その頃、エミネムは

「はぁぁぁ~……」


 エミネムは一人、グレムギルツ公爵邸にあるドレスルームで、大勢のスタイリストたちによって着せ替え人形と化していた。

 今日は、とある貴族のパーティーだ。父ボーマンダの代理で兄ケインが、そしてそのパートナーとしてエミネムが出ることになったのである。

 本来なら、ケインの婚約者が出るのが普通なのだが……あいにく、ケインに婚約者はいない。長男だがグレムギルツ公爵を継ぐことはなく、家を出るつもりだから。それにケインは仕事が楽しくて仕方ないのか、どうせ結婚などするつもりもなく、仕事一筋で生きている。

 今日のパーティーも、公爵代理として出るだけだ。パートナーなどいないので、母の頼みでエミネムにお鉢が回って来たのである。

 母……というか、超一流のスタイリストたちが大張り切りし、ドレスや宝石、髪型や化粧の話で盛り上がっていた。

 エミネムは、いろんな意味で疲れていた。


「……私も、サティたちとラスティス様の修行を受けたいな」


 先ほど、ラスティスに新しい弟子が二人増えたと報告があった。

 一人は東方から来た賞金稼ぎの少女、もう一人は入隊試験で神スキルを発現させた少年だとか。

 

「…………」


 エミネムは、話し合いに盛り上がっているスタイリストたちを眺めながら思った。


「弟子、かあ……」


 サティは正式な弟子だが、エミネムは一時的な弟子に過ぎない。

 先日、ボーマンダから聞いた話では。


「お前も、神器と臨解を使いこなせるようになったそうだな。もはや一部隊の隊長ではなく、ワシ直属の騎士に任命してもいいな。誰も文句を言うまい」


 つまり……騎士に復帰である。

 このままサティと一緒に、ラスティスの弟子でいれたら……と、思ったこともあった。

 だが、あくまで一時的な弟子に過ぎない。正直、複雑な気持ちだった。

 

「いけない。気を引き締めないと……」


 エミネムは首をブンブン振って気合いを入れる。

 今夜のパーティーに向けて……ではない。一か月後、サティがイフリータと再戦するように、エミネムもデボネアと戦うことになった。

 『神毒』……エミネムは、一度引き分けている。

 ランスロットの養女。かつて暗殺者だったという話。

 ランスロットの教えで神器も臨解も使えるようになったという話だ。


「……強敵」


 エミネムは、修行をしたいと思った。

 が……大勢のスタイリストが、エミネムを囲む。


「ではエミネム様!! 我々の意見を取りまとめたドレス、宝石、ヘアスタイルに変身しちゃいましょうね~!!」

「え、あ……はい」


 十人以上のスタイリストたちにより、エミネムは『変身』するのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 その日の夜。

 エミネムは、ケインと一緒に公爵家の馬車で、今夜のパーティー会場に向かっていた。

 ケインは、小さくため息を吐いて言う。


「エミネム。嫌なのはわかるけど、会場では笑顔を見せてくれよ?」

「……別に嫌だなんて」

「もう七度目のため息だ。面倒くさいって顔に書いてあるぞ?」

「む……」

「これから行くローレンス侯爵家は、ブドウ産業で国内トップの実力を持つ家だ。ワインの名家でもあるし、ボクも商会でお世話になっている。今日は、ローレンス家の長女の誕生パーティーだってのはわかるよな?」

「それはさすがに……」

「ローレンス家の長女は、お前と同じ十七歳だ。ちゃんと挨拶しろよ」

「わかってます」


 ケインは、エミネムの恰好を見た。

 エメラルドグリーンを基調としたドレスだ。肩が剥き出しで薄手のヴェールを羽織り、髪色と合わせたのか、アクセサリーも同じ色だ。

 化粧も施してあり、妹ながら美人とケインは思う。


「……エミネム。大丈夫なのか?」

「何がです?」

「ボクが公爵家を出るのは決定しているけど……お前は家に残る。正確には、お前の夫に爵位を継がせ、お前は後継者を産むことになるだろうね。それに、お前は神スキル持ちで、親父も無視できない実力者だ……もう、我儘を言うこともできなくなる」

