脇役剣聖、調査する

 騎士たちと移動すること十日……ようやく到着した。

 デッドエンド大平原。魔界領地と、人間界の境界。

 俺たちは高台にいて、デッドエンド大平原を見下ろせる位置にいるが……本当に、とんでもないところだ。

 俺の隣にいるエミネムが、唖然としていた。


「……ここが、デッドエンド大平原」

「来るのは初めてか?」

「はい。ここに派遣されるのは騎士ではなく、『兵士』ですから」


 そう、ここで戦うのはスキル持ちの『兵士』だ。基本的に、『騎士』は国を守るための存在で、戦うのは兵士たちの仕事だ。

 なので、デッドエンド大平原がどんな場所か、知らない騎士も多い。


「見渡す限りの平原。遮るモンがないと、向こうまでよく見える」


 デッドエンド大平原は、見渡す限りの平原だ。

 荒地───そう表現してもいい。木々はほとんど生えておらず、平原の奥に点々と雑木林があるくらい。皮や湖もあるが、ここからでは見えない。

 ここまで荒れている理由は簡単だ。


「ここは戦地だ。スキルや魔法の力で大地が削られ、下級魔族や人間の血で汚染されてこんなに荒れちまった……ここの土壌が回復するのに、十年や二十年じゃ足りない」

「…………」

「ヴォーズくん、地図」

「は、はい!!」


 ヴォーズくんに地図を広げてもらい、俺はマークする。


「ここが現在位置。この崖下にキャンプを張って、小隊編成して各地の基地を探索する」

「は、はい」

「エミネム。悪いけど、ここでは俺の指示に従ってもらう。ここは人間たちが取り戻した地域だから魔獣もいないけど、少し奥に行けば人間側の領地だろうと魔獣はいる。まぁ、いるのは総じて知能の低いヤツだけどな」


 崖下に移動し、天幕を張る。

 指揮官用天幕で地図を広げ、俺は調査対象の基地にマークをした。

 第一部隊は総勢五十名。八人ずつ、合計六チームを作り、俺はエミネム、ヴォーズくんの二人を同行させることにした。

 そして、六チームの代表騎士を集め、それぞれに地図を持たせる。


「調査対象は七つ。調べるのは基地だが……いいか、基地には絶対近づくな。基地の半径百メートル圏内には踏み込むなよ。調べるのは、基地周辺の環境だ。足跡、水源とかを調べて、『人が関わったような痕跡』を見つけろ。その痕跡を見つけたら引き返せ」

「質問です。基地は調べないのですか?」

「いや。痕跡を見つけたら、俺が調べに行く。いいか……まずは六チームと俺で、七つの基地周辺を知らべる。何度も言うが、基地には絶対に近づくな。何があるかわからないからな」

「質問です。何も痕跡がなかった場合はどうすれば……」

「そのまま引き返せばいい。いかに魔族といえど、拠点にしているなら痕跡が残るはずだ。それがない場合、いないと判断していい」

「わかりました」


 まぁ、いるかもしれんけどな。

 もともと、上級魔族がいないことを想定した調査だ。そこまで本腰入れなくてもいいだろ。

 まぁ……こんなこと、口が裂けても言えんがな。


「地図に、それぞれのチームが向かう場所をチェックしておけ。距離的に、二日ほど進めば到着するところばかりだ。チェックを終えたら各チームで出発の準備。明日の早朝、出発だ」

