脇役剣聖、それぞれの戦いへ

 ラストワンは、騎士たちを連れて歩いていた。

 デッドエンド大平原は広い。すでに騎士、兵士たちと『虎』の魔獣が戦っている。

 わかるのだ。血の匂い、闘争心、剣を振るう音。

 戦いが、その全てが聞こえてくるようだった。

 ラストワンは、同行している兵士たちに言う。


「なあ、すげえよな」

「え?」


 ラストワンの一歩後ろを歩いていた騎士が聞き返す。


「こんなデカい戦い、『冥狼侵攻』以来だぜ。オレはガキだったから覚えてねぇけど……今回は虎だし、『破虎侵攻』ってところか。お前、前の戦い経験したか?」

「いえ。その頃の自分は新兵でして……王城待機でした」


 騎士は恥ずかしそうに言う。

 だが、王城の守りも立派な任務だとラストワンは思った。


「不思議だよな。ガキだったオレはラスの後を必死で付いて行こうと思ったのに、全く追いつけねぇ……でも今は、あいつの隣に並んで、剣を振るえる」


 ラストワンにとってラスは、育ての親であり、剣の師であり、悪友であり……恩人。

 恥ずかしくて言えないが、ラストワンはラスに感謝していた。


「ラストワン。この名前さ、ラスが付けてくれたんだよ。自分もラスだし、お前にもくれてやるって……名前もねぇ汚い孤児だったオレの、大事なモンだ」


 ラストワンは、ラスに拾われた少年だった。

 スラム街でゴミ漁りをしていた少年。名前すらない子供だった。でも、ラスがいろいろな物をくれた。

 その全てが、ラストワンの宝物。当然……本人には、恥ずかしくて言えない。


「あいつが死ぬなんて、有り得ねぇ……さっさと終わらせて、あいつの手助けしねぇとな」


 ラストワンが立ち止まる。

 場所はデッドエンド大平原東部にある森。

 森の入口に、前髪で顔が隠れ、口元しか見えない少年が、虎を率いて立っていた。


「くひひ、獲物みっけ」


 上級魔族。

 猛虎四凶の一人、『棘虎』トウテツ。

 ラストワンは曲刀を抜き、クルクル回転させてトウテツに言う。


「さーて、お前、オレと遊べることを光栄に思えよ?」


 ◇◇◇◇◇◇


 アナスタシアは、デッドエンド大平原岩石地帯を歩いていた。

 アナスタシアに当てられた騎士は、全員が女性騎士。だが、実力は騎士の中でも上位であり……アナスタシアは知らないことだが、騎士たちは全員『アナスタシア親衛隊』という非公式の組織であった。

