脇役剣聖、いつもの日常

 さて……上級魔族の襲来翌日。

 めちゃくちゃ忙しかった。村の復興、炊き出し、被害の確認……そして、復興の準備。

 もう風呂に入る余裕もない。せっかく一番に修理したのに……!!

 というわけで、俺は王国に送る報告書や、支援に関する事柄を必死に書いていた。

 屋敷の近くに、臨時の領主邸……というか、小屋を作った。そこでギルガと書いている。


「おいギルガ、無茶すんなよ」


 ギルガは、利き腕を失った。

 だが、残った手で器用に書類を書き、まとめている。


「オレは両利きだ。それに、ケイン殿が義手の手配をしてくれた。両腕がないと、シャロを抱き上げられないからな」

「というか、昨日の今日じゃねぇか……あんな血ぃ流してたくせに、タフな奴だな」

「それが取り柄だ。ほら、手を動かせ」

「へいへい」


 そういえば……ケイン、だっけ。


「な、あのケインとかいう坊ちゃん、なんでここに来たんだ?」

「お前に会いに来たそうだが」

「……団長の息子ね。ってか、ヤバイよなあ……俺、団長に喧嘩売っちまったんだよ」

「は?」

「いろいろあってさ……あー、考えること多いのに、マジでどうしよう。多分だけど、また王都に呼ばれる気がする」

「……お前という奴は」


 ギルガが呆れていた。そして、窓を見て言う。


「そういえば、サティたちはどうした?」

「村を見回って、手伝いやら炊き出ししてる。というか……あの三人、なんか仲良くなってんだよ」

「いいことではないか」

「まぁ、そうだけど……フルーレもエミネムも、そろそろ帰らないとマズいと思うんだよな。サティ、別れる時にエンエン泣いたりして」

「……その時は、撫でてやれ」

「お? シャロで経験済みか?」

「殴るぞ」

「お、怒るなって」


 まぁ……とにかく、今は仕事が山積みだ。さっさと書くこと書いて、風呂入ろう。


 ◇◇◇◇◇◇


 ◇◇◇◇◇◇


 サティたちは、村で炊き出しを手伝っていた。

 大鍋をいくつも並べ、大量のパン、そして肉野菜の煮込みスープを配っていく。

 

「はい、熱いから気を付けてくださいね」

「おお、ありがとよ」


 サティ、エミネムが配膳し、フルーレはスープをかき回す。

 サティはエミネムに言った。


「それにしても、エミネムのお兄さん、すごいですね。あっという間に、こんな大量の食材やパンを用意したり……」

「明日には、住居復興のための資材や、大工が来るらしいわよ」

「へぇ~……頼れるお兄さんですね!!」

「……え、ええ」

 

 エミネムは曖昧に笑った。

 ちらりと視線を向けると、護衛のマルセイを連れ、今朝がた到着したマルセイの『個人的な付き合い』のある商人と何かを話している。

 兄が、グレムギルツ公爵代理という立場を利用して、いろいろ商売をしていることをエミネムは初めて知った。その理由は聞いていないが……なんとなく、推察できる。

 すると、ケインがこちらに来た。


「サティちゃん、フルーレさん、エミネム、お疲れ様。うちの商人たちが代わるから、きみたち全員休んでくれ」

「はい!! ありがとうございます!!」

「そうさせてもらうわ。ふぅ……喉、乾いた」

「……あの、兄さん」

「ん?」


 エミネムは、久しぶりに兄に話しかけた。

 こうして自分から話しかけるのは何年ぶり……いや、何度目だろうか。

 ケインは、何の感情もなさそうに返事をして、エミネムを見た。


「その……少し、お話できますか?」

「いいよ。じゃあ、あっちで話すか。マルセイ、ここの指揮は任せた」

「おう。わかった」


 少し離れた岩陰に、エミネムとケインは来た。

 エミネムは、何を言おうか迷った……どうしてここにいるのか? そして、なぜこんな支援をするのか。

 すると、ケインが言う。


「それにしても、なんでお前がここにいるんだ? 第一部隊はどうした? このこと、親父は知って……ないな」

「……いえ。お父様は知っています。というか……私の意志で来ました」

「ん?」

「本当は、自宅待機でした。でも……ラスティス様のお役に立ちたくて、無断で来ました」

「ほー、思い切ったな。お前、親父に逆らうようなタイプじゃないもんな」

「……そういう兄さんこそ、なぜここに? それに……支援も」


 ケインは「ははは」と笑った。


「ま、先行投資って意味もあるけど、純粋に『助けが必要だから』助けてるだけだ。見ての通り、村はほぼ壊滅状態、明日食うモンすらない状態だ。グレムギルツ公爵代理って名乗った以上、支援するのは当然だろ」

「……先行投資、とは?」

「ラスティス・ギルハドレット男爵。彼には何かある。まぁぶっちゃけ、面白そうだからさ」

「面白そう?」

「ああ。見ての通り、ボクは公爵代理の権限を使って、自分だけの商会をいくつも経営してるし、各地にいろんなコネもある。知ってるか? 王都で人気のワイン工房『クロムルージュ』……あれ、ボクのブランドなんだぜ」

「……そ、そうなんですか? というか、なぜそんな……お金に困っているんですか?」


 ケインはポカンとして、すぐに大笑いした。


「あっはっは!! 違う違う。決まってんだろ? 家を追い出された時、金がないと生きていけないからさ」

「……それは」

「グレムギルツ公爵家。いずれは、お前が引き継ぐだろ。親父がお前に立派な婚約者を見つけて、お前の夫に爵位を継がせる。その時に邪魔になるのはボクだ。ま、殺されはしないと思うけど、家を放り出されるだろうな」