「「「「「「了解!!」」」」」」


 各チームのリーダーたちは、それぞれ準備をしに天幕を出た。

 残ったのは、エミネムとヴォーズくん。


「よし。俺たちは、ここから一番遠く、魔界領地に近い基地へ行く。他のリーダーたちは周辺調査しか命じなかったけど、俺たちはガッツリ基地を調べるからな」

「はい」

「は、はい……あの、ラスティス様、本当に自分でよろしいのですか? その……自分より優秀な騎士は、第一部隊には山ほど」

「ヴォーズくん、きみいくつ?」

「え? に、二十です」

「大丈夫大丈夫。酒も飲める歳なんだ。いけるいける」

「え、えっと……」

「な、エミネム。ヴォーズくんは強いか?」

「……まぁ、そこそこ」

「うう……」

「はっはっは。よし、メシ食って明日に備えるか」

「あ、では自分、料理をします。実は料理は得意でして」


 こうして、デッドエンド大平原へ挑む準備が終わった。

 明日、俺たちは上級魔族の調査に行く。


 ◇◇◇◇◇◇


 翌日。チームが全員出発……俺、エミネム、ヴォーズくんも出発した。

 俺は剣、エミネムは槍、ヴォーズくんは荷物を持っている。


「目的地まで二日くらいか。道中、魔獣も出るから用心していくぞ。可能性は低いが、上級魔族も出てくるかもな……」

「上級魔族……」

「うぐ……」


 エミネムも、ヴォーズくんも緊張していた。

 そっか……騎士はほとんど、魔族との交戦経験がない。戦うのはいつだって兵士たちだしな。

 兵士上がりの騎士もいることはいるけど、第一部隊にはあまりいない。

 歩きながら、俺はエミネムに聞く。


「エミネム。今頃団長どうしてると思う?」

「一応、指示があるまで自宅待機でしたが、こっそり抜け出したので……すでに十日以上経過してますし、私がいないのはバレていると思います」

「だよな……今更だけど、戻ったら俺、殺されるんじゃないかな」

「その心配はありませんよ」


 と、エミネムは言う。


「お手紙を残してきたので。お父様が読めばきっと、理解してくれると思います」

「……一応聞くけど、どんな内容?」

「『ラスティス様についていきます』って内容です。私の意志で来たとなれば、お父様も怒ったり……あれ、どうしました?」


 立ち止まり、顔を押さえる俺……なんかそれ、駆け落ちみたいな文章じゃねぇか!!

 うう……マジで、どうなるんだ俺。

 ギルハドレット領地でのんびりしてるはずなのに、なぜか危険地域であるデッドエンド大平原で、上級魔族の捜索なんてしてるしよ。

 よし、気分を変えよう。


「なぁエミネム。そういえば団長って、子供二人いたよな? お前と……確か、長男坊」

「……はい。兄さんがいます。でも……私、兄さんに恨まれていますので」

「え」

「私は『神スキル』を持って生まれましたが、兄さんは『神スキル』どころか、スキルも持たずに生まれました。そのことでお父様はお母様を責め、私だけに期待して……兄さんとお母様は今も無視されています。兄さんは忙しいお父様の代わりに『公爵代理』としてお仕事をしていますが、いずれは私が爵位を受け継ぐことになるでしょう……私は、兄さんの全てを奪うことになるのです……」


 おっっっもい!! 

 サティといい、なんでこんな重い話なんだよ!!


