上級魔族『美食家』ヤズマットと『調理師』ビオレッタ⑥

「そういえば、あなたには名乗っていませんでしたね。ボクはビオレッタ、そして妹はヤズマットです」

「ご丁寧にどうも。さて……どっちから死ぬ?」


 俺は『居合』の構えのまま、虫二匹に聞く。

 すると、女の方が手を挙げた。


「おっさんキモイし、あたしが殺るよ。じゃ、変更」


 指を鳴らすと───……『理想領域ユートピア』が変わる。

 皿の上、食器が並ぶ空間だ。こいつの、ヤズマットの理想の空間か。

 そして、いくつものフォーク、スプーン、ナイフが浮かぶ。背後には特大のナイフやフォークが俺に切っ先を向けていた。


「気を付けなさい!! 数で押し切られたら」

「問題ない」


 目を閉じ、開く。

 俺の神スキル『神眼』……この目は、いろいろ『見え』るんだ。


「『開眼』」

「串刺しになっちゃえ!!」


 俺はゆっくり走り出す。

 流れが見える。

 流れ───……分かりやすく言えば、『矢印』のように見える。

 何がどう向かってくるのか、わずかな風の影響を受けたり、チリや埃でも流れは影響を受ける。それがどうやって俺の元に向かってくるのか、俺には『結果』が見えるのだ。

 なので───……ほんの少し、身体をズラすだけでいい。


「あれっ」


 俺は『流れ』の隙間に身体を滑り込ませる。

 『矢印』の軌道に触れない位置は必ずある。そこに身体を置くだけで、たとえ何千何万の矢が降り注ごうとも、俺には当たらない。


「ちょっ、なんで」

「児戯だな。こんなモン、俺に当たるわけがない」

「くっ……だったら!!」


 お、ナイフやフォークが消えた。

 ヤズマットは両手に食事用のナイフ(ただしとんでもなくデカい)を持ち、背中から虫の翅を出して俺に向かって飛んでくる。


「ヤズマット!! 冷静になりなさい!!」


 ビオレッタが叫ぶが、ヤズマットは目を見開いていた。


「あはは!! あたしの目、人間以上によく見えるんだから!! あんたが何をしてるか知らないけど、直接斬ってやる!!」

「おー、そりゃ楽しみだ」


 筋力も速度も人間の比じゃない。

 ナイフの太刀筋も、一流の剣士と遜色がない……でもまぁ、意味がない。

 だって、どんな攻撃も、当たらなければ意味がない。


「このっ、ちょこまか、と!!」


 俺は躱す。

 全て、紙一重で。

 当たるかもしれない───……そう思わせるように。


 ◇◇◇◇◇◇


 ◇◇◇◇◇◇


 エミネムは、サティたちを守るように槍を構えて立っていたが……今は、ラスに釘付けだった。

 サティも、フルーレも同じ。


「師匠……すごい」

「完全、完璧に見切ってる……ラスティス様、本当にすごい」

「……おじいちゃんが言ってたこと、思い出したわ」


 フルーレが立ち上がり、エミネムの隣に立つ。


「『七大剣聖は最強。だが……どんなに強くても、攻撃が当たらなければ敵は倒せない』って」

「それは、確かにそうですけど……」

「おじいちゃん、言ってたわ。『奴が新人の頃から知っているが、奴が攻撃を食らったところを見たことがない』ってね……『神眼』のラスティス。派手な技がない、脇役みたいな剣聖だって聞いてすぐに勝負を挑んだけど……本当に、愚かな考えだったわ」