「…………」

「ああ、お前を責めてるわけじゃない。お前じゃどうしようもない問題だしな。それに、もう下地はできてるから、いつ追い出されても問題ない」

「……その」

「ま、ギルハドレット男爵とつながりを持っておけば、後々役立つかもってことだ。さて、そろそろ仕事に戻るか。お前もゆっくり休めよ」

「……はい」


 ケインは手を振り、マルセイの元へ。

 残ったエミネムは岩に寄りかかる。


「……婚約者、か」


 兄は、自分の道を自分で決め、自分の足で歩いている。

 対して自分は? 決められた道を、ただ歩いているだけ。

 ほんの少しだけ反抗もした。でも……その反抗も、そろそろ終わる。

 いつまでも、ここにはいられない。

 でも……エミネムは思う。


「……ラスティス様」


 ラスティスを思うと、エミネムの胸がキュっと締め付けられる。


 ◇◇◇◇◇◇


 ◇◇◇◇◇◇


 数日後。ケインくん……まぁ、くん付けでいいからケインくんって呼んでいる……の支援のおかげで、村の復興が始まった。

 大勢の大工が住居を立て直している。

 そして、俺の家も……俺はケインくんの元へ行く。


「ケインくん、一つお願いが」

「はい、なんでしょう?」

「その……俺の家、風呂をもっと広くして欲しいんだ。で、天井は吹き抜けにしてほしい。あー、岩風呂とかサウナも憧れるな……」

「は、はあ……」

「頼む!! 金はヘソクリで払うから、でっかい風呂を作ってくれ!!」

「あ、あはは……えっと、妹が世話になったみたいだし、お任せください」

「……ありがとうございます!!」


 人生で、これほど感謝したことはあるだろうか……それくらいの勢いで頭を下げた。

 と……忙しくて聞く暇なかったけど、ちゃんと聞かねば。


「ところで、なんでこんなによくしてくれるんだ?」

「もちろん。困ったらお互い様……ではなく、ラスティス・ギルハドレット男爵。あなたに興味があるからですよ」

「え? あー……すまん、俺はそっちの趣味はなくて」

「ち、違います!! まぁ、商人、貴族としての勘です。あなたと仲良くしておけば、いろいろと面白いことになりそうだから」

「……はあ」


 ケインくんはウインク……マジでそっちの趣味が?

 ケインくんは「では、お風呂はお任せください」と言って行ってしまった。

 喜んで小屋に戻ろうとすると、フルーレがいた。


「私、一度帰るわ。上級魔族についての報告もあるし……あなた、団長と喧嘩したんでしょ? 私の方でも報告書を提出するから安心なさい」

「お前……最高だな!!」

「ふふ、当然。ああ、それと……」


 と、フルーレは俺の襟をつかみ、グイっと引っ張る。

 顔が近づき、フルーレは不敵な笑みを浮かべた。


「あなたのこと、本気で気に入ったわ。いずれ倒すとして……必ず、絶対、近いうちに来るから。それまで、楽しみにしてて」

「……お、おう」

「じゃあ、またね」


 フルーレは軽く手を上げ、去っていった。

 なんというか、男前だ。顔はすっごく可愛いけど。

 すると今度はエミネムだ。フルーレと違い、なんだか暗い。


「あの、ラスティス様……その、私も一度、王都に帰ります」

「そっか……お前にはいろいろ助けられたよ。お前がいなかったら、間に合わない場面が多かった」

「そ、そんな。私は移動のお手伝いをしただけで」

「ははは。ありがとうな。お前が望むなら、また来てくれ」

「……はい」


 エミネムに手を差し出すと、俺の手をぎゅっと両手で握る。

 ほんの少しだけ、涙ぐんでいるように見えた。


「あ……こんなこと言っていいかわからんけど、団長に怒られたら俺が攫ったって言え。きっと本気にすると思うぞ?」

「ふふ、そうかもですね。あの……本当に、攫ってもいいですよ?」

「ははっ、団長に殺されちまう」

「……冗談じゃないですけどね」


 エミネムがボソッと何かを言ったが、よく聞こえなかった。

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 フルーレも、エミネムも帰って行った。

 その日の夜。俺は仕事を終え、一人で夜の空を眺めていた。

 場所は小屋の裏。ベンチに座り、のんびりしていると。


「師匠」

「ん、サティか」

「えへへ、星空鑑賞ですか?」


 そう言い、サティは俺の隣に座る。

 しばし、二人で夜空を眺めていると……サティは言う。


「あの、師匠……あたし、ほんっと弱いですよね」

「ああ。でも、お前はちゃんと弱さを自覚してる。強くなるには大事なことだ」

「……はい。師匠はすっごく強かったですけど……その」

「俺にもあったぞ。弱った時」

「……!」

「毎日、死ぬ気で剣を振った。そのおかげで、今の俺がいる」

「……師匠」

「サティ。お前は強くなる。今は復興で忙しいけど……落ち着いたら、また鍛えてやる」

「はい!!」

「で、いずれは……」

「え?」


 いずれは、俺の代わりに七大剣聖に。

 まぁ、今は言わなくていい。そう思い、俺はもう一度夜空を見上げた。

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