閑話⑧/虎の雄叫び
デッドエンド大平原の奥地にある魔族の基地にて。
現在、ここは『破虎』ビャッコの仮住まいとなっている。
基地の周囲には、ビャッコの眷属でもある『虎』の魔獣が終結していた。
その数、実に五千。
デッドエンド大平原に元から住んでいた魔獣が一斉に消えたのは、この『虎』たちが食事を求めて狩りをしたせいであり、今ではデッドエンド大平原には『虎』の魔獣しか存在していない。
前線基地の会議室には、四人の上級魔族が集まっていた。
「で、いつ人間界行くの?」
上級魔族『猛虎四凶』の一人、キュウキが頬杖をついたまま言う。
片手で頬杖、もう片手で自身のポニーテールを指に絡めていた。
その問いに答えたのは、キュウキの弟、トウテツ。
「くひっ……キュウキ、親父の言ったこと、忘れたのかよ」
前髪が隠れた、陰気そうな青年にしか見えない。だが、口元に見えるのはギザギザした牙。
トウテツが言うと、キュウキは舌打ちする。
「わかってるし。あたしが言いたいのは、いつ行くかってこと」
ムスッとした物言いに、姉のコントンがため息を吐く。
「さすがのお父さんでも、今の戦力だけで人間界を掌握できるとは思ってないわ。こっちの戦力はあたしたち四人とお父さん、そして虎が三千……できても、一つの国を落とすくらいね」
「そりゃそうだけど~……で、どこ行くの?」
「簡単よ。人間界で一番大きな国を落とせばいいの……人間界で最大の、アルムート王国」
「おお、そりゃいいね」
キュウキはニコニコし、コントンは苦笑する。
「あのねぇ……アルムート王国には、あの『冥狼』と一騎打ちして破った人間がいるのよ? キュウキ、あなた知ってるでしょ? 『冥狼』の恐ろしさを……」
「そりゃまあ……」
「だから、慎重に、確実にいくの。ね、トウコツ」
「……ああ」
四兄弟で一番上の兄、トウコツ。
若々しいビャッコ、という表現がぴったりの青年は、組んでいた腕を外す。
「人間たちも馬鹿ではない。我々『虎』がデッドエンド大平原に集結しつつあることに気付いている。オレたち、そして親父がすでにいることもな……恐らく、戦力を集め、進軍してくるはずだ」
「わお!!」
「だからこそ───……敢えて、真正面からぶつかる」
「え……ちょ、マジ?」
喜んだのも束の間、キュウキは苦い顔をする。
「人間が入念に準備をした兵士たちを、オレたち『虎』が圧倒的な力で打ち破る……そうなればもう、アルムート王国は落ちたも同然だ。最終的にはアルムート王国を乗っ取り、そこに『虎』の楽園を作る。あとは、周辺国を順々に落としていけばいい」
「なーるほど。一番でっかい国を完膚なきまで叩きのめして、周辺国に『あたしら最強!』って見せつけるんだね」
「そういうことだ」
キュウキは納得したのか、ウンウン頷いている。
すると、トウテツが言う。
「なあ兄貴。親父はマジで何してるんだ? 理由はわかったけどよ、こんな平原の奥じゃなくて、人間たちを迎え討ちやすい平原に移動するべきじゃね? 虎たちの餌だってもうないし、『鳥』たちは帰りの運搬で必要だし」
「……親父は、力を貯めている。オレたちにはない、七大魔将だけが持つ力、『
「……納得」
トウテツが肩を竦めると、コントンが言う。
「兄貴。ラクタパクシャは? 一緒に連れてきたんでしょ?」
「彼女は、親父が監禁している。何やら利用価値があるとか……よくわからん」
「ふぅん。『鳥』の一族もだいぶ減ったし、七大魔将の一人とはいえ、ちょっとかわいそうだね」
「同情はするな。『虎』らしくないぞ」
「はぁい」
しばし、四人で雑談していると……会議室のドアが豪快に開かれた。
トウコツ、コントン、トウテツ、キュウキの四人は一斉に顔を向け、椅子から降りて跪く。
現れたのは、ビャッコだった。
ビャッコは、会議室に用意させた、魔獣の骨で作った玉座にどっかり座る。
「人間たちが戦力を集めている。攻め込むぜ」
「「「「!!」」」」
