閑話③/破虎ビャッコ

 ラクタパクシャたちは無事、『天翼』が管理する領地に戻って来た……が。

 

「…………」

「な、なに、これ」

「チョウワッ!! な、何が……!?」


 ラクタパクシャの居城が、荒らされていた。

 荒らされていただけではない。ラクタパクシャの部下である下級、中級魔族が軒並み喰い殺され・・・・・ていた。

 こんなことをするのは、一人しかいない。


『ゴルルル……』


 ラクタパクシャの居城、最上階。

 居住区であり、謁見の間もある部屋に降りたった三人が聞いたのは、虎のうめき声。

 そして、玉座を破壊し、そこに寝転がる巨大な一頭のトラだった。


『どうも、ラクタパクシャ様』


 虎が喋った。

 その声に、ラクタパクシャは聞き覚えがあった。


「お前、ビャッコの飼い猫だな?」

『飼い猫とは失礼な。上級魔族『猛雅』ドライガーですよ、ラクタパクシャ様』

「ほう、そうか……それで、ここで何をしている?」

『ええ、食事を──ッぷ』


 ドライガーが吐きだしたのは、生首だった。

 それは、上級魔族『針鼠』ドーマウスの首。ラクタパクシャの側近であり、留守を任せていた者の首だった……たった今、ドライガーに食われていたようだ。


「……ドーマウスくん」

『なかなか抵抗しましたけど、ボクの牙には敵わなかったようで』

「……ビャッコの差し金か?」

『ええ。主は今、領地の『鳥』たちを喰いに行っています。ふふふ、ダメじゃあないですか。七大魔将ともあろう方が、こんな雑魚に留守番させて、魔王様にお願いだけして人間界に行っちゃうなんて……獰猛な『虎』に、全てを喰われても仕方ないものですよ』


 ドライガーは、喉をゴロゴロ鳴らしていた。

 ドバトの額に青筋が浮かび、今まさに飛び掛からんとするが、ラクタパクシャが手で制する。


「なるほど……ビャッコは機会を伺っていたようだ」

『ええ。今、『冥狼』は完全に我ら『虎』の物になりました。次は『天翼』……いずれ、全ての領地を手に入れ、最終的には魔王を……なんてね』

「魔王様を、討つと?」

『ええ。あなた、知らないようだから教えてあげますよ。今、魔王様はかつての力を失いつつあります。魔王様のご子息、ご息女も知らないことですがね。あなたの領地がこんなに荒らされているのに、何もしてこないことが何よりの証拠です』

「…………そのようだな」


 ビンズイをチラッと見ると、頷いた。

 すでに『セキレイ』を無数に放ち、領地の確認をさせている。

 ラクタパクシャは、大きくため息を吐いた。


「ルプスレクス……こんな気持ちだったのか?」

『さて、ラクタパクシャ様。ボクはビャッコ様が戻るまで、ここを守らなくちゃいけないんですが……平和ボケした七大魔将様に、血に飢えた『虎』の一族であるボクを止められますか?』

