第二章

脇役剣聖、大喜び

 上級魔族の襲来から一か月が経過……村はほぼ復興し、今では普通の生活に戻りつつある。

 そんなある日……俺は、朝からウキウキしていた。


「師匠、嬉しそうですねー」

「ふっふっふ……まぁな」


 建て直した俺の屋敷は、前よりも広くなった。

 前は空き部屋だったサティも、今は自分好みにしてもらった間取りの部屋で暮らしている。

 俺はまぁ、寝れればどうでもいい。執務室がちょいと広くなったくらいかな。

 俺が興奮している理由は別にある。


「はぁ~……いよいよ今日だな」

「お風呂、完成ですね!!」

「ああ……ふ、ふふ、ふふふ」

「……師匠、ちょっとキモイです」


 窓を開けて屋敷の隣を見ると、屋敷より小さいが立派な建物があった。

 そう……ここは風呂!! 風呂だけの建物だ!! 屋敷と渡り廊下でつながった、まさに俺理想の風呂である!! 風呂!! 何度でも言う、風呂だ!!

 顔がにやけてしまう。すると、屋敷のドアをノックし、ケインくんが入ってきた。


「おはようございます。ラスさん、風呂が完成したみたいです」

「よっし!!」

「……師匠」


 おいサティ、そんな目で見るな。

 さっそく、俺とサティとケインくんの三人で、渡り廊下を通って風呂場へ。

 

「……あれ?」


 ふと気づいた。

 風呂場の入り口に、『男湯』と『女湯』の暖簾があった。


「男湯、女湯? 男女別にしたのか?」

「ええ、あれ? 図面は渡したはずですけど」

「要望書だけ出して見なかった。今日、ここで見る楽しみのために」

「そ、そうですか」

「師匠……」


 だから、そんな目で見るなっつーの。

 まぁいい。とりあえず、三人で男湯へ。


「脱衣所……けっこう、狭いですね」


 サティが言う。

 そりゃそうだろ。ここ、俺の屋敷だし……俺以外使わんしな!! 

 それでも、脱衣カゴは三つあるし、王都にしかない、水を自動でくみ上げる『蛇口』もある。

 

「これ、蛇口ですよね。『魔道具』の……高級だったんじゃないですか?」

「そうですね。でも、うちの商会で扱ってる商品の一つなんで、遠慮しないでください」


 サティの質問に、ケインくんは笑顔で答えた……いい人だ。

 さっそく浴場へ。ドアを開くと……そこは、新世界でした。


「おおおおおおおおおおおおお……」

「ラスさんの要望通り、内風呂は広く、ヒッバの木で作り上げました。床は深海石を削りだした特注で、シャワーはもちろんお湯が出ます。こちらも魔道具です。お湯は地下水をくみ上げ、魔道具で熱して蛇口から出ます。温度はこのツマミを捻って調整できますので。排水は、地下に敷いたパイプを通って、近くの川に流れます。排水の過程で、お湯はパイプ内で浄化されますので、河川が汚れることはないのでご安心ください」

「あれ、こっちにもドアが……」

「ああ、そちらは───」


 ケインくんがドアを開けると、そこは『露天風呂』だ。

 天井吹き抜けで、夜になると星空が良く見える、素晴らしい環境だ。


「岩風呂です。床と同じ深海石を使っています。内風呂よりは狭いですけど……」

「う、うぅ、うっ……」

「あ、あの……」

「し、師匠……泣いてるんですか?」


 そりゃ泣くだろ……こんな素敵な風呂を作ってくれるなんて!!

 俺はケインくんの腕を掴む。


「うわっ!?」

「ケインくん!! ありがとうな……本当に、ありがとう!!」

「い、いえ」

「ああ、お礼しないと。ちょっと待ってて」


 俺は、地下倉庫へ向かい、隠していた『お宝箱』を開ける。

 この宝箱は、俺の宝物が入っている。特別製で、俺が持つ鍵でしか開かない。

 俺は、小さな包みを持ってケインくんの元へ。

 リビングに移動したケインくんに、包みを渡した。


「お礼だ。受け取ってくれ」

「えっと……これは?」


 ケインくんが包みを開くと、手で包めるくらいの大きさの、『銀色の塊』があった。

 

