脇役剣聖、一閃

『ゲゲゲ、我ガ腕ハ何人モノ人間ヲ両断シタ腕!! 兄者ト我、最強ノ───』

「何を斬るって?」

『エ?』


 弟……色の薄い方の虫を相手にする俺。

 鎌。確かにこいつらの両腕は、カマキリみたいな腕してる。

 俺は、剣を鞘に納めた。


『……アレ? 我ノ腕』


 弟の腕は、二本とも地面に転がっていた。

 

「ったく……めんどくさいな。さっさと終わらせて、領地に帰らないと」

『ナ、ナ、ナ……キ、貴様!!』

「来いよ」


 俺は半身で、剣の柄に手を乗せて構えを取る。

 弟は翅を高速で動かし、俺の周りをビュンビュン飛んだ。

 そして、両足を変形させ、鋭利な『鎌』のような形状にする。


『ナメルナヨ!! 腕如キ、後デイクラデモ生ヤセルワ!!』

「あっそ」

『───死ネ!!』


 弟が高速で飛び回り、俺に向かってくる。

 速い。速すぎて、残像が幾重にも見える。

 でも───俺には見える。


「『開眼』」


 風の流れ、翅の動き───気流を読めば、どこを飛んでいるのか、どこにいるのかわかる。

 俺は剣の柄を握り、呼吸を整えた。


「『閃牙せんが』」


 チン……と、剣を納刀。

 さて、エミネムは……いたいた、戦ってるな。


『……ア、アレ? レレレレ……』


 縦に両断された弟はしばらく空を飛んでいたが、半身では飛ぶことができずに墜落……そのまま死んだ。

 

 ◇◇◇◇◇◇


「はっはっ、はっはっ、はっはっ……」


 エミネムは、真っ青になり槍を構えていた。

 目の前にる『バケモノ』は、中級魔族。

 話には聞いたことがある。

 初級魔族こと魔獣はピンキリで、強いのもいれば弱いのもいる。

 中級魔族になると、騎士一人では対処できない。一部隊必要である。

 上級魔族は怪物。七大剣聖レベルでようやく戦える。

 

『オ前、弱イナ』


 目の前にいるのは中級魔族。

 本来なら、一部隊揃って戦わなければならない魔族。

 意思を持ち、語りかけてくる虫。

 まだ、戦いらしい戦いになっていない。虫が飛び、槍を構えたエミネムに向けて飛んできた。

 槍を構えたおかげで、鎌の一撃は防御できた……が、それも偶然。

 虫は着地し、エミネムをつまらなそうに見ている。


『───オ、弟ヨ!!』


 ベロズが急に大声を出した。

 エミネムが見たのは、縦にぱっくり両断されたサーキュラーが、二つに分かれた状態でフワフワ飛び、地面に激突した瞬間だった。

 ベロズは激高し、つまらなそうな表情をしているラスティスに向き直る。

 

「……ああ」


 エミネムは、もう敵として認識されていない。

 天才少女と言われ、『神スキル』もずっと鍛えてきた。

 父親のボーマンダの期待に応えるべく、剣と槍を習い研磨してきた。

 十七歳の少女……それが、騎士団の第一部隊長。いくら七大剣聖である父親の威光があっても、最初はナメられた。

 なので、部隊員を全員叩きのめし、認めさせた。

 少なからず、自信はあった。

 自分は強い───その自信は、目の前の虫と対峙しただけで、折れそうになった。

 だが───。


「た、たた、隊長っ!!」

「……ヴォーズ、騎士」

 

