閑話④/その頃の王都
アルムート王国。王都アルムートにて。
フルーレは王城に入り、七大剣聖専用の大会議室へ向かった。
会議室にいたのはボーマンダ、ランスロット、ロシエル、そしてラストワンの四人。アナスタシアとラスティスは不在のようだ。
フルーレは自分が一番最後だったことに内心舌打ち……呼び出されてから速攻で来たのに、未だにラスよりも早く来れない。
フルーレが遅かったことを特に咎めもせず、ボーマンダは言う。
「ラスティス、アナスタシアはギルハドレッド領地で開拓作業をしているようだ。二人を呼び出している暇がないので、我ら五人で会議を始める」
「……開拓?」
フルーレがポツリと呟くと、ラストワンが言う。
「ラスの領地で、大規模な鉱山が見つかったんだとよ。で、大商人のアナスタシアが目ぇ付けて、開拓に奔走してるってワケらしいぜ。ラスも最近、いろいろやる気出してやってるみてぇだな」
「へぇ……」
「無駄話はそこまでにしろ」
ボーマンダに叱られ、フルーレは黙り、ラストワンはペロッと舌を出した。
「──最近、デッドエンド大平原の魔獣たちが、活発化している件だ。ランスロット」
「はい。ではここからは私が」
ランスロット。
ラスとの戦いで変わったと評判だ。どこか柔らかくなった、張り付けたような笑みを浮かべなくなったと言われており、ラストワンが何度か飲みに誘ったこともあるとかないとか。
ランスロットは、手元の資料を広げて言う。
「デッドエンド大平原。魔族たちに奪われた人間界の領地ですが……今は、中級~下級魔族たちが独自の生態系を築く不毛の大地となっています。かつての魔族たちの前線基地なども放棄され、知能ある上級魔族たちは存在しない土地……少しずつ、人間界の領地を取り戻しているのが現状です」
そこまでは、全員が知っている。
デッドエンド大平原は、時間さえかければ取り戻すことが可能だ。
「ですが……最近、魔獣たちが活性化しているとの報告がありました。斥候たちの集めた情報によると、主に活性化しているのは『虎』の魔獣……まるで、何かの前兆とばかりに、他種族の魔獣を喰らい、力を付けているようです」
「……『虎』か。七大魔将『破虎』ビャッコの種族だな」
ボーマンダが言うと、ラストワンが肩をすくめる。
「おいおいおい。前兆って、まさか『破虎』が人間界に攻めてくるとか? 勘弁してくれよ……『冥狼侵攻』の再来になるじゃねぇか」
「まだ、魔獣たちが活性化しているだけです。さすがに早計ですよ。それに、今の魔族たちは海を……『大海嘯』を越えることはできません」
「だけどよぉ……あーもう、めんどくせえ」
ラストワンが椅子に寄り掛かり、大きな欠伸をする。
ボーマンダが重々しい声で全員に言う。
「とにかく。今できるのは警戒のみ……デッドエンド大平原から人間界に、魔獣が入らないように前線基地に通達せよ」
「かしこまりました。団長、前線基地では魔獣との戦いが日常化しています。一度、我々七大剣聖が出向き兵たちを激励するのもありかと」
「……ふむ」
ランスロットの案に、ボーマンダが少し考え込む。
以前だったら「何を企んでいる」と思うこともあっただろう。
だが、ボーマンダもランスロットも、変わりつつあった。
「いいだろう。ワシ自ら出向く……久しぶりに、『神撃』のボーマンダの力を、虎共に見せてやろう」
「団長自ら、ですか」
「うむ。ランスロット、ワシが不在の間、
「───……わかりました」
両騎士団。
それは、アルムート王国騎士団と、アロンダイト騎士団のこと。
ボーマンダが、アロンダイト騎士団を認めている。
すると、フルーレが挙手。
「団長。私も同行させてください」
「……理由は」
「団長の戦いを勉強させてください」
ラストワンが「ピュウ」と口笛を吹いた。まっすぐな目をしたフルーレを見て、ボーマンダはニヤリと口元を歪める。
「いいだろう。では、出発は三日後とする。準備を整えておくように」
「はい!!」
こうして、フルーレとボーマンダは、デッドエンド大平原と人間界の国境、前線基地に出向くことになった。
◇◇◇◇◇◇
フルーレは準備のため、会議室を出て部屋に戻ろうとした時だった。
「よ、フルーレちゃん」
「ちゃん付け、やめて」
ラストワンが軽薄そうな笑みを浮かべ、片手をひょいと上げた。
フルーレは視線も合わせずに通り去る。
だが、ラストワンが隣に並ぶ。
「つれないね。せっかく面白い話、用意したんだけどな」
「……私、あなたのことそんなに好きじゃないから」
「はっきり言うな……ちょい傷つくぜ」
ラストワンは苦笑。
フルーレは、ようやくラストワンをジロっと見た。
「ラスのこと、聞きたいか?」
「……」
「お、興味あるか? 実は、アナスタシアから面白い話聞いたんだよ。それに、サティやエミネムのこともな。あの二人、ラスに鍛えられてかなり強くなったみたいだぜ?」
「だから? 私も、昔のままの私じゃないわ」
「はっはっは。面白い話ってのはここからだ……いいか、内緒で頼むぜ? 実は、ラスのところに上級魔族が現れた。で、客として過ごして、土産もって帰ったとさ」
「…………は?」
意味のわからない話だった。
ラスの元に上級魔族が現れ意気投合。しばらく過ごし、土産に大量の酒を持って帰った。
どういうことなのか、フルーレは首を傾げる。
「それ……今回の、魔族が活性化してる件に関係ある?」
「さーな。完全に無関係とは言えねぇだろ」
「……ラスティス・ギルハドレッド。何を考えてるの?」
「さーな。でも、一つだけわかるのは、ラスが上級魔族と意気投合したってことだ。あいつが心を許すなら、きっとそいつらはいい連中だってこった」
「……信頼してるのね」
「そりゃな。あいつ、俺の剣の師だし、まあ……育ての親みたいなモンだしな」
「……ふーん」
フルーレは、少しだけ羨ましかった……絶対に顔には出さないが。
そして、ラストワンをジロっと見る。
「私、あなたには何の秘密も教えたくないわね」
「そりゃ光栄。でも、アナスタシアがオレに言ったってことは、フルーレちゃんには伝わるって知ってるからだと思うぜ。この話、団長やランスロットにバレたらヤバいしな」
「……それ、私がバラす可能性、あるわね」
「言わないね。黙っててくれ、って言ったらフルーレちゃんは絶対に言わないさ」
「……」
それだけ言い、ラストワンは曲がり角を曲がった。
「じゃ、そんだけ。あー、今回の仕事終わったら、ラスのところ行ったらどうだ? サティたちも、フルーレちゃんに会いたいって言ってたらしいぜ」
「…………」
ラストワンの背を見て、フルーレはポツリと言う。
「……近いうち、行くつもりだったし」
どこか、気恥ずかしそうな、そんな一言だった。
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