脇役剣聖、お別れ
ラクタパクシャたちは、日々を楽しく過ごしていた。
そして、十二日後……ビンズイの『セキレイ』が、嵐が弱くなっているルートを確認。三人は帰ることになった。
俺、サティ、エミネム。そしてギルガたちは、村の入り口でラクタパクシャたちを見送る。
ラクタパクシャは、穏やかな笑みを浮かべていた。
「世話になった。これほど穏やかな日々、わらわが生まれて初めてのことだったぞ」
「それはよかった。土産の酒、一気に飲むなよ」
「ああ、大事に飲ませてもらう」
ラクタパクシャの傍には、大きな木箱が三つ。中身は全部ブランデーだ。
サティは、ドバトと話していた。
「ドバトさん、また来てくださいね……うぅぅ」
「チョウワッ!! 別れは悲しむものではないぞ!! サティ、我が友よ!!」
「ううう……」
「ふ……わが友よ、お前の雷、そしてお前の風、さらに鍛え抜くのだ。今度は空で合おうぞ」
「「……はい!!」」
「ああ、それと……音を操る女史にも。あやつとはまた戦いたいものだ!!」
こっちもずいぶんと仲良くなった。
サティ、気が付けばドバトと話してたし、稽古も付けてもらってた。
「ううう……おねえちゃん」
「ふん、泣くんじゃありません。それと、べつに死に別れたわけじゃないですし」
「おねえちゃん、またあえる?」
「ま、生きてりゃ会えるんじゃないですかねー」
「ううぇぇ……」
「あーもう……仕方ないですね」
ビンズイは、泣くシャロのために、自分の羽を一枚むしり、魔力を注ぐ。
すると、その羽が一羽の、小さなピンク色の小鳥になった。
「あげます。これ、あちしの羽を媒介に作ったから消えたりはしないから。エサは魔力。人間の微弱な魔力でも生きていけるから。お腹減ったらあんたの肩に止まるように命令してあるんで、魔力を吸わせてあげて……ああ、あんたが死ぬまでこの子も死にませんから、ちゃんとお世話すること……ああ、ヒトのメシも少しは食えるんで」
「わぁ……」
小鳥はシャロの肩に止まり、チチチと鳴いた。
「おねえちゃん、ありがとう。よくわかんなかったけど、大事に育てるね!」
「はいはい。って、説明はちゃんと聞けっての……」
ビンズイはミレイユをチラッと見ると、ミレイユは笑顔を浮かべ「ちゃんと説明しておく」と言った。最初は渋っていたミレイユも、今はもうビンズイを上級魔族ではなく、シャロの友達と見ていた。
ラクタパクシャは、挨拶が終わったのを確認。
「人間たち。楽しい時間を感謝する……」
ドバト、ビンズイが翼を広げて空を飛び、最後にラクタパクシャは……俺の元へ。
「ラス。ルプスレクス……また会おう」
「ああ、また──」
と───ラクタパクシャは、俺の頬にそっとキスをした。
そして、美しい真紅の翼を広げると、赤い光に包まれ飛び去った。
「……でっかい置き土産、うれしいね」
俺は頬を擦ると、エミネムがムスッとして肘で突いてくる。
サティ、シャロは手を振り、ギルガたちも見送っていた。
「……じゃあな、ラクタパクシャ」
また会える。そんな予感がしていた。
◇◇◇◇◇◇
ラクタパクシャを見送り、いつもの日常が始まった。
俺は木刀を手に、サティとエミネム二人と対峙する。
「はぁぁぁぁっ!!」
サティの連撃。初期に比べるとずいぶん太刀筋が鋭くなり、攻撃の組み合わせも変わった。
長い剣、短い剣による超接近連続攻撃を、俺は木刀で受け流す。
「『十字斬り』!!」
「はい甘々」
「!?」
サティが剣を交差させた瞬間、俺は木刀で突く。すると、剣が交差したところで木刀に邪魔をされ、そのまま交差した状態で動かなくなった。
「技は悪くないけど、そう見え見えな『十字』はよろしくない。死角から繰り出すとか、もっと工夫しないとな」
「うぐぐ……」
「で、エミネム。見てるだけかー?」
「っ!!」
二対一の訓練だ。だが、エミネムは動けなかった……が、俺に言われようやく動く。
そして、中距離での高速連続突きを繰り出してきた。
俺はサティを軽く押してその場から離す。
「『
いい突きだ。
エミネムも成長している。筋力も、速度も、鋭さも成長している。
俺は木刀の一突きで、連続突きの一つに合わせ、槍の先端に突き刺し止めた。
「なっ……」
「正確無比。それはいいけど……悪く言えば『ただまっすぐ連続で突いてるだけ』だな。もっと槍をしならせて軌道を変えるとか、フェイントを織り交ぜるとか、変化を付けろ」
「……へ、変化?」
「ああ。ちょっと貸してみ」
俺はエミネムから槍を借りる。
ついでにサティも呼び、二人を並べて立たせた。
「よく見ておけ。当てたりしないから動くなよ」
俺は槍を突く。