「あー、兄さんいるんだ」

「はい」

「そっかそっか。じゃあ、兄さん行くところなかったら、ギルハドレット領地に来るように言ってくれよ。うち、文官足りないんだよ。公爵代理ってことは優秀なんだろうし」

「え……い、いいんですか?」

「ああ。まあ、他にツテあるならいいけど」

「伝えます!! 兄さんに伝えます!!」

「お、おう……」


 まぁ、とりあえずこれだけ言えばいいか。

 俺はヴォーズくんにも聞いてみた。


「ヴォーズくんは、その……なんか重い過去ある? 親がアレだとか、兄弟がアレだとか」

「いえ!! うちは下級貴族で、自分は七兄弟の四番目でして!! 『スキル』があったので騎士になるべく、騎士団に入団しました!!」


 ふっっっっつう!! ───……ああ、普通でいいんだった。

 危ない危ない。なんだか重い過去ばかりで感覚おかしくなりそうだぜ。


 ◇◇◇◇◇◇


 二日かけて、目的地である魔族の前線基地に向かった。

 道中、魔獣などは現れなかったが……前線基地から少し離れた場所に到着するなり、俺は気付く。


「…………あー」

「ラスティス様?」

「ラスティス様、どうされました?」


 俺たちがいるのは、基地から少し離れた岩場。

 俺だから気づいた。というか、俺しか気づけない。


「この辺りの空気の流れがおかしい。空気中にあるわずかな魔力が気流を乱してやがるな」

「「……??」」

「つまり───何かいる。少なくとも、魔力を操ることができる『何か』が」

「そ、それってつまり……」

「ああ。参ったな……アタリかもしれないぞ」


 エミネム、ヴォーズくんが顔を合わせて息をのむ。


「まだ上級魔族と決まったわけじゃない。ここから先は、俺が───」


 ゾクリと背筋に冷たい汗が流れた気がした。

 同時に、基地がある方向に魔力が集まり、収束していくのが見えた。


「エミネム、ヴォーズくん!! 逃げろ!!」

「えっ」

「───っ」


 ヴォーズくんはポカンとしていたが、エミネムは素早く槍を抜く。

 俺も剣を抜く───すると、基地が爆発したのが見えた。


「来るぞ!!」

「え、え、え」

「ヴォーズ騎士!! 離れなさい!!」

「ひゃ、ひゃいっ!!」


 上空に、何かがいた。

 数は二体。その姿は、緑色の装甲……いや、甲殻に覆われていた。 

 昆虫。バッタ、カマキリを合わせたような顔。そして背中にはトンボのような翅。

 手足があり、ヒトのような姿をしていた。


『人間、カ』

『人間、ダナ』


 一匹は緑色、もう一匹は濃い緑色の『昆虫』だった。

 しゃべっているがカタコトだ。まさかこいつら。


「中級魔族か」

『ホウ、中々強ソウナ人間ダ』

『ソウダナ、兄者』


 兄者? つまりこいつら、兄弟か。

 

「お前ら、『美食家』ヤズマットの眷属だな? ヤズマットはどこにいる」

『人間ハ馬鹿ト聞イタガ……ソノ通リダッタナ』

『ソウダナ、兄者』

「馬鹿で悪かったな。で……お前たちの主、どこだ?」

『フン。主ハ今、食事ヲ求メテイル。美味キ血、美味キ肉ヲ求メテ、ナ』

「だから、どこだっての。馬鹿はお前らじゃねーか」

『我々ハ馬鹿デハナイ!!』

『ソウダ!! 兄者ハ馬鹿デハナイ!!』


 虫二匹は急にキレた。なんだこいつら。

 

『フン。主ハ上質ノ肉ヲ求メ、ギルハドレット領地トヤラニ向カッタ』

「───は?」

『王都ハ、我々ダケデ行クノハ難シイ。ダカラ、人ガ少ナイ田舎デ、肉ヲ探シテル』

「…………」

『先兵ノ、ブレジッドガ死ンダ場所デモアル。主ハ……フフ、主タチハ、ソコニ上質ナ『肉』ガアルト踏ンダヨウダ』

「…………ああ、そうかい」

「主、たち? 待ってください、主は……上級魔族は、二人以上いるのですか!?」


 エミネムが叫ぶと、虫たちが言う。


『ソウダ。我ガ主『美食家』ヤズマット』

『我ガ主『調理師』ビオレッタ』

『我々ノ主ハ、双子ノ上級魔族……七大魔将、『天翼』ラクタパクシャ様ノ配下デアル!!』

『ククク、我々ガコノ地ヲ訪レタ方法ハ───』


 俺は両手をパンと叩いて、会話を打ち切った。 

 そして、剣を二匹に向ける。


「もういいわ」

『何?』

「とりあえず───かかって来い。ブチ殺してやる」

『貴様……!!』


 昆虫二匹は翼を広げ、両手がカマキリのような鎌になった。


『我ガ名ハ、ベロズ!!』

『我ガ名ハ、サーキュラー!!』

『『調子ニ乗ルナヨ人間!! 始末シテクレルワ!!』』


 二匹の昆虫が、俺とエミネムに向かって飛んできた。


「片方、倒さなくていいから押さえてくれ」

「えっ」


 俺は剣を肩に担ぎ、虫たちに言う。


「七大剣聖序列六位『神眼』ラスティス・ギルハドレットだ。お前たち───ブッた斬る」

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