 フルーレは、一筋の汗を流す。

 こうして喋ってる今も、ラスティスは涼しい顔で攻撃を躱していた。

 そして。


「ほい」

「なっ!?」


 パリィ。

 刀身が消えたと錯覚するほど早い抜刀で、ヤズマットの剣を弾く。

 そして、がら空きになったヤズマットの腹に、拳を叩きこんだ。


「っか……」

「うわ、硬いな。これ……昆虫の甲殻か?」

「こ、の!! 女の腹ぁ殴るなんて、何考えてんのよ!!」


 バリバリと、背中から『カマキリ』のような腕が二本伸び、ラスを狙う。

 だがラスは柄に手を乗せ───……。


「『閃牙』」


 一瞬で、二本の鎌がバラバラになった。

 ラスはニヤリと笑う。


「『閃牙』……光速の抜刀術。地味だけどいい技だろ?」

「こ、この」


 今度は、巨大な『ナイフ』と『フォーク』がいくつも浮かび、ラスに向かっていく。


「『閃牙』」


 だが、鋼鉄以上の硬度を持つナイフやフォークが、一瞬でバラバラになった。


「う、うそ……あ、あたしのナイフやフォークは、鋼鉄より硬いのよ!? そんなナマクラ……え? ちょ、ちょっと待って……そ、その剣、その感じ……ま、まさか」


 ラスは『刀』を肩で担ぎ、ヤズマットに……ついでに、ビオレッタに見せつけた。


「ようやく気付いたか? これ、『冥狼ルプスレクス』の核、牙、骨で作った剣だ───……あいつが残した・・・・・・・形見だな・・・・

「か、形見……? あんた、何言って……まさか、『冥狼』と一騎打ちで勝利した剣士って」

「……倒したのは、ランスロットだけどな」


 ラスは、どこか悲しそうにしていた。

 

「キィィ!! お兄様、お兄様!!」

「ああ、わかってるよ───……『融合ブレンド』」


 ビオレッタが両手を合わせると、空間が捻じ曲がる。

 領域の変更。いや、融合である。

 キッチンと、食卓。ラスたちはテーブルの上に移動した。

 そして、ビオレッタがヤズマットの隣に。


「驚いた。まさかキミが、十四年前に『冥狼』を倒した男だったとはね」

「……お前らは、あいつのこと知ってるのか?」

「さぁ? 『七大魔将』最強と呼ばれた『冥狼』が死んだと聞いたときは驚いたがね。噂では、『魔王』様の地位を狙うための土壌確保手段として、無茶な人間界侵攻をしたとか……馬鹿だね。魔界と人間界の間にある『大海嘯』は、『海蛸』様ですら超えることのできない荒れ狂う海なのに……」

「……やっぱ、知らないんだな」

「?」


 ラスの悲しそうな顔に、ビオレッタが首を傾げた。

 サティも、フルーレも、エミネムも怪訝な顔をする。


「フン。『冥狼』が何をしようと、奴が愚かだったことに変わりないよ。さぁ、ヤズマット」

「ええ、お兄様」


 二人が手をつなぐと、調理台から火が荒れ狂い、ヤズマットが生み出したナイフやフォークが燃え上がる。そして、調理台の炎が巨大な『鳥』のような形になり、ビオレッタの傍で旋回した。

 

「物理的な力を弾くことは得意なようだ。だったら、この炎はどうかな?」

「ふふん、お兄様の力を上乗せしたこの攻撃……焼け死ねば?」


 次の瞬間───……大量の燃えるナイフとフォーク、炎の鳥がラスに迫る。

 

「師匠!!」

「ラスティス・ギルハドレット!!」

「ラスティス様!!」


 サティ、フルーレ、エミネムが叫ぶ───だが、ラスティスは微笑んでいた。


「大丈夫。お前らは絶対に、傷付けさせないからよ」


 ラスティスは笑い、『居合』の構え。そして、眼を閉じる。


「『大開眼だいかいがん』」


 眼を開く。すると、ラスの瞳が金色に輝いた。

 

 ◇◇◇◇◇◇


 ◇◇◇◇◇◇


 神スキル『神眼』は、発動すると目が赤くぼんやり輝く。

 この状態だと、『力の流れ』が見えるようになり、その流れに干渉したりできる。

 なので、矢が飛んでくれば軌道が見えるし、剣を振り下ろせばその軌跡が先読みできる。

 動体視力とか、とにかく『見る』力が格段に上がる。

 無数の矢が飛んできても、流れを見れば『空白』が見える。その空白に身体をねじ込めば無傷で済むし……まぁ、『避ける』ことが得意になった。

 でも、この力には先がある。


「『大開眼』」


 この力を使うと、『未来』が見える。

 例えば、剣を振ったあと、次の動き、さらに次の動きが脳内で再生される。

 普通の開眼状態だと、一振り目の軌跡しか見えないが、大開眼状態だとその次、さらに次が再生されるのだ。

 理屈は不明だが、大開眼状態だと周囲がスローになる。その中で、俺だけが普通に動けるのだ。

 まぁ、リスクはあるが……こいつらには関係ないな。


「『飛燕』」


 ナイフやフォーク、炎が発射されると同時に、俺は居合をする。

 『飛燕』……光速の抜刀術をすることで、『空気の刃』を飛ばす……と、最初は思っていた。のちのち、よーく『見た』ら空気の刃ではなく、『空間に断裂』を作って飛ばし、ぶつけていた。