「止める? ははは、馬鹿を言うな。止めるわけがない」

『はい?』


 ラクタパクシャが指を鳴らした瞬間、紅蓮の炎が一瞬でドライガーを包み込む。


『ギャァァァァァァァァァァァァァ───!!』


 再び指を鳴らすと、真っ黒に焦げた巨大虎がズズンと崩れ落ちた。


「たかが猫が、七大魔将を舐めるな。貴様は殺さん……殺してくれと懇願するまで焼く。ほうれ、さっさと怪我を治せ。すぐにまた焼いてやる」

『が、ァ……』


 ドライガーは、かつてルプスレクスの従えていた狼を何匹も食べた。上級魔族とも互角以上に戦えたし、自分の牙はルプスレクスにも届くと自負している。

 だが……七大魔将は、ケタが違った。

 ラクタパクシャはドライガーに近づくと、牙の一本を強引にへし折った。


「ドバト、ビンズイ。ビャッコが戻るまで、死なない程度に調理する。望みを言え」

「チョウワッ!! 今すぐ殺してください!!」

「それはダメだ」

「じゃあ……ああ、お腹をちょっぴり掻っ捌いて、腸をすこ~しずつ引っ張るのはどうです? で、腸を結んで蝶結びにするんです。ぐひひ、腸結びってか? 楽しいっ!!」

「いいな。ではそうしよう」


 ラクタパクシャはドライガーの腹に手を突っ込み、腸の一部を無理やり引っこ抜く。

 調子に乗りすぎた。

 妙な幻想でも見ていたのか、ドライガーはようやく「ここを任された」ことの重大さがわかった。

 果たして、ビャッコが戻るまでに、自分は生きていられるのだろうか。


 ◇◇◇◇◇◇


 その男は、身長三メートルを超えていた。

 鍛え抜かれた身体。上半身裸で、返り血を隠そうとせず血に濡れていた。

 逆立った髪は純白。肌は褐色で、瞳は濃い緑色。年齢は三十代ほどに見える男だった。

 手には、いくつもの生首を持ち、表情は歓喜に彩られていた。

 男が、ラクタパクシャの居城に入り、ドアを蹴破った。


「よぉぉ、ラクタパクシャぁ」

「……ビャッコ」


 七大魔将『破虎』ビャッコ。

 ラクタパクシャと同格の男が、嬉しそうに顔をにやけさせていた。


「貴様……何をしたかわかっているのか?」

「あぁ?」

「私は、留守を魔王様に任せていた。そしてお前は魔王様に守られていると知りながら、ここを襲撃した……つまり、魔王様に弓を引いたということだ」

「はっ……はは、ハーッハッハッハ!! 馬鹿かおめぇは!! 魔王だぁ? ンなモン、最初からここ守る気なんてねぇよ!!」

「何……」


 ビャッコは口を大きく開ける……ヒトの口ではあり得ないほど大きく開き、持っていた生首を全て口に入れ、ボリボリと咀嚼した。


「ああ、勘違いすんなよ? お前が魔王に嫌われてるから……ってワケじゃねぇ。魔王はすでに力を失ってる。もう、オレら七大魔将を御することもできないくらい、弱体化してんだよ!!」

「何だと……!?」

「ケケケ、これはチャンスと思ったね。そんなことも知らねぇ、気付いていねぇお前が、人間界にノコノコ出かけていく……隙だらけもいいところだ。忘れたか? オレら七大魔将は仲間じゃねぇ。仲良しこよしの軍団ってわけじゃねぇんだ。寝首かかれるくらい想定しておけよボケが」

「貴様……」

「すでに『天翼』の五割は『虎』のモンだ。オレの息子と娘が軍勢率いて滅ぼしにかかってる。まぁ……おめぇの相手だけはさせるわけにいかねぇから、オレがこうして戻ってきたわけだ」


 ビャッコは、ラクタパクシャの後ろに転がる生首……ドライガーを見た。


「やっぱドライガーじゃ無理だったか。まぁいい……お前の配下の上級魔族は、ほぼ始末した。あとはお前と、その後ろにいるザコだけ……ああ、この土地をオレのモンにしたら、次は人間界だ」

「……人間界だと?」

「ケケケ。決まってんだろ……魔界の三分の一がもう、オレ様の手に入るんだ。光栄に思え? お前ら『天翼』は、オレらの運搬係として残してやる。まずは魔界領地を掃除して、オレら『虎』の新たな領地とする。そして、人間界を徐々に攻めつつ、魔界も征服する。ケケケ……ようやくこの時が来た!! このビャッコが、人間界と、魔界を、征服する時が!!」

「間抜けが」


 ラクタパクシャは、冷たく言った。

 そこには、憐れみしかない。


「あぁ?」

「……ルプスレクスがいた頃。お前はそこまで目立つ存在ではなかったなぁ」

「……んだと?」

「お前は、狼の牙を恐れていた。だから七大魔将でありながら、凡庸であり、目立とうとしなかった。カジャクトのように、ルプスレクスを認め、挑むようなことは一度もなかった」

「…………」

「だが、ルプスレクスが消え、お前は調子に乗り始めたな。領地を占領し、力を誇示し……恐いルプスレクスがいなくなって誰よりも安心したのだろう? なぁ、ビャッコ」

「……テメェ」

「貴様など、怖くない。矮小な虎の牙なぞ、狼の牙に比べたら剣と楊枝ほどの差があるわ」


 ビャッコが大口を開けて威嚇。

 ラクタパクシャも翼を広げた。


「ラクタパクシャ。食い殺してやるよ」

「やってみろ。臆病者が」


 七大魔将同士。起きてはならない戦いが始まった。

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