脇役剣聖、驚愕する
「───……おっ」
手桶に亀裂が入った。
作ったばかりの高級手桶だってのに……木が痛んでたのかな。
俺は湯船から上がり、手桶を見る。
「あぁ~……こりゃ、作り直しだな」
手桶の底にビシッと亀裂が入っていた。
手も触れていないのに、いきなり割れるとは……まぁ、仕方ないか。
また新しいのを作ってもらうかね。
俺は風呂から上がり、髪を拭いて冷蔵庫から小瓶を出す。中身には冷えたエールだ。
蓋を開け、一気に飲み干す。
「っぷはぁ!! はぁ~……これのために生きている」
毎日同じセリフを言っているが、こう言いたくなるくらい、風呂上りの冷えたエールはヤバいのだ。
瓶をケースに入れ、ズボンとタンクトップだけの姿で脱衣所を出る。
手には手桶。忘れないよう、執務室に置いておくか。
そのまま、一階ロビーでのんびりしようと思っていると。
「遅いわよ、ラス」
「ラスさん、お久しぶりです」
「お? アナスタシアに──……ケインくん!? おお、久しぶりだなぁ!!」
「お久しぶりです。今回、アナスタシア様に仕事の依頼を受け、ギルハドレッド領地の鉱山開発に協力することになりました」
「そりゃ頼もしい……けど。おいアナスタシア、彼は団長の」
「知ってるわ。でも、それはそれ、これはこれは。彼は王都でいくつも商会を経営してる敏腕よ。今度新しく、発掘系の商会を作ろうとしていたから、声をかけたの」
「へえ……というか、知り合いだったんだな」
「私、商業協会のトップだからね」
アナスタシアは誇るわけでもなく言う。
ケインくんは「あはは」と笑い、真面目な顔になった。
「お風呂上りのところ、申し訳ございません。さっそく、いくつか確認したいことが」
「えーと……今じゃないとダメか?」
「ギルガの許可はもらったわ。ラス、座りなさい」
「……はーい。あ!! ケインくん、この手桶割れちまったんだ。また新しいの発注してくれ!!」
こうして、俺は風呂上りに仕事の話をすることになったのでした。
割れた手桶……よく考えると、これは『予兆』だったのかもしれない。
◇◇◇◇◇◇
翌日。
俺、サティ、エミネム、ヴォーズくんの四人で、ケインくんを連れて開発予定の鉱山へ向かった。
ケインくんには四人ほど護衛が付いている。中には、マルセイくんもいる。
ケインくんたちは馬車で、俺、サティ、エミネムは馬。ヴォーズくんは荷物運びということで、馬車に乗せてもらっていた。
俺は馬を馬車に寄せ、ケインくんに言う。
「もうすぐ到着するよ」
「はい。えーと……ここはトラペゾヘドロン鉱石が見つかった場所ですよね。いやー……まさか、ここで見つかるとは」
「トラペゾヘドロン……俺も驚いてる」
トラペゾヘドロンは、アダマンタイトとブラックメタル、ダイナモ鉱石をドロドロに溶かして混ぜ合わせると作ることができる『合成鉱石』だ。
人工的に作ることができる素材だが、天然物の硬度は人工物の数倍以上。オリハルコンに匹敵する硬度を持つ、希少な鉱石……それが、ギルハドレッド領地で見つかった。
「トラペゾヘドロン製の武器、防具があれば王国騎士団の部隊長クラスが持つ武器として使えるかも。一般的な冒険者、傭兵たちにも売り出すことができますしね。安定供給できれば、値段が下がり大勢の手に渡すこともできるかも……」
「商売人だね。あー……ところで、聞いていいかな」
「あ、手桶でしたら昨日のうちにいくつか発注しておきました。それと、王都の公衆浴場で流行している『サウナ』の建築資材も発注しておきましたので」
「ナニィィィィィィ!? けけ、ケイン様……あなた様は、神なのですか?」
「あはは。以前もらったルプスレクスの骨に比べたら、この程度」
「ケイン様……」
「さ、さすがに様はちょっと……えっと、手桶の件ですよね?」
あ、しまった……嬉しすぎて意識がおかしな方に行ってた。
俺は首を振り、真面目に言う。
「サウナの件は本気でありがとうございます。えーと……俺が聞きたいのは、団長とのことだよ」
「あー……特に変わりありませんね。相変わらず無視されてはいます。父上は、グレムギルツ公爵家を、エミネムの夫に任せる気満々ですね。今は、国内や他国の独身貴族から、エミネムに合う婚約者を探している最中です」
「結婚か……俺には考えられんな」
