上級魔族『美食家』ヤズマットと『調理師』ビオレッタ④

 魔族の弱点は、心臓だ。

 それは、フルーレが祖父から聞いた事実。どんな魔族だろうと、弱点は心臓である。

 フルーレの『氷細剣』がヤズマットの胸に刺さった。

 手ごたえあり───……フルーレは言う。


「残念だったわね」


 ヤズマットの最後。

 身体が炎に包まれ、灰となり消えた。

 フルーレは剣を下ろし、サティに向かって微笑む。


「サティ、あなたのおかげで助かったわ。ありがとう」

「───フルーレさん!!」

「えっ」


 ドン!! と、フルーレの背中に衝撃が走った。

 氷の鎧が砕け、ゴキゴキと嫌な音が聞こえ、フルーレは床を転がり、サティの傍で止まった。

 サティがフルーレを抱き起すと、フルーレは吐血した。


「ぐ、ぁっ……な、何、が」

「惜しかったですね」


 聞こえてきたのは、男性の声。

 声の方を見ると、ヤズマットを抱えたビオレッタがいた。

 ヤズマットは、ムスッとしながら言う。


「別に、お兄様の手を借りなくても、倒せましたわ!!」

「そうかもね。でも、少し舐め過ぎだよ。彼女は末席だけど七大剣聖……忘れたのかい? 『冥狼』は七大剣聖の一人に滅ぼされたことを」

「むぅ~……」

「さ、支度が終わった。どちらかを選びなさい」


 ビオレッタは、サティとフルーレを見てヤズマットに言う。

 サティは思わず聞き返した。


「どちらかを、選ぶ……?」

「ん? ああ、『天翼』様への土産はそちらの少女。キミたち二人のどちらかが、ボクとヤズマットの食事になるのさ」

「なっ……」


 サティは青くなった。

 食われる。この二匹は間違いなく、サティかフルーレを食うつもりだ。

 すると、フルーレが身体を無理やり起こす。


「ふざけ、ないで……食べる、ですって? そんなこと、私が……七大剣聖の、私が、許すわけ」

「……ムカつくからコイツを食う。と言いたいけどぉ~……そっちの子にするわ」


 ヤズマットは、サティを指差した。

 サティはビクッと震える。


「あ、あたしを……」

「ええ。あなた、なかなか肉付きいいしね。そっちの貧相なヤツ、ガリガリしておいしくなさそう」


 確かに、サティは十六歳にしては豊満な身体つきだ。フルーレも悪くはないのだが、やや劣る。

 すると、フルーレは氷の剣を手にし、立ち上がる。

 蹴られた衝撃で骨が折れ、内臓も傷ついている。だが、サティを守るために立ち上がった。


「させるわけ、ない」

「お兄様。そいつ、殺そう」

「おいおい、お土産って言っただろ?」

「そっちのチビだけでいいでしょ。そいつ……あたしの『核』を傷つけそうになった。むかつくってのもあるけど、何かあったら面倒だしね」

「うーん……まぁ、そういうなら。ああ、それならボクが食べていいかい?」

「どーぞ。あたしは、そっちの女にするから」

「よし、決まりだ」


 もう、サティもフルーレも見ていない。

 ビオレッタは手をポンと合わせて言う。


「さて、調理の時間だ。ヤズマット、ボクの『空想領域ユートピア』に切り替えるよ」

「うん。よろしくね」


 すると───……周囲の光景が、グニャグニャと切り替わっていく。

 足元は『皿の上』だったが、今は黒い鉄の上……フライパンの上に。

 調理台の上だった。まな板、包丁、大鍋、小鍋と見渡す限り調理道具の山だ。


「『料理人の聖域クックアイランド』……さぁ、調理を始めようか」


 ニコニコしながら、ビオレッタは両手を広げた。


 ◇◇◇◇◇◇


 フルーレは、サティを見て、未だに気を失っているシャロを見た。


「……ごめんなさい。助けられない、かも」

「フルーレさん……」

「情けなくて、ごめんね。私……七大剣聖、なのに」


 氷の剣を手に、震えながら構えを取る。

 怪我で限界なのだろう。鎧を具現化できず、かろうじて剣だけ手にしている。

 素っ裸で、情けなく血を流しても……その姿は、サティに輝いて見えた。

 かっこいいと……そして、自分も立ち上がり───。


「なっ……さ、サティ!!」


 サティは、フルーレの剣を奪い……フルーレとシャロを守るように前に出た。

 自分が、何をしているのか……サティは震えながら剣を構えた。


「おやおやおや、ボクが欲しいのはキミではなく、そちらの青髪の子なんですがね」

「ふっ、ふっ……さ、させ、させません」

「あー……邪魔なんですがねえ」

「ひっ」


 上級魔族の重圧。

 サティは震え、足がガタガタ震える。そして、情けなくも涙を流し、粗相してしまう。

 ヤズマットはケラケラ笑った。


「きゃはは!! チビっちゃって、怖い怖い。あんたみたいな子供じゃ仕方ないけどねぇ~」

「う、う……」

「ね、最後に教えて? なんでその子の前に出たの?」


 サティの震えは止まらない。

 それでも───この質問には答えなくてはならない。

 剣を向け、涙を流し……サティは叫ぶ。


「なりたいから、です!!」

「はぁ?」

「あたしも、あたしも……誰かを守れるような、強くて、カッコいい剣士に……なりたいからです!!」


 ランスロットとイフリータを見返す。それが最初の目標だった。

 でも……ラスに学び、フルーレに学び、サティの心境は変化していった。

 かっこいい剣士になりたい。

 雷を纏い、双剣を振るう、カッコいい剣士。いつの間にか、そんな自分を夢見ていた。


「あたし、怖い……!! でも、でも……!! ここで、守られるだけで、震えるなんて……そんなの、かっこよくない!! 絶対に勝てなくても、死ぬとしても……誇れる自分で死にたい!!」

「……あっそ」


 言った。言い切った。

 サティは言った。素っ裸で、身を守る鎧も服もない。

 でも、自分の中に生まれた小さな誇りを守ることができた。

 これで死んでも、悔いはない。

 でも───サティは、あきらめない。


「う、ぁぁ……!!」


 全身を、紫電の雷が覆う。

 その力を、氷の剣に乗せた───……だが、氷の剣が砕けてしまう。

 不発───……もう、手がない。


「お兄様、調理お願いね」

「ああ、任せろ」


 ビオレッタの手に、炎が集まった。

 フルーレが何かを叫ぶ。

 サティは、炎が自分に迫るのを見て───……。


「───ししょう」


 自分の頭を撫でてくれた、優しい師匠を思い出した。


 ◇◇◇◇◇◇





「───あー、カッコいいじゃねぇか。サティ」





 ◇◇◇◇◇◇


 炎が消えた───……いや、斬られた・・・・


「……は?」


 ボトリと、ビオレッタの右腕が肘から切断され落ちた。

 サティの前に、大きな背中が見えた。

 背中が、ゆっくり振り返り……屈託のない、どこか少年のような笑みが見えた。


「いい啖呵だった。よくやったぞ」


 ポンポンと、サティの頭を撫でるのは。


「し、ししょ……ぉ」

「うんうん。間に合ってよかった……って、お前ら素っ裸じゃねぇか。ったく……年頃の娘ひん剥いて何しやがった。あの変態どもめ」

「う、ぅ……うぇぇぇぇぇぇぇん!!」

「うおっ!? おいおい、服、服!! おーいエミネム、なんか羽織るモン頼む!!」


 ラスティス・ギルハドレット。

 七大剣聖で最も地味な───『脇役剣聖』がやってきた。

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