 空間に断裂を作ってぶつけたら、斬れないものはたぶんない。

 『飛燕』って、空気の刃っぽい名前だから付けたんだが、今更改名しない。めんどくさいし。


「『閃牙』」


 俺はビオレッタ、ヤズマットに接近し、二人の全身を細かく切り刻む。

 この『冥狼斬月』に斬れないものはたぶんない。空間の断裂と同じかそれ以上の切れ味、そして硬度がある……俺の居合に耐えられる剣、これしかないし。


 というわけで───こうして脳内でいろいろ説明しながらの攻撃だ。

 現実では、たぶん半秒以下。

 全ての攻撃を終え、俺は目を閉じた。


 ◇◇◇◇◇◇


 ◇◇◇◇◇◇

 

「───え?」

「───は?」

「はい、おしまい」


 気が付いたら、四肢と首が両断されていた。

 ヤズマット、ビオレッタが床に落ちた。

 そして、なぜかラスティスが背後に立ち、刀を鞘に納めている。

 唖然としたのは、サティたちも同じだった。


「え?」

「……は?」

「え、え? 消えた? え?」


 瞬きしていないと、フルーレは神に誓える。だが、ラスが何をしたのか理解できなかった。

 そのラスは、ヤズマットとビオレッタの頭部近くにどっかり座る。


「魔族は心臓の『核』さえ破壊しなきゃ不死身。でも、身体がバラバラだったり、首が両断されると回復に時間がかかるんだよな」

「き、貴様……!!」

「おーおーお兄ちゃん、優し気な青年風だったのに、今はチンピラみたいな顔してるぞ」

「いやぁぁぁ!! なにこれ、なにこれ!? 死ぬ、死んじゃうぅぅぅぅ!!」


 ヤズマットは錯乱しているのか、キーキーと騒がしい。

 ビオレッタは言う。


「その強さ、やはり貴様が『冥狼』を倒したんだな!? おのれ……!!」

「あのさ、最後に教えてやるよ。『冥狼侵攻』は、ルプスレクスが人間界を征服するために無茶な侵攻をした。で、負けたってことになってる。お前たち魔族の間では、魔王の地位を奪うために、人間界の土壌を狙って無茶な侵攻をした……で、いいんだよな?」

「……??」


 ラスティスは、悲しそうに言った。


「それは違うんだ。ルプスレクスは……魔王から逃げるために・・・・・・・・・人間界を目指した・・・・・・・・んだ」

「……は?」

「あいつはさ、あいつの一族を守るために、魔界から脱出することにした……よっぽど、魔王とかいう奴が怖かったらしい。で、脱出は成功した。荒れ狂う海を、部下を背負いながらたった一匹で渡り切った。魔族の息がかかった魔界領地じゃない、のどかな人間界の、自然あふれる山で暮らそうとしていたんだ」

「…………」

「だが───あいつの身体には、魔王の力が刻まれていた。それで暴走しちまったルプスレクスは、部下を率いて人間界に侵攻した。あいつの意志に関係なくな」


 ラスティスは、『冥狼斬月』をそっと撫でる。


「あいつと戦って、ルプスレクスの意志が戻った。あいつは泣きながら俺に『殺してくれ』って頼んだ……俺は殺せなかった。あいつの目が、優しさに、部下を思う慈愛に溢れていた。魔族にも……しかも、七大魔将にも、こんな愛で溢れた獣がいたなんて、信じられなくてな……迷っている間に、横から飛び出したランスロットがルプスレクスを殺しちまった」


 ラスティスは息を吐く。

 ビオレッタも、ヤズマットも、ラスティスの話を聞いていた。


「俺は、わかんなくなっちまった。もしかしたら、ルプスレクスみたいな優しい魔族もいるかもしれない。人と共存できる魔族もいるかもしれない……そう考えたら、もう何もかもめんどくさくなっちまった……おかげで、今じゃやる気のない、うだつが上がらないおっさん剣聖だ」

「……では、我々を見逃す、とかは」

「そ、そうそう!! もう人間界に来ないし、人も殺さないからさ!!」

「あー……」


 ラスティスは、ニコッと笑う。


「それは無理だな。だってお前ら、俺の仲間を傷つけたし……その腐った目ぇ見ればわかる。傷が治ったら報復しに来ること、間違いない」

「「……っ」」

「ま、こうして喋ったのは確認だ。お前たちがどんな魔族か……いいやつか、クズか」


 ラスは立ち上がり、剣を抜いた。


「ま、待っ」

「やめ」

「お前ら、何人殺した? 目の腐りだけじゃねぇ、血の匂いがプンプンするんだよ。お前らみたいな魔族がいるってのは安心できる……俺も、この時だけは迷わなくて済むからな」


 そう言い、ラスは転がっていた二人の胴体に剣を突き刺す。

 心臓が、核が破壊された二人は、そのまま塵となって消えるのだった。

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