上級魔族『美食家』ヤズマットと『調理師』ビオレッタ⑤

 少しだけ、時間を遡る。

 俺とエミネムは、クロロ山脈に馬でやってきた。

 山脈入口に馬を止め、エミネムは遠くにある山を見る。


「クロロ山脈……すごく大きいです。あの、ここからどうやって探せば」

「恐らく、上級魔族は『理想領域ユートピア』を展開してる。その魔力を探知すれば……見つけた。あっちだ」

「え、え……? ゆ、ユートピア?」

「説明は後。とりあえず、俺の指示に従ってくれ」

「は、はい」


 おかしいな……第一部隊の隊長なのに、上級魔族が使う『理想領域ユートピア』のことを聞いてないのか? まぁ、上級魔族なんて十四年ぶりだし、知らないのも無理はない……のか?

 まぁいいや。とりあえず今は上級魔族だ。


「では、行きます」

「ああ。無理ばかりさせて悪いな。終わったら、美味いメシでも食おう」

「はい!!」


 エミネムの『風』で一気に浮き上がる……さすがに、何度も竜巻に揺られて慣れてきた。

 俺の指示で飛んでいくと、魔力が一気に濃くなる。

 俺は『見える』けど、エミネムは『感じた』ようだ。


「う……な、何、この魔力」

「『理想領域ユートピア』で形成した外殻から漏れてる魔力だ……お、あった」

「!!」


 山頂より手前にある崖の傍に、この山には不釣り合いな『家』があった。

 あれが、上級魔族の展開した『理想領域ユートピア』だ。

 近くまで降りると、エミネムは真っ青になる。


「な、なに……この、気持ちの悪い、濃い魔力」

「魔族の魔力と、人間の魔力じゃ濃度が違う。水で例えると、コップ一杯の水が魔族の魔力だとすると、人間は大きな湖くらいの水量が必要になる」

「……え」

「さらに、上級魔族は大きな湖くらいの魔力を使って、この『理想領域ユートピア』を作り出す。ああ、自分の領域を作れるのは上級魔族だけだ。中級程度じゃ不可能に近い」


 ちなみに、この『家』の外殻……やっぱり、とんでもない硬度だ。

 壁をコンコン叩くが、鋼鉄を叩いているような感覚がする。


「ど、どうやって中に……?」

「方法は二つ。一つ、魔族に入れてもらう。二つ、無理やり入口をこじ開ける……かな」

「……今回は?」

「こじ開ける」


 俺は、ギルガが用意した細長い包み───俺の、本来の剣・・・・を包みから出す。

 その剣は、柄、鍔、鞘が全て銀色。さらに普通のロングソードより長い剣……いや、『刀』だ。

 

「わぁ……長いです。それに、綺麗」

「……こいつは、『冥狼ルプスレクス』の牙、骨、核で作った剣……『冥狼斬月めいろうざんげつ』だ」

「っ!! め、『冥狼ルプスレクス』の……!!」

「さて、少し離れてろ」


 俺は普段の剣を鞘ごとベルトから外し、『冥狼斬月』をベルトに下げる。

 そして、半身となり、柄に触れる。


「独特な構え……見たことのない流派です」

「はは。俺のオリジナルだからな」


 帯刀状態から一気に剣を抜き、俺は『家』の壁を両断。

 中は真っ暗だ。だが、恐怖はない。


「さて、俺は行く。エミネム、お前は」

「行きます。不思議です……ラスティス様と一緒だと、何も怖くありません」

「そうかい。じゃあ、頼れるおっさんの力、見せてやるか」

「はい!!」


 ちょっと冗談だったが……素直に頷かれると恥ずかしいな。


 ◇◇◇◇◇◇


 領域に飛び込むと、素っ裸のサティが魔族に剣を向けていた。

 俺、エミネムが出た場所は上空。建物の上から落下している状態だ。


「あたし、怖い……!! でも、でも……!! ここで、守られるだけで、震えるなんて……そんなの、かっこよくない!! 絶対に勝てなくても、死ぬとしても……誇れる自分で死にたい!!」