 七大剣聖であり、全ての女性騎士の憧れであるアナスタシアは、女性騎士たちに言う。


「上級魔族と戦闘になったら、あなたたちは離れていなさい。恐らく、配下の虎たちがいるから、そちらの相手を任せるわ」

「「「「「はい!! 全ては、アナスタシア様のために!!」」」」」

「え、ええ……お願いね」


 やたら張り切る騎士たちを少し疑問に思いながら、アナスタシアたちは歩く。

 そして、岩石地帯で一番大きな岩の上に、上品な座り方をする少女がいた。

 ポニーテールを揺らす少女。だが、虎の耳、虎の尾が生えており、人間ではない。

 そして、そのプレッシャーから、すぐにわかった……上級魔族。


「強い人間が何人かいるから狩れ、って言われたけど……あなたで正解みたいね」

「そうね。こちらも、上級魔族を狩るために来たの。そちらから来てくれて助かったわ」


 猛虎四凶の一人、『愛虎』コントン。

 岩から飛び降り、アナスタシアに向かって投げキッスする。


「うふ。あなたに私の『愛』をあげる」


 アナスタシアは蛇腹剣を抜き、口元だけに笑みを浮かべた。


「それは光栄。ありがたく頂戴するわね」


 ◇◇◇◇◇◇


 ロシエルは一人、歩いていた。

 お供の騎士たちはすでにいない。ロシエルが勝手に振り切ったのだ。

 一人が好き。それが、ロシエルという剣士。

 今、ロシエルがいるのは、デッドエンド大平原にある大きな湖の近く。

 湖のほとりで休憩していると、一人の少女が水の上を歩いてきた。


「なんだ、ガキじゃん」


 猛虎四凶『泡虎』キュウキ。

 ツインテールを揺らし、水面で踊るように跳ね、ロシエルの近くまで来る。


「強そうなのを狩れ、って言われてさ、あんたの匂いを感じてここまで来たのよ。ってか一人? えー……大外れじゃん」

「…………」

「ま、いっか。さっさと殺して、次に行こっと」


 キュウキはクルクル回転する。

 すると、湖から『泡』がポコポコ立ち上る。


「…………」


 ロシエルは無言で、腰に差してある『剣』を抜いた。


 ◇◇◇◇◇◇


 フルーレ、サティ、エミネムの三人は、デッドエンド大平原の平原ど真ん中を歩いていた。


「『雷滅砲ジガ・トール』!!」

「『風絶槍ふうぜつそう』!!」

「『氷華デトワール』!!」


 雷の光線が虎を薙ぎ払い、風を纏った強力な槍の一撃が虎を突き刺し、氷の華が舞い周辺の虎を氷漬けにした。

 現在、サティたちは、虎の大群と戦っていた。

 その数、五百以上。


「うぁぁ!! 数多すぎですっ!!」


 サティが喚くが、どうしようもない。

 エミネム、フルーレと背中合わせで虎たちと対峙する……三人は見事なまでに囲まれていた。

 が……不思議と、ピンチとは思っていない。

 どれだけ数がいようと、この『虎』たちは脅威ではない。


「サティ、数は大したことがないから、いずれ全滅する」

「そ、そうですけど……エミネムさん、余裕ですね」

「ええ。何でかな……恐いとも思えないの」

「ふふ、頼もしいわね。サティ、あなたも見習いなさい」

「うう……こうなったら、やってやりますよ!! あたしだって、師匠の弟子ですから!!」


 サティの双剣が帯電し、エミネムの槍に風が纏わりつく。

 その様子を見て、フルーレは思う。


「……本当に、強くなったわね」


 現時点では、まだフルーレのが二人よりも強い。

 だが、成長速度では大きく劣っている。恐らく、このままでは一年もしないうちに、フルーレは二人に負ける。


「……ラスティス・ギルハドレッドね」


 師匠。

 もしかしたら、自分が強くなるために必要なのは、過酷な自己鍛錬よりも優れた師なのかもしれないと、フルーレは思うのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 ラスティスは一人、平原を歩いていた。

 デッドエンド大平原、中央平野。今まさに戦場となっている場所だが、ラスがいるのは中央よりもやや外れた部分。

 そこを、お供の騎士も付けず、一人で歩いていた。

 そして───ラスは立ち止まる。

 目の前に、腕組みをして立つ青年がいた。


「……お前が、『冥狼』を倒した男だな」

「あー……まあ、そうだな」


 ラスティスは頭をボリボリ掻きながら言う。

 もう、「倒したのはランスロットだ」とは言わない。ラクタパクシャと話したことで、それが何よりもルプスレクスへの侮辱になると思ったからだ。

 ラスは言う。


「お前、上級魔族だな?」

「……オレは、猛虎四凶の一人、『狂虎』トウコツ。『破虎』ビャッコの後継にして四兄弟の長兄だ」

「なーるほどな。名乗られたなら返さないとな。俺は七大剣聖序列六位、『神眼』のラスティス・ギルハドレッドだ」


 トウコツが構えを取る。武器を持たない徒手空拳だ。

 ラスも半身で、『冥狼斬月』の柄に手を添える。


「一つ、いいか?」

「何だ?」

「……ラクタパクシャは、どうしてる」

「『天翼』なら、親父のオモチャだ。生きてはいる」

「……そうかい」


 ゾッとするような圧力に、トウコツは一筋の汗を流した。


「───……面白い!! いざ尋常に勝負!!」


 トウコツが拳を握り、ラスに向かって走り出した。

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