槍をしならせ軌道を変え、殺気を込めたフェイント、緩急をつけ、超高速で突く……を、繰り返す。
二人の眼には、俺の突きが無数に映っているだろう。
槍を止め、クルクル回転させて地面に刺す。
「と、こんなところだ」
「……すごい」
「し、師匠!! 槍も仕えたんですか!?」
「ま、時間はあったしな」
十四年……無気力だった時は、なんとかやる気を出そうともがいた時もあった。
剣を捨てようと思った時、いろんな武器を手に遊んだもんだ。
「あ、あの、ラスティス様!! 今の、どうやって」
「簡単だ。槍をしならせると軌道が変わる。それと緩急を付けたりもする。そして──本気の一本突きも加える。これらを連続突きに混ぜると面白い。でも、重要なのはフェイントだ」
「フェイント……」
「殺気を込めたフェイントを混ぜれば、相手は錯覚する。来ると思っていた突きが来ない。そう思っている間に、本気の突きが身体中に突き刺さる……」
「……すごい」
「って感じだ。エミネム、お前は真面目で素直だから、もう少し『遊び』を入れて訓練しろ」
「あ、遊び?」
「ああ。柔軟な思考は大事だぞ? その辺はサティのが上だな」
「えへへ。あの師匠、あたしもアドバイスください!!」
「お前は変則的な攻撃が得意だから、正統派……もっと剣技を磨け。そうだな……ホッジ辺りに頼むか」
「え、ホッジさん?」
「ああ。あいつ、今でこそ素手での戦いが得意だけど、昔は第一部隊で『霞のホッジ』なんて呼ばれてた剣術の使い手だぞ」
「そうなんですね……優しそうなお兄さん、って感じですけど」
「言っとくけどあいつ、俺より年上だからな」
ホッジの奴、ぶっちゃけるとランスロットに匹敵する剣才があった。でも、一度だけ味方を斬ったことがあったんだよな……魔獣の幻覚能力に惑わされて、味方の一人の腕を軽く斬ってしまったんだ。
で、「自分は剣を持つ資格がない」と剣を捨て、第一部隊最強の剣士は後方支援をすることに……なんて過去があったんだよな。
「ま、剣は握れないけど、腕前は確かだ。指導って形でならいいだろ」
「わかりました……」
「……不満そうだな」
「別にー……師匠から直接教えてもらいたいとか、思ってませんしー」
「俺は正統派じゃない、どっちかと言えば邪道の剣なんだよ。ご丁寧な剣術とか苦手だし」
というわけで、サティたちの指導は続いた。
◇◇◇◇◇◇
ホッジにサティの指導を頼んだら「いいよ」と二つ返事で了承。空いた時間、サティはホッジから剣を習っている。
エミネムは「遊ぶ」をどう理解したのか、村を回って手伝いをしたり、村の子供たちと遊ぶようになった。ちょっと意味が違うが……まぁ、毎日楽しそうだしいいか。
俺は、執務室で鉱山開発についての資料をまとめている。
今日は珍しく、ホッジを除いた俺の部下たちが勢ぞろいだ。
「ラス、こっちの資料も見てサイン。王都に持っていくやつだから」
「ああ。わりーなフローネ、ホッジのやつ借りちまって」
「気にしないで。若い子の指導でしょ? ったく……いつまでもウジウジ昔のこと引きずってるから一喝してやったわ」
「そ、そうなのか? 二つ返事で了承したけど……」
「あたし、元斥候。耳はいいのよ」
自分の耳を指さすフローネ。ああ、聞いてたのか。
フローネが袖をまくると、小さな切り傷があった。そういや、この傷がきっかけで、ホッジとフローネはよく話すようになったんだっけか。
すると、ギルガの資料をまとめているミレイユが言う。
「フローネ。あなた、身重なんだから無茶しないでよ?」
「はいはい。わかってますって。いざって時はアンタのこと頼りにするわ。いいわよね、ギルガ」
「うむ……」
「ふふ。ところでラス……ラクタパクシャさんたち、もう帰ったかな?」
「たぶんな。聞いた話によると、人間界と魔界は、空飛んでも片道十日くらいかかるらしい」
「じゃあ、もう少しで到着かしらね。ふふ、ビンズイさんのくれた鳥、シャロがすごく気に入ってね」
「そりゃよかったな」
「……上級魔族。あんな姿を見ちゃうと、もう敵とは思えないわね」
ミレイユが苦笑する。
その意見は大いに賛成。だが、俺は言う。
「ミレイユ。その考え、俺も同意したい。でも……上級魔族の中には、どうしようもないクソもいるってこと、忘れるなよ」
俺はギルガの左腕の義手を見て言う。
ミレイユは「ええ、そうね」と頷いた。
「……話はそこまで。仕事に戻るぞ」
ギルガがそう言い、俺たちはペンを動かすのだった。
そして、俺は後で嫌というほど思い知ることになる。
どうしようもない『クソ』が、俺と……『冥狼斬月』を本気にさせることに。
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