上級魔族『美食家』ヤズマットと『調理師』ビオレッタ③

「…………ぅ」


 サティが目を覚ますと、見慣れない天井だった。

 身体を起こすと───……自分が何も、下着すら着ていない状態だった。


「え!? な……」

「起きた?」

「え……あ、フルーレさん!?」


 フルーレもまた、生まれたままの姿だった。

 そして、フルーレの膝を枕にして眠る、ギルガとミレイユの娘、シャロ。

 サティは胸を隠しながら、自分がいる場所を確認する。


「ここ、何ですか? あたしたち……」

「負けたの」

「……っ」

「ここは、皿の上よ・・・・

「……皿?」


 自分が座り込んでいる場所を見ると、妙にツルツルした白い床だった。

 周りを見渡すと、高そうな絵画が飾られた壁、燭台、そして椅子……自分の目がおかしいのか、サティは目を擦って見た。


「お、大きい……?」


 皿は、湖のように大きかった。

 よく見ると皿の近くに、ナイフやフォークが用意してある……が、どれも丸太よりも大きく、銀色に輝いている。

 壁に掛けられている絵画も巨大。燭台も巨大。蠟燭も巨大。何もかも巨大。

 自分たちのいる位置。これではまるで。


「私たちは『料理』……いえ、まだ『食材』ね」

「え……」

「その通り♪」


 と、『ポンっ』と小さな破裂音と共に、『美食家』ヤズマットが現れた。

 サティは思わず腰に手を伸ばすが、武器がない……それどころか、素っ裸だ。

 歯を食いしばり、ヤズマットを睨んだ。


「ここはどこですか!! それに、この姿……」

「食材が服を着るなんておかしいでしょ? あなた、これから丸焼きにされるブタさんが服を着ていたらどうするの? そのまま焼く? ばっかじゃないの?」

「……っ」

 

 サティは何も言えず、代わりにフルーレが聞いた。


「確認。ここ、どこ?」

「『理想領域ユートピア』」

「……ユートピア?」


 すんなり帰ってきた答えに、フルーレは首をかしげる。

 ヤズマットが指を鳴らすと、柔らかそうな一人用ソファが現れ、そこに座る。


「お兄様の準備ができるまでヒマだし、教えてあげる。上級魔族はね、自分が理想とする領域を魔力で『デザイン』することができるの。私は『美食家』……素敵な料理を、私が理想とする『皿の上』で、美味しく食べたい。ふふ、素敵でしょ?」

「…………」

「この空間は『美味しい料理は皿の上デリシャス・プレート』……この空間内では、私がルール。なんでもできちゃう」


 ヤズマットが指を鳴らすと、皿の両側にセットしてあった巨大なナイフ、フォーク、スプーンがふわりと浮き上がり、さらに蝋燭の火が燃え上がった。

 フルーレは、冷静に言う。


「つまり、あなたのお腹の中……そういうことね」

「あん。まだ食べてもいないのに、お腹の中とか言わないでよ」

「……あなたの、お兄さんは?」

「ふふ。お兄様も、自分の『理想領域ユートピア』で支度をしてるわ。料理の支度をね」

「……そう」


 フルーレは立ち上がると、全身が冷気で包まれる。


「ふ、フルーレさん……?」

「サティ、この子をお願い」


 フルーレの身体に『氷の鎧』が形成され、さらに手には『氷の剣』が握られた。

 サティでは真似のできない、緻密な『スキル』の制御。サティは気を失っているシャロを抱きしめ、フルーレから離れた。


「あらら、大負けしたのに、まだやるの?」

「舐めないで。私は七大剣聖、『神氷』フルーレ。あなたたち魔族を相手に敗北は認めない。それに───……全力を出すわ」

「へ~?」

「『千氷漣華凍突アブソリュート・フレッシュ』……私の、最強の技」


 フルーレの背後に、巨大な『雪の結晶』のような模様が浮かび上がる。

 だがそれは雪の決勝ではない。千本の氷の槍が集まり、雪の結晶のような形になっている。

 結晶は意志を持つかのように回転し、一気にバラけた。


「へぇ、綺麗じゃない」

「七大剣聖序列七位『神氷』フルーレ。さぁ───踊りましょうか」


 ソファに座ったままニヤニヤするヤズマットに向かい、氷の槍が一気に飛んだ。


 ◇◇◇◇◇◇


 氷の槍は、一本一本に意志があるような複雑な動きをしている。

 そして、上下左右から的確にヤズマットに向かい飛んでいく……が。


「私もできるよ? こんな風にね」


 ヤズマットが指を鳴らすと、どこからともなく現れた大量のスプーン、フォーク、ナイフが、氷の槍と相殺していく。

 だが、フルーレはあきらめない。

 氷の槍を手に、ヤズマットへ向かっていく。


「ふふん。食事の前に運動もいいかもね!」


 ヤズマットの手に、巨大なフォークが握られた。

 ソファから飛び降り、フォークを槍のように突き出すと、フルーレの『氷細剣』が動く。


「『パリィ』」

「おっ!?」

 

 攻撃を受け流され、ヤズマットの態勢が崩れそうになる……が、ヤズマットはキラキラした笑顔で、背中に生えている『翅』を動かし飛んだ。

 フルーレは手に氷の槍を生み出し、ヤズマットに向けて投げる。


「わぉ、豪快!!」

「槍は本来、投げる物よ!!」


 ヤズマットが急接近。フルーレと衝突する。


 ◇◇◇◇◇◇


 サティは、歯噛みしていた。

 シャロを抱きしめ、フルーレの戦いを見ていることしかできない。

 フルーレは強い。そして、ヤズマットも。

 自惚れていた。フルーレとの摸擬戦、スキルを少しずつ使えるようになり、強くなったと勘違いしていた。

 遥か格下───あの戦いに、入ることができない。

 情けなかった。

 裸で、剣もなく、ただシャロを抱きしめるだけ。


「……くっ」


 何かしたい。

 自分でも何かできることを、示したい。


『無能め……力を暴走させることしかできないのか』

『剣の腕前も並み、力の使い方は最低。お前は、何のために存在している』

『お前には何もできない』


「…………」


 思い出すのは、イフリータの罵倒。

 言われるたびに、曖昧に笑ってきた。

 でも、本当は……悔しかった。


「……あたしだって」


 神スキル『神雷』

 それは、雷の力。

 雷は、ただ放つのではない。

 自然系スキルは、拡張性が高いとフルーレは言っていた。


「───……今、できること」


 サティは、両手をヤズマットに向け、静かに魔力を練る。

 力を集めすぎれば、傍にいるシャロも感電してしまう……そうならないように、静かに力を練る。

 これまでとは違う───……サティの、もう一つの力が開花した。


「くっつけ!!」

「えっ?」


 サティの手から放たれたのは、薄紫色の小さな光玉。

 ふわふわ浮かび、フルーレとヤズマットの間に割り込むと───……ヤズマットの周囲に浮かんでいた金属のナイフ、フォークが一斉に制御を失った。


「あら、あらら?」


 そして、サティの光玉に金属が全てくっついていく。

 ヤズマットの持っていたフォークも手から離れ、くっついた。


「これ、磁力───……」

「隙あり、ね」

「!!」


 フルーレは全裸で、氷の鎧や剣を装備した状態……つまり、磁力の影響を受けない。

 フルーレ渾身の突きが、ヤズマットの胸に突き刺さった。

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