閑話⑨/虎の本音
ビャッコは、磔にされているラクタパクシャを眺めながら酒を飲んでいた。
飲んでいるのは、ラスティスがラクタパクシャに土産として持たせた酒。やはり人間界の酒は特別なのか、見つけるなりすべて没収した。
そして今、ビャッコは酒をガブガブ飲んでいる。
「っぷは、やっぱ人間の酒はいいな。なあ、ラクタパクシャ」
「…………」
ラクタパクシャの身体は、まだ回復していない。
それだけ、『核』に付いた傷は修復に時間がかかる。そもそも、並の魔族なら核が傷付いただけで消滅してもおかしくない……これが、普通の魔族と七大魔将の違いでもあった。
ラクタパクシャは言う。
「……ビャッコ。貴様、自分の息子たちに戦わせ、自分は動かないつもりか?」
「そんなわけねぇよ。ま、ガキ共にも遊びの時間が必要だしな。オレが動くのは最後だ」
「その間に、お前の子供たちが死ぬとしたら?」
「有り得ねぇな。オレの血を舐めるなよ?」
「なめてはいない。むしろ、人間を舐めているのはお前だろう……今の人間は強い」
「だろうな。だからこそ、いい経験になる」
ビャッコは、酒瓶の栓を嚙み砕き、中身を一気に飲み干す。
瓶を適当に投げ捨てると、音を立てて割れた。
「ラクタパクシャよぉ……お前、オレの軍勢と人間、どっちが勝つと思ってる?」
「決まっている。人間だ」
「ほぉ……魔王の悲願である『人間界進行』を否定するのか?」
「否定はしない。人間界は恵まれたいいところだ……だが、そこに人間がいる限り、魔族は決して踏み込むことはできない。ここは、人間あっての地だ」
「……はっ、ははは、はははははっ!!」
ビャッコは笑った。
馬鹿にしたように、ラクタパクシャを嘲笑う。
「くだらねぇな」
「……何」
「人間あってこその人間界? 馬鹿かお前、人間なんざ家畜と同じ。魔族で管理すりゃいい。屈服させ、管理し、奴隷のようにコキ使えばいいんだよ。オレら魔族と違って繁殖率も高けぇしな。多少減ったところで、すぐに増える」
「…………」
「なぁ、オレがどうして、お前を殺さないと思う?」
「……知らん」
「利用できるとか、お前に惚れてるとか、そんなチャチな理由じゃねぇ。オレはな、お前を認めてんのさ。あの腰抜け四人と違って、お前は先の先を見ている。現状維持? そうじゃねぇ、お前は現状維持の先、人間界をどう支配し、管理するのかを考えていた。お前は何も言わねぇがわかる……オレはな、お前の野望を見た。だから始末しねぇのさ」
「……私の、野望?」
「ああ。お前は、人間界と魔界の二つに、何かを見ている」
「…………」
「オレは、それを虚仮にしてぇ。だからお前を殺さず、オレの野望で塗りつぶした人間界を見せてやるのさ」
「…………く、ははっ」
ラクタパクシャは笑った。
あまりにもくだらない。そして、あまりにも子供じみていた。
「ああ──……安心したよ。ビャッコ、お前は人間をどうこうすることはできない。私は確信した……そこまで言うなら、見せてもらおう。お前の戦いを」
「へ、見てろ。ラクタパクシャ、お前の心をヘシ折ってやる。で……お前を、俺の部下にしてやるよ」
「……いいだろう。お前が勝てば、お前のために何でもしよう。他の七大魔将を落とす手伝いでも、人間界を征服する手伝いでも、お前のお茶くみでもなんでもやる」
「いいね。忘れんじゃねぇぞ……この『破虎』ビャッコの強さを、見せてやる」
きっとビャッコは負ける。こんな子供じみた考えの奴に、人間界を落とすことはできない。
ラクタパクシャはそう結論付けた。が……ビャッコ単体の強さはかなりのものだ。人間たちも相当な犠牲が出るかもしれない。
だが───人間たちには、ラスティスがいる。
「気を付けろ、ラス……ビャッコは強い」
◇◇◇◇◇◇
ビンズイは一人、ビャッコたちのいる拠点の牢獄に放置されていた。
少しずつ、身体と魔力を回復させている。
もう、戦いは始まった。情報収集ではラクタパクシャの部下で一番の実力を持つビンズイでは、もう手に負える状況ではない。
思うのは、人間の子供……シャロ。
「…………人間の、くせに」
うつ伏せのまま、ほんの少しだけ微笑む。
自分を「おねえちゃん」と慕う少女、シャロ。
初めての経験に戸惑ったが、それでもビンズイは嬉しかった。
「……仕方ねー、ですね」
ビンズイは、魔力を練る。
ボロボロの翼から羽を抜き、魔力を込めると……綺麗な藍色の小鳥が生まれた。
「行って……」
危機を伝えてくれと、小鳥に命じた。
あの子供は、死なせたくない。
命を賭けて、守るべき価値のある宝物だ。
戦えない魔族。情報収集しかできない魔族と言われ続けた。だが……情報収集こそ最大の武器と、ラクタパクシャは言ってくれた。
「ドバト……お願い、守ってあげて」
小鳥はドバトの元へ向かう。
きっとドバトなら、シャロを……あの村を、守ってくれる。
「…………あー、つかれました。少しだけ……寝ます」
そして、ビンズイはそのまま目を閉じると、安らかな顔で寝息を立て始めた。
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