 ヴォーズがガタガタ震え、涙を浮かべながら口元を歪め、笑っているように見えた。


「ええ、え、援護しし、しまっす!! じ、自分たちの隊長は、さ、最強っすから!! まま、負けないです!!」

「ヴォーズ騎士……」

「自分、騎士っす!! 隊長みたいに、戦うっす!!」

「…………」


 エミネムは、歯を食いしばる。

 恐怖が薄れていく。

 こんな慕ってくれる団員を前に───情けない姿は、見せられなかった。


「……お?」


 エミネムの表情を見たラスが少しだけ微笑み、ベロズに言う。


「おーい、背中向けていいのかー?」

『何!! 貴様、弟ヲヨクモ……!! ン?』


 すると、『風』の流れが変わった。

 振り返ると、エミネムが自分の頭上で、槍を高速で回転させていた。

 そこに、『風』の力が加わる。神スキルの一つ、『神風』の力だ。


『風、ダト……』

「先ほどは、情けない姿を見せて申し訳ございません……」


 エミネムは器用に槍を回転させると、周囲に竜巻が発生する。

 小規模の竜巻が四つ、エミネムの周りを旋回した。


「た、隊長!! よっしゃ、隊長の『旋風ルドラ』だ!! この風はあらゆる物を吹き飛ばし、切り刻み、隊長を守る風だ!! もうお前なんか怖くない!!」

『……ホウ』

「あ、いや……その、はい」


 急にベロズに睨まれ、ヴォーズは縮こまった。

 そして、エミネムが槍をベロズに向ける。


「私は、アルムート王国聖騎士団第一部隊長、エミネム・グレムギルツ!! 押して参る!!」


 槍を構え、竜巻を従え、エミネムはベロズに向かって走る。

 竜巻がベロズを包囲し、一気に包み込む。

 触れれば斬り刻まれる竜巻。ベロズは───竜巻に包まれたまま、腕組みしていた。


『フン、コノ程度カ』

「なっ……」


 間違いなく、風はベロズを斬り刻んでいる……が、昆虫の甲殻を持つベロズを傷つけることはできなかったのである。

 だが、エミネムはあきらめない。槍の先端に風を集中させ、渦を描くように回転させる。

 そして、風の力で跳躍し、ベロズに向かって槍を突き出した。


「『螺旋風尖突グングニル・ツイスター』!!」


 凄まじい速度の突き。風の力を加えた高速の突きは───ベロズの胸に突き刺さる。


『……ヤハリ、コノ程度』

「っ!?」


 だが、槍の先端が突き刺さることはなかった。

 甲殻を傷つけることもなく、弾かれた。

 エミネムは地面に落下。そのまま叩きつけられる。


『デハ、死ネ』

「───っ」

「隊長ォォォォォォッ!!」


 そして、エミネムを守るようにヴォーズが前に躍り出た。

 そして、ベロズの鎌が二人の首を綺麗に刈り取ろうと───。


「はい、そこまで」


 ベロズの両腕、両足、首が綺麗に切断され、エミネムとヴォーズの前にラスが立っていた。


『……エ』


 ベロズは、自分の身に何が起きたのか理解することもなく、意識が消失……ばらばらになった身体が地面を転がった。

 ラスは剣を鞘に納め、エミネムに手を差し出した。


「お疲れさん。なかなかいい技だったぜ」


 柔らかな微笑……その笑顔に、エミネムの胸がドクンと高鳴った。


 ◇◇◇◇◇◇


 さて、虫兄弟をやっつけた。

 上級魔族の場所はわかった……クソ、最悪すぎる。まさかギルハドレット領地に向かったなんて。

 俺はエミネムの手を掴み立たせる。ついでに、ヴォーズくんに言う。


「ヴォーズくん、いいガッツだったぜ。お前、いい騎士になるよ」

「え、あ……は、はい!!」

「エミネムも。なかなかいい技だった。練度を上げれば、あの虫の装甲くらいなら容易く貫通できるようになる。修行あるのみだな」

「…………」

「エミネム?」

「あ!! ははは、はい……その、みっともないところ、見せてしまいました」

「んなこたない。いい気合だったぜ」


 頭を撫でると、エミネムは顔を真っ赤にして俯いてしまう。


「はぅ……」

「よし……野営地に戻るぞ。ギルハドレット領地に上級魔族が向かったなら、急いで戻らねぇと」

「あ、あの!! その……ラスティス様」

「ん?」

「その……急いで戻るなら、私の『風』で……飛んでいけます」

「本当か!?」

「きゃぁぁ!?」


 顔を近づけたら悲鳴を上げられた……ちょっとショックだが、それどころじゃない。

 するとヴォーズくん。


「あの、隊長の風って……竜巻で飛ぶヤツですよね。あれ、めちゃくちゃ酔うんじゃ」

「……そうね、ここから野営地まで二時間くらいで行ける。でも、酔います。ラスティス様、それでもよろしいのですか?」

「構わん。今はとにかく急ぐ。頼むぞ」

「はい!! では───『移動竜巻タイフーン』!!」


 すると、俺たちの周囲に大きな竜巻が発生……身体が浮き上がると、竜巻の回転に合わせて身体がグルングルンと回転しはじめた。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

「うげぇぇぇぇぇぇ……」

「では、野営地まで飛びます!!」


 こうして、地獄の空の旅が始まった……。


 ◇◇◇◇◇◇


 二時間後……気が付くと、地面の上にいた。

 どうやら気を失っていたらしい……気分は最悪だ。

 ヴォーズくんも白目向いて気を失っているし。だが、野営地に到着したようだ。


「ラスティス様、大丈夫ですか?」

「あ、ああ……エミネム、ありがとな」

「はい!! ヴォーズ騎士、起きなさい!!」

「……はっ!? うっぶぅ……き、気分が」

「シャキッとなさい。いい? 私とラスティス様はこれより、アルムート王国に帰還します。あなたはここに残り、第一部隊が集まり次第撤収なさい。隊長代理よ……できるわね」

「は、はい!! うっぶぅ……き、気分が」

「ヴォーズ騎士!!」

「は、はい!! 了解しました!!」

「よし。ではラスティス様、王都へ向かいましょう」

「…………おう」


 いや、急がなきゃいけないのはわかってる……でもでも、また竜巻に揺られていくのは、やはり抵抗があった。仕方ないよな、うん。

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