「……何が言いたいんですか」

「別に。ただ、兄として妹には、幸せになって欲しいと思うだけさ」

「……兄さん」


 馬車が止まった。

 グレムギルツ公爵邸よりも小さい、ローレンス家の屋敷だ。

 多くの馬車が止まり、貴族たちが馬車から降りては邸内へ。

 魔族が来ても、命懸けの戦いが起きても、国内は平和なものだった。

 二人は馬車から降り、ケインが腕を差し出す。


「ラスティス様じゃなくて悪いね」

「う、うるさいです。もう、兄さんのバカ」


 こんな冗談も言い合えるくらいは、二人の兄妹としての距離も縮まっていた。


 ◇◇◇◇◇◇


 兄妹が登場すると、周囲からは注目の的になった。


「……注目されてますね」

「ははは。みんな、お前が美人だから驚いてるんじゃないか?」

「また兄さんはそんなこと言って……」


 ちなみに、エミネムだけじゃなくケインも注目されていた。

 互いに自覚はないが、二人は顔もスタイルも抜群。しかもグレムギルツ公爵家であり、さらに二人とも婚約者もいない……『超・優良物件』が二人、並んで歩いているようなものだ。

 まずは、ローレンス家の当主と、パーティーの主役である長女に挨拶をしに行く。

 

「お招きありがとうございます、ケイン・グレムギルツ公爵代理です」

「その妹、エミネム・グレムギルツです」

「これはこれは、わざわざお越しいただきありがとうございます」

「……」


 ローレンス侯爵はケインと握手、長女のサリエはケインを見て頬を染めていた。

 ケインとエミネムは、サリエに向けて一礼。


「サリエ嬢、お誕生日おめでとうございます」

「サリエ様、おめでとうございます」

「あ……は、はい。ありがとうございます!!」


 サリエは慌てて一礼。

 ケインはニッコリほほ笑み、エミネムに言う。


「エミネム。サリエ嬢はお前と同い年だ。これを機に友人となるのも、悪くないのでは? どうです、サリエ嬢」

「は、はい!! 私、エミネム様とお話してみたいと思ってまして」


 ケインは「では、私は失礼します」と行ってしまった。

 エミネムに「じゃ、よろしく」とアイコンタクト。エミネムは「逃げた」と思ったが、さすがに顔には出さない。

 ケインは他の貴族に挨拶をしては、グラスを合わせたり笑顔を向けたりしている。


(すごいなあ……)

「あ、あの。エミネム様」

「え、ああはい。申し訳ございません。少し、涼しいところでお話しませんか?」


 二人はテラスへ。

 サリエは、「エミネムはどこの美容品を使っているのか」とか「そのアクセサリーはどこで買った」など、エミネムが知らないことばかり聞いてきた。

 きっと、これが普通の令嬢なのだろうと、エミネムはある意味で新鮮な気持ちになり、サリエと話をする。

 すると、数名の少女たちがサリエに挨拶をしに来たので席を外した。

 一人になり、エミネムはテラスで一息入れる。


「ふう……貴族令嬢って、難しいですね」

「あらそう? 私はけっこう楽しいけど」


 ギョッとした。

 いつの間にか隣に、白いタイトなドレスを着た少女が、グラスを片手に微笑んでいた。

 白い髪に赤い瞳。スレンダーなスタイルで、身体にフィットするドレスはまるで白蛇のような……綺麗なのだが、どこか不気味であった。

 エミネムは言う。


「あなた、デボネア……でしたっけ」

「あら、覚えていたの?」

「……ここで、何を?」

「嫌ね。パーティーに参加しているに決まってるじゃない」


 エミネムは警戒した。

 デボネア。今でこそランスロットの養女だが……もともとは暗殺者。

 今は『仕事』をしているのか。エミネムは厳しい表情になる。


「仕事は廃業。今は『娘』として、ヴァルファーレ公爵様にお仕えしてるわ。まあ、それが仕事ね」

「……本当ですか?」

「ええ。正直、悪くないの。お金はたくさんくれるしね」

「…………」

「ふふ。あなたとの再戦、すごく楽しみ。あなたは?」

「……私との再戦ですか。もちろん、私も」

「そう。ふふ……ね、乾杯しない?」


 いつの間にか、デボネアの手にはグラスがあり、エミネムは受け取る。

 そしてグラスを合わせ、エミネムは一気に飲み干した。


「次は、勝ちます」

「ふふ……そうね」


 エミネムは力強くデボネアを睨み、デボネアは妖艶にほほ笑むのだった。

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