「それは、『冥狼ルプスレクス』の骨だ」

「え」

「昔、首はランスロットが狩ったんだが……身体は全部、俺がもらったんだ。ランスロットが所有権を放棄したからな。こいつは、その時の骨の一部だ」

「え、ちょ、ま、マジですか?」

「ああ。それだけの量でも、粉末にして金属と混ぜて武具を作れば、たぶんオリハルコン以上の硬度になると思う」

「……わぉ」

「す、すごいです。ルプスレクスの、骨……あたし、初めて見ました」


 ケインくんは青くなっていた。

 そして、骨を大事に包み、震える手でポケットへ。


「あ、あの……こんな値段が付かないような物、本当にいいんですか?」

「構わない。それくらい、俺にとって最高の風呂だからな!!」

「は、はあ……これだけのお宝見せられたら、この風呂でも足りない気がしてきました……あはは」


 こうして、我が家に最高最強の『風呂』が完成した!!

 あ、ちなみに……俺の屋敷だけだと不公平らしいので、ケインくんは村の真ん中に新しい『公衆浴場』を建設し始めた。なんでも『ルプスレクスの骨なんて貴重品、ラスさんの風呂だけじゃ全然足りないので』とか……まぁ、村人たちの癒しになれば、それでいい。

 

 というわけで、風呂が完成した!!


 ◇◇◇◇◇◇


 さて、風呂を試す前に……ここ最近の日課だ。

 俺とサティは、屋敷を建てるついでに整備した裏庭へ。そこで、サティは目を閉じて集中。

 集中し、右手で剣を抜刀。一瞬だけ剣が輝くと、薄紫色の球体が切っ先から飛び出した。


「『雷磁界マグネガ』!!」


 球体が、磁力を含んだ岩石を吸い寄せてくっつける。薄紫色の球体は、サティの右手に持つ剣と細いラインでつながった状態で、サティはそのまま剣を持ち上げ、岩石を上空へ。


「はい、そのまま左の剣」

「はいっ!!」


 サティは左手で剣を抜き、紫電を一気に溜めて───剣を振る。

 すると、剣から紫電の光線が放たれる。


「『雷滅砲ジガ・トール』!!」


 放たれた光線は、宙に浮かぶ岩石を粉々に砕いた。

 パラパラ落ちてくる破片……そして、サティは肩で息をする。


「ど、どう……です、か」

「威力は申し分ない。でも、力のタメが長いのと、磁力と雷の切り替えがお粗末すぎる。そのせいで余計に疲労してる感じがあるな」

「うぐぅ……あの師匠、この切り替え、難しいですぅ」

「うーん……こういう繊細なことを教えるの、俺向きじゃねぇからな。アナスタシアなら得意なんだが」

「アナスタシア……序列五位の七大剣聖ですね」

「ああ。あいつ、ああ見えてクソ忙しいからな……まぁ、弟子も多いし、ちょっと指導できそうなヤツ、探してもらうか?」

「えー、でもあたし、師匠から習いたいですー」


 とは言ってもなぁ。

 自然系の『神スキル』の指導自体、俺向きじゃないんだよな。


「とりあえず、今日はここまで」

「うー……はぁい」

「よし風呂だ!! メシの前に風呂!!」

「……師匠、本当にお風呂好きなんですね」


 そりゃそうだ。風呂は命の洗濯って言われるくらいだしな。意味はわからんけど。


 ◇◇◇◇◇◇


 そして───……ついに俺は、風呂へ来た。

 風呂へ向かう渡り廊下のドアを開け、ゆっくりと進む。


『ふいー!! めちゃ気持ちいいですー!!』


 サティはすでに風呂を満喫している。

 ふふふ……俺が遅くなった理由は、大工さんにお願いした最高級の『風呂桶』と『風呂椅子』を、そして村で最も手芸が得意なマーサ婆さんから新しい『手拭い』をもらいに行ってたからだ!!

 

「ふふふ。風呂風呂~っと……ふふふ~ん」


 鼻歌を口ずさみながら渡り廊下を歩き、『男湯』とか書かれた暖簾を眺める。


「素晴らしい……ふふ、ふふふ、ついに我が家に立派な風呂が」


 さて、いざ……楽園へ!!」


「お、いたいた。おいラス、アルムート王家から手紙が届いてるぞ」


 と……いざ暖簾を潜ろうとした時、ギルガが現れ俺に手紙を差し出した。


「……後で」

「重要と書かれている。ただちに開封しろ」

「…………」


 アルムート王国……くだらない内容だったら、マジで許さんからな!!

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