 サティは泣きながら、震えながらも啖呵を切る。

 その姿は情けなくなんてない。とんでもなくカッコよかった。

 今、まさに魔族がサティに向かって火を放とうとしている。


「『開眼』」


 力の流れを見る。

 俺は空中で柄を握り、一気に抜く。

 

「『飛燕』」


 抜刀の勢い、そして力の流れを操り、空を切り裂く斬撃を放つ。

 斬撃は、離れた場所にいる魔族の男の右腕を斬り飛ばし、サティの間に着地した俺は向かってくる炎をかき消した。開眼状態なら、炎の流れを見切りかき消すなんれ朝飯前だ。


「いい啖呵だった。よくやったぞ」

「し、ししょ……ぉ」

「うんうん。間に合ってよかった……って、お前ら素っ裸じゃねぇか。ったく……年頃の娘ひん剥いて何しやがった。あの変態どもめ」

「う、ぅ……うぇぇぇぇぇぇぇん!!」

「うおっ!? おいおい、服、服!! おーいエミネム、なんか羽織るモン頼む!!」

「は、はいっ!!」


 着地したエミネムが、荷物から手ぬぐいを出してサティ、そしてフルーレへ渡す。

 腰布替わり、そして胸を隠すように手ぬぐいを巻く。

 俺は泣きじゃくるサティの頭を撫でながら、フルーレの元へ。


「生きてるかー?」

「……痛いわ。本当に、もう」

「そっか。生きてる証拠で、生きてる実感だな……シャロを守ってくれて、感謝する」

「当然のことをしたまで。私……七大剣聖だもん」

「おう。お前も、カッコいいな」

「……ふん」


 フルーレは、顔を赤くしてそっぽ向いた。

 撫でてやろうと思ったが、フルーレが睨むのでやめておく。

 すると。


「これはこれは……侵入者ですか」


 男の魔族は、落ちていた腕を拾って断面を合わせくっつけた。すると、数秒しないうちにくっつく。


「お兄様。どういうこと……? 領域の外殻が、斬られてる・・・・・!!」

「……その剣。ただの剣ではありませんね? クンクン……その匂い、どこかで」

「おい、そんなことより……言うこと、あるんじゃねぇか?」

「「?」」

「ハドの村を襲撃、俺の仲間を傷つけて、年若い娘を攫ってひん剥くド変態ども。お前らは、俺を本気で怒らせた。まず、俺に謝罪しろ。それが終わったら、ブチ殺す」

「「…………」」


 二人は互いに顔を見合わせ、思い切り笑い出した。


「はっはっは!! いやいや……なんとも、面白い人間だ」

「お兄様お兄様。あれ、アホっていうのよ!!」

「……反省の色、なし」


 俺は、どこか顔色の悪いエミネムを見る。


「エミネム、大丈夫か?」

「は、はい……あの、ラスティス様……この二人、恐ろしく強いです……!!」


 ああ、強さにビビってたのか。

 まぁ、上級魔族なんてこの世代は見たことがないからな。


「あの二人は俺がやる。お前は、サティたちを頼む」

「で、でも……」

「大丈夫だって」


 俺はニッコリ笑い、首をコキコキ鳴らして一歩前へ。


「まぁ見てろ。俺は七大剣聖の中でも地味だし、脇役っぽいし、ハデな技とかあるわけでもない。でも……こう見えて、けっこう強い」

「……ラスティス様」

「ラスティス・ギルハドレット……」

「師匠……」


 若い子たちに、大きな背中を見せるのも、ロートルの役目だ。

 この三人はいずれ、アルムート王国でも特に強くなるだろうしな。


「おい、そこの虫二匹。お前らを駆除する」

「「……は?」」


 俺は剣の柄に手を乗せ、半身で構えた。


「七大剣聖序列六位『神眼』ラスティス・ギルハドレットだ。さぁ、盛り上げて行こうじゃねぇか」

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