脇役剣聖、準備万端
デッドエンド大平原、人間界側の領地。
現在、デッドエンド大平原にある人間の領地は、全体の十分の一以下。以前は六分の一ほどだったのだが、『虎』の魔獣たちが攻め込んで来てから、一気に後退を余儀なくされた。
デッドエンド大平原に元々住んでいた魔獣は、ほぼ消え去った……『虎』の魔獣に、餌として殆どが食い殺された。
七大魔将『破虎』ビャッコ。その存在も確認された。
偵察に出た斥候たちに向かい、その存在を見せつけるように雄叫びを上げたらしい。
まるで、『戦いの時は近い』と人間たちに伝えるような、そんな叫びだったそうだ。
斥候の調査によると、確認されたのは『破虎』ビャッコ、上級魔族が四人、そして『虎』の魔獣が約五千体……完全に統率の取れた動きで、上級魔族たちが指揮を執っているのは確定している。
これらの情報は全て、簡単に確認できた情報だ。まるで『虎』たちが見せつけるように、全ての戦力を見せ、それでも自分たちが上だと教えているようだったそうだ。
これらの情報を聞き、七大剣聖たちは人間界側の領地に設営した天幕で作戦を立てる。
現在、天幕にいる七大剣聖は六人。
ボーマンダ、ラストワン、アナスタシア、フルーレ、ロシエル。そして、ラスティス。
王都を完全に空けるわけにはいかないので、ランスロットはアロンダイト騎士団と共に国の護衛に回っている。
ボーマンダは、デッドエンド大平原の地図を指さす。
「デッドエンド大平原の最奥。海岸側の基地に『虎』の魔獣が集結している。調査によると、部隊は五つに分けられている……上級魔族が四人、そして『破虎』ビャッコの部隊だ。虎の魔獣は千体ずつ指揮しているようだ」
「千体かよ……か~っ、めんどくせえ数だな、おい」
ラストワンが軽口を叩くと、ボーマンダが睨んだ。「話の途中だ」ということらしい。
「こちらの数は、アルムート王国騎士団、兵士を合わせ六千。数では優っているが、優勢というわけではない……わかっているとは思うが、上級魔族が四人というだけでも脅威である」
ボーマンダがラストワン、アナスタシア、ロシエル、フルーレ、ラスティスを見る。
「雑魚は騎士と兵士に任せ、お前たちは上級魔族を撃破しろ。何度も言うが、上級魔族は『
「か、簡単に言うっすね……団長」
「私は、領域に関しては経験済み」
「私もよ」
アナスタシア、フルーレがラストワンを見る。ラストワンは「オレだけ仲間外れ。あ、ロシエルもか」とケラケラ笑うが、ロシエルは完全に無視……というか、ロシエルは気配すら消していた。
すると、ラスティスが挙手。
「団長。俺は直接『破虎』ビャッコを叩きます」
「……フン。わかっている」
ボーマンダが頷くと、フルーレがジロっと睨んだ。
「……一人で平気なの?」
「ああ。それに……わかるんだ。ラクタパクシャが来ている。助けないとな」
ラスティスは、『冥狼斬月』を握る。ラスティスにしかわからない『何か』で、ラクタパクシャの存在を感じ取っているようにも見えた。
「フルーレ。サティたちを頼むぞ」
「悪いけど、守るつもりはないわ。彼女たちは立派な戦力、自分の身は当然自分で守ってもらうし、彼女たちの『神スキル』はアテにしてるから」
「ははっ、そうだな」
ラスは曖昧に微笑んだ。
そして、真面目な顔でボーマンダに言う。
「団長」
「……なんだ」
「敵は七大魔将『破虎』ビャッコ。はっきり言います……正直、勝てるかどうかわからない。勝てないにしても、必ず手傷は負わせます。その時は、とどめをお願いします」
その言葉に、ラストワンは無言、アナスタシアは少しだけ俯き、ロシエルは無表情、フルーレはラスを睨み、ボーマンダはラスティスをまっすぐ見た……そして、頷く。
「いいだろう。『神撃』の名にかけて、『破虎』ビャッコを滅する」
「ありがとうございます」
「……フン。だが、ワシの出番はない。ラスティス……貴様らしくない。最初から負けた時のことを想定するとはな」
「俺はいつもそうしてますよ。何度か言いましたけど……俺は別に最強じゃない。避けるは大得意で、ちょっと切れ味のいい剣を持つ、普通の剣士ですよ」
「馬鹿を言いおって」
ボーマンダが呆れたように言い、ラスティスは苦笑した。
◇◇◇◇◇◇
騎士、兵の指揮はボーマンダが執ることになり、七大剣聖たちは十名ずつ騎士を付け、上級魔族と対峙する。
これらの話し合いが佳境に入った時だった。
デッドエンド大平原に、『虎』の咆哮が響き渡る。
「……始まるようだな」
「団長、騎士たちは?」
「戦闘準備は完了している」
現在、騎士たちはそれぞれの部隊に分けられ、デッドエンド大平原の各地で待機している。
この基地にいるのは、伝達系スキルを持つ騎士と、七大剣聖たちに付く騎士だけ。
ボーマンダたちは天幕から出る。
すると、騎士の一人がボーマンダの傍で跪き、両手の平をボーマンダに向けた。
『騎士、兵士諸君……騎士団長ボーマンダである』
ボーマンダの声は拡張され、デッドエンド大平原に散っている騎士、兵士に届いた。
『これより、虎狩りを開始する。いいか!! 人間に牙を剥く虎に容赦するな!! 毛皮を狩り、牙を抜き、爪を折れ!! 喜べよ、お前たち全員が虎の毛皮を持って帰れるぞ!!』
各地で、人間たちによる雄叫びが聞こえるようだった。
『虎を蹂躙せよ!! いいか、王都には一歩たりとも近づけるなよ!! それでは……戦闘開始だ!!』
戦闘が始まった。
見えはしないが、各地では虎と騎士兵士による戦闘が始まったようだ。
ボーマンダは、ラスティスたちに言う。
「七大剣聖たちよ!! 貴様らの使命は、上級魔族を狩ることだ!! では、行け!!」
その言葉に、七大剣聖たちは動く。
「じゃ、オレはこっちに行くぜ。それじゃあ、生きてたらまた会おうぜ」
そう言い、ラストワンは騎士を連れて行ってしまった。
「…………」
ロシエルは、無言で歩き出す。
騎士たちが慌てて後を追う。
「私はこっち。ふふ……久しぶりに本気で奏でられそう」
アナスタシアも行ってしまう。
そして、フルーレの元にサティ、エミネムが合流。
「私たちはこっち。サティ、エミネム、行くわよ」
「はい!!」
「はい。あ……」
エミネムの視線の先には、ラスがいた。
ラスは、フルーレたちの傍に来る。
「サティ。いいか、油断するなよ」
「はい!! 上級魔族の恐ろしさは理解しています。絶対に負けませんから!!」
「そうじゃない。逃げてもいい……生きるんだぞ。エミネム、お前も」
「……師匠」
「ラスティス様……わかりました。必ず、帰還します」
エミネムがぺこりと頭を下げる。
ラスは頷き、フルーレを見た。
フルーレは頷き、サティはウンウンと力強く頷く。
そして、三人は行ってしまった……残されたのは、ラス。
「俺は……こっちに行くか」
目指すは、『破虎』ビャッコの元。
確信があった。そこに、ラクタパクシャがいると。
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