「トウコツ、コントン、トウテツ、キュウキ。お前たちに『虎』を千ずつ預ける。やりたいように暴れさせて、人間たちを食い殺せ。ククッ……そろそろ虎たちも飢え始めたころだ」
「親父……虎たちが飢えるのを待っていたのか」
「ああ。人間の肉は極上の味だ。虎たちも満足するだろうさ」
ビャッコはニヤリと笑い、右の五指をベキベキ鳴らす。
「人間どもを蹂躙したら、次は魔界……喜べお前たち、見えてきたぞ……我ら『虎』が、人間界も、魔界も、全てを征服し、頂点に立つ時が!!」
「「「「!!」」」」
四人は歓喜に震えた。
武者震い……これから来る戦いに、胸を踊らせる。
「さぁ、戦だ!! 虎の爪を肉に食い込ませ、虎の牙で喉笛を嚙み千切るぞ!!」
「「「「応ッ!!」」」」
七大魔将『破虎』ビャッコ。
上級魔族トウコツ、コントン、トウテツ、キュウキ。
そして、配下の虎魔獣五千体。
圧倒的な戦力が、デッドエンド大平原を蹂躙し、人間たちに牙を剥こうとしていた。
◇◇◇◇◇◇
ラクタパクシャは、地下牢で磔にされていた。
翼が片方もがれ、体内にある魔族の『核』に亀裂が入った状態での放置。
肉体ではなく、今は『核』を全力で修復している。なので、身体の修復が始まるのは、核が完全に回復してからだ。
それまでは、魔力は常に枯渇状態。『
そして、足元にはビンズイが転がっていた。こちらも酷く痛めつけられており、魔力による修復が全く追いついていない状態であった。
「……ビンズイ」
「……ぁ、ぃ」
ビンズイは、死にかけている。
肉体の損傷を治さず、『セキレイ』を飛ばし続けている。
こちらの情報を、少しでも多く人間たちに……ラスに渡すために。
「すまない……無理をかける」
「い、ぇ……えへ、へ」
ビンズイは笑った。
きっと、ビンズイは長くない。
寿命を削りながら、命を賭けて今も戦っている。
「……ビンズイ。死ぬなよ、きっとわらわたちは助かる」
「…………」
「ラスティス・ギルハドレット……奴が、立ち上がれば、きっと」
「…………は、い」
すると、地下牢の扉が開き……ビャッコが入ってきた。
「よお、ラクタパクシャ」
「…………」
「無視か。つれないねぇ」
「…………」
ラクタパクシャは、ビャッコを睨む。
悔しいが……全力を出して敗北した。万全の状態でも、ラクタパクシャではビャッコに勝てない。
ラクタパクシャは聞いた。
「一つ、聞かせろ……」
「お? 何だ、おもしれぇことか?」
「ビャッコ。貴様……それほどの強さを持ち、なぜルプスレクスを恐れた」
「あぁ? オレが、あの臆病狼を恐れた? そんなアホな話あるかよ」
「嘘だ」
ラクタパクシャは断言した。
ビャッコの目を真っ直ぐ見て、確信を込める。
「お前は、恐れていたはずだ。お前は過去に一度、ルプスレクスを怒らせたことがあったな? あの場に、わらわもいたんだ……お前が、ルプスレクスの部下の、狼の子供を喰らった時だ」
「…………」
「正直、当時のわらわは……ルプスレクスとお前が戦えば、お前が勝つと思っていた。それくらい虎の牙は恐ろしかった。狼の牙では太刀打ちできぬと……だが、お前は逃げた」
「…………」
「お前は逃げたんだ。ルプスレクスの怒りに恐れ、逃げた。わらわは信じられなかった。お前が狼の牙を恐れるとは、微塵も思っていなかった」
「その日から、お前は大人しくなった……七大魔将で最も暴れん坊だったお前が、子犬のようにおとなしくなった……他の七大魔将は知らんが、わらわは知っている。お前は、ルプスレクスを恐れてた」
「…………」
「何故だ。なぜおまえは……ルプスレクスに挑みもせず、逃げたのだ」
ラクタパクシャがそこまで言うと、ビャッコは頭をボリボリ掻く。
そして、踵を返す。
「明日、進軍する。ラクタパクシャ……お前も連れて行ってやるよ」
それだけ言い、ビャッコは地下牢を出て行った。
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