「同感です。結婚なんて意味ありませんよ。ボクは生涯独身でいいと思っています。近づいてくるのは金目当ての令嬢ばかりだし、仕事が終わって家に帰って、嫁や子供の相手までしなくちゃいけないなんて地獄ですね。日中は仕事、夜は自分のために使いたいです」
「ケインくん……わかる!! 俺も、夜は永遠に風呂に入りたいもんな」
「そ、そこまででは……」
「よし!! ケインくん、ここに『独身同盟』を!!」
「え、ええと……」
とりあえず握手。ケインくんは苦笑していた。
なんとなく、ケインくんの隣に座っていたヴォーズくんに聞く。
「ヴォーズくんは、結婚願望とかないの?」
「自分ですか? 自分、婚約者がいますので」
「「!?」」
ギョッとする俺、ケインくん。
ヴォーズくんは嬉しそうに、ポケットから『写真』という姿絵を見せてくれた。
そこに描かれていたのは、素朴そうな美少女だった。
「幼馴染です。今は王都で小さなパン屋の手伝いをしてまして……いずれ、王都じゃない、自然あふれる小さな村で、自分の店を持ちたいと。へへ……自分、騎士で稼いで、彼女のために店を作ってあげたいんです」
「「…………」」
なんか、めちゃくちゃ『独身同盟』が恥ずかしくなってきた。
ケインくんも同じなのか、視線を彷徨わせて落ち着きがない。
「あ、あー……その、うん。いい夢だな。その、ヴォーズくんが良ければ、ハドの村でパン屋やるか? いろいろ世話になってるし、土地とか建物とか、割引するぞ」
「ぼ、ボクも協力してもいい。パン焼きの機材とか、格安提供できる」
「え!! よろしいんですか!! おお!! さっそく彼女に手紙を書きます!! へへへ……もし、夢が叶ったら……自分、騎士を辞めて、ハドの村で警備の仕事がしたいっす!! あの素晴らしい村と彼女を守るために!!」
「「…………」」
あまりにも眩しく、俺とケインくんはヴォーズくんを直視できなかった。
◇◇◇◇◇◇
さて、最初の鉱山に到着したのだが──……なんだか、様子がおかしい。
すぐにエミネムが気付いた。
「ラスティス様。風が乱れています……何か、妙な気配が」
「……ああ」
俺はケインくんに馬車から降りないよう命令。護衛隊、マルセイくんに馬車を守ってもらうように命令し、俺とサティとエミネムは鉱山入口まで向かう。
「……いるな」
「えっと……すみません、あたしにはさっぱり」
「……います。下級魔族……魔獣、ですね」
魔族は、上級、中級、下級と分かれる。
そこら中にいる知能のない、数も種類も豊富で大した強さじゃないのが下級魔族。別名として魔獣と呼ぶ。
数が少なく、巨大で、ある程度の知能を持つめんどくさいのが中級魔族。
そして、ヒトの姿に近く、高い知能に魔力を持つのを上級魔族と呼ぶ。
この感じ、魔獣が鉱山内に住みつきやがったな。
「やれやれ。サティ、エミネム、退治しに行くぞ」
「はい!!」
「わかりました」
俺たち三人は鉱山内へ。
サティは手のひらを前に向けると、掌サイズの『紫電の玉』がふわりと浮き上がる。
「『
「おお、便利だなぁ」
「さすがサティさん。ありがとう」
「えへへ……」
電光はかなりの明るさだ。暗い鉱山内も昼間のように明るい。
サティ、雷の制御が本当にうまくなった。最初の頃、力を暴走させていたのが嘘のようだ。
そして、俺は立ち止まる……サティたちも気付いた。
地面に、血の跡があった。
「……動物の血だ。おそらく、餌だろうな」
『ゴルルル……』
聞こえてきたのは、獣の唸り声。
サティが青くなり、エミネムが剣を抜く。この狭い鉱山内じゃ同士討ちになる。
「待て。ここは俺がやる」
俺は『冥狼斬月』の柄に手の乗せる。
すると、明かりの届かない奥から、赤い目がギョロリと光った。
「ひっ」
「あれは……と、『虎』ですか?」
現れたのは、全長三メートルほどのトラだった。
動物のトラじゃない。頭に一本の角が生え、体毛が赤い……『レッドワイルド』っていう下級魔族だ。
レッドワイルドは唸り、俺に向かって飛び掛かって来た。
『ゴルルルァァァァァァ!!』
「『閃牙・
一瞬の抜刀。
上からの振り下ろし、下からの打ち上げを同時に繰り出すことで、獲物を上下から両断する『閃牙』の一つ……レッドワイルドは縦に両断され即死。
俺はレッドワイルドに近づいた。
「……デッドエンド大平原に少数生息している魔獣が、なんでこんな鉱山に」
その理由を知ることになるのは、もう少し先のことだった。
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