……シャロ。すまん……すまん、ラス」

「…………」

「奴らは、上級魔族は……クロロ山脈に、向かった」

「…………」

「頼む、ラス……どう、か」


 そこまで言い、ギルガは気を失った。

 

「…………あー」


 本当に、めんどくさい。

 本当に、本当に、本当に……なんで、こうもめんどくさいんだ。


『師匠!!』

『ラスティス・ギルハドレット。さっさとしなさい』


 サティ、フルーレの笑顔がチラつく。

 

「ラスティス様……」

「…………」


 上級魔族は、クロロ山脈にいる。


「………………エミネム」

「は、はい」

「クロロ山脈に行く」

「えっ……」


 ギルガたちは、しばらくここで寝かせておくしかない。

 こいつの生命力なら助かるだろう。ミレイユも大丈夫そうだ。

 地下から出ると、ホーキンス爺さんと、何人かが、止血をした状態で住人たちを助け回っていた。

 この村の住人は強い。俺なんか、必要ないくらい。


「…………」


 上級魔族。

 俺の、ギルハドレット領地の人たちを傷つけた連中。


「ラスティス様? ラスティスさ……───っ」


 エミネムが息を飲む。

 俺がどんな表情をしているか気になったのか。

 ああ───……悪い、ちょっともう限界だわ。

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