そのころ、サティは①
七大剣聖が会議をしている頃、サティは王城内を歩いていた。
久しぶりの王城。向かうのは『アロンダイト騎士団』の執務室。
変わっていない道中の光景に、サティは少し緊張しつつも進む。サティの胸には、イフリータからもらった『アロンダイト騎士団』の騎士証があった。
そして、到着。
「懐かしい~」
まだ一年も経過していないのに、サティには別世界に見えた。
訓練場は少し離れているため、執務室には一人の気配しかない。
ドアをノックすると、「入れ」と聞こえてきた。
「し、失礼しま~す……」
「なぜそんなか細い声を出す。やかましいのはお前の取り柄だろうが」
「イフリータ!! えへへ、なんか緊張しちゃって」
赤いショートヘアの少女、イフリータが執務室にいた。
サラサラと羽ペンを動かし、深紅の瞳は文字の羅列を追っている。
山積みの書類……忙しいのだろう。
「い、忙しいかな。その、ごめん……出直すね」
「別に問題はない。この程度の執務はいつものことだ」
「……イフリータ」
なんとなくわかった。
イフリータは、かつてのイフリータではない。言葉で説明できないが、不思議な存在感や威圧感を感じていた。
だがそれは、イフリータも同じ。
羽ペンを置き、ようやくサティを見て……フッと微笑んだ。
「強くなったようだな。だが、私の方が強くなった」
「そ、そんなことないし。私だって、上級魔族と戦ったし、勝ったし、強くなったし!!」
「……ふ。座れ、茶を淹れる」
「うん。みんなは……訓練かあ」
「ああ。アルムート王国騎士団との合同訓練で、明日まで戻らん」
「騎士団との合同訓練……そんなこともやるんだ。あれ、イフリータは?」
「私はお父様の執務手伝いもあるし、個人訓練を受けているから参加しない」
イフリータは茶を淹れ、サティの前に出す。
サティの前に座り、紅茶を飲んだ。
「サティ。お前も『臨解』と『神器』を手に入れたのだな」
「……うん。メチャクチャ強いよ」
「ふ……私もだ」
すでに、サティを『戦う相手』として見ていた。
サティもそれを感じ取り、カップを置いて言う。
「前は引き分けだった。でも、今回は負けないよ」
「今度は、私が勝つ……勝負だな、サティ」
「うん!! えへへ……イフリータ、今日はどこに泊るの?」
「……普通にアロンダイト騎士団の寮に戻るが」
「あのさ、あたしの宿でお泊りしない? せっかくだし、一緒にお風呂入ったり、ご飯食べたり、お菓子食べてお喋りしたいな。エミネムさんやフルーレさん呼んでさ、『神スキル女子会』しよっ!!」
「なんだそのネーミングは……」
二人で笑い合っていると、ドアがノックされた。
イフリータが「入れ」と言うと、一人の少年が敬礼。
「失礼致します!! イフリータ総隊長、書類をお持ちしました!!」
「ああ、わかった。ん? ……キミはアルムート王国騎士団の訓練に参加しなかったのか?」
「は、はい。自分、十日前に特別入隊をしたルシオと申します!!」
「ああ、そうか。キミが噂の……」
「ん、噂? イフリータ、誰?」
「……ぁ」
ルシオは、サティを見て硬直……動かなくなった。
そんなことにも気づかず、イフリータは言う。
「彼はルシオ。お前と同じ十六歳で、アルムート王国騎士団の入隊試験で『神スキル』が発現した。お父様かボーマンダ団長の預かりになるか決めるまでは、城内待機となっている」
「神スキル!! へえ~……あ、ルシオくんだっけ。あたしはサティ!! えっと、元アロンダイト騎士団で、今はギルハドレッド領地にいるんだ」
「…………」
「ルシオくん?」
「ふぇ!? あ、は、はい!! るる、ルシオです!! その、じゃ、若輩ですが……えと」
「あはは、緊張しなくていいよー、同い年だし、同じ『神スキル』持ちだし、よろしくね!!」
「は……はい!!」
ルシオは頬を染め、何度も何度もお辞儀する。
サティは笑い、イフリータはやや不審そうな顔をする……二人とも鈍いので、ルシオがサティに『一目惚れ』したなんて、考えもしないのだった。
◇◇◇◇◇◇
ルシオ。
平民であり、母親と二人暮らし。
母は毎朝パン屋の仕事に出かけ、ルシオはそんな母親に楽をしてもらいたいと願い、アルムート王国騎士団の兵隊試験を受け合格した。
だがまさか、試験中に『神スキル』が発現……幸運なことに、特別入隊となった。
剣すら握ったことのない少年が、まさかの『隊長候補生』としての入隊。
給料は新兵の数倍。訓練は厳しくなるだろうが、ルシオは嬉しかった。
「母さん、ボク、『神スキル』が発現したんだ!! 母さん、これで母さんに楽をさせてあげられる!!」
「ルシオ。ありがとう……でもね、母さんはルシオが怪我をしないで、無事に過ごしてくれたら、それでいいんだよ」
「でも、ボクは母さんにもっと楽をして欲しい。美味しい物を食べて、旅行したり、もっと笑って欲しいんだ」
間違いなく、ルシオは母親似だった。
心優しい少年。父親譲りの淡いクセのついた白に近い水色の髪、戦いとは無縁の世界で生きてきたので身体つきは細く、どちらかと言えばひ弱な部類に入る。
顔立ちは母親に似た美少年だが……どこか頼りなさげ。
でも、ルシオはやる気に満ちていた。
「母さん、ボク……頑張るよ!!」
ルシオの輝く瞳を見て、母は入隊を許可するのだった。
◇◇◇◇◇◇
ルシオは、初めて恋をした。
サティ。輝くような銀髪、ルシオに向けた柔らかな笑顔。
胸が高鳴った。もう一度、見たいと思った。
「……サティさん、かあ」
また会いたい、そう思った。
ルシオは胸を押さえ、サティの笑顔を思いだして胸を熱くし、そのまま歩き出すと。
「よっ」
「───っ!! お、お疲れ様です!!」
目の前に、いきなり現れたのは、七大剣聖の一人ラスティス・ギルハドレッド。
英雄。平民の間では、生ける伝説の剣士。
ルシオは、全力で敬礼した。だがラスティスはルシオの肩をポンポン叩く。
「ルシオだったか。今日からお前は、俺の弟子だ」
「…………はい?」
「団長から聞いた。特別入隊した神スキル持ちの少年がいるってな。ふっふっふ……ルシオ、お前は俺が鍛えてやる!!」
「…………あ、ありがとう、ございま、す?」
すぐに事態を飲み込めず、ルシオは困惑したようなお礼を言うのだった……が。
「あ、師匠!!」
「ッ!!」
「ん? おうサティか。会議終わったぞ、メシ食いに行くか」
「はい!! あれ? ルシオくん?」
「え、えと……さ、サティさん」
「……んん? ほうほう」
サティを見て顔を逸らし、頬を赤くするルシオを見て、ラスティスはニヤリと笑う。
「ああ紹介しよう。俺の一番弟子のサティだ。サティ、今日からルシオは俺の弟子になったから」
「え、そうなんですか? えへへ、よろしくねルシオくん」
「は……はい」
全てを察したラスティスは、ルシオの肩を叩いて言った。
「サティと一緒に修行、楽しみにしておけ」
「……」
ルシオは真っ赤になり、俯いてしまうのだった。
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