閑話⑦/それぞれの過ごし方

 会議が終わり、ラスティスは「ちょっと団長と話がある」と言い、行ってしまった。

 残されたエミネムは騎士団へ。そして、特に用のないサティは宿に戻ろうとした。

 が……意外なことに、ランスロットが声をかけてきた。


「サティ、よろしいですか?」

「あ、おと……じゃなくて、ヴァルファーレ公爵様」


 元、父親。

 養子ではあるが、育ててくれた恩は忘れていないサティ。すでに除籍された身なので、お父さんと呼ぶことはもうない。ランスロットも、今更父親に戻るつもりはない……それは、サティに対し失礼だから。

 なので、一人の七大剣聖として言う。


「よろしければ、イフリータたちに挨拶でもどうですか? 今、イフリータは城に来ていますので……」

「え、そうなんですか? じゃあ、会います!!」

「では、一緒に行きましょうか。イフリータは、私の執務室にいます」

「はい!!」


 二人は歩き出す。

 会議室を出て、サティはランスロットの隣に立って歩く。

 ランスロットは、サティをチラリと見て言う。


「……強くなりましたね。イフリータと戦った時とは、別人のようだ」

「えへへ。師匠に鍛えてもらっていますから」

「ラスティスは、いい師匠ですか?」

「はい!! すっごく強いですし、勉強になります!! ちょっとお風呂の時間が長くて、晩ご飯が遅くなっちゃうこともありますけど……」

「そうですか」


 ランスロットは微笑んだ。

 なんとなく、サティはランスロットも変わったような気がしてならない。

 そして、ランスロットの執務室に到着。ドアをノックして部屋に入ると……。


「お父様!! お帰りなさいませ!!」


 イフリータが、満面の笑みで出迎え……サティを見てギョッとした。


「さ、サティ!? おま、なんでお父様と一緒に!?」

「イフリータ……相変わらず、パパ大好きっ子なんだね……すっごい蕩けた笑顔」

「う、うるさい!! な、何をしに来た!!」

「いや、久しぶりだし、挨拶に。でも、パパと二人きりの時間、邪魔しちゃ悪いかな~?」

「だ、黙れ!!」

「ふふ……二人とも座りなさい。お茶を淹れましょう」

「お、お父様、お茶は私が」

「あ、おかまいなく~」

「お前!! お父様がお茶を淹れるんだ、飲め!!」

「イフリータ、さっきから大声で疲れない?」


 ギャーギャー騒ぐイフリータと、どこか嬉しそうなサティ。

 ランスロットは、そんな二人のために茶を淹れるのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 エミネムは、久しぶりに第一部隊にやって来た。

 今、エミネムは騎士団所属ではあるが、ラスの預かりということになっている。

 今回、騎士団に来たのは……騎士ヴォーズの退団処理のため。


「退団、か……」


 エミネムは、執務室で退団処理を進める。

 意外なことに、第一部隊長はエミネムが戻るなり、あっさり執務室を明け渡した。どうやら、エミネムは今でも部隊長らしい。今の部隊長はあくまで「代理」だと何度も強調していた。

 慕われているのを実感し、エミネムはついほほ笑む。


「私も、いつかは退団するのかな」


 騎士ヴォーズ。騎士をやめ、ギルハドレット領地の領兵として生きる道を選んだらしい。

 婚約者である幼馴染を領地に呼び、彼女と暮らす道を選んだそうだ。

 彼女は村でパン屋を開くとか。あの村には酒場と雑貨屋と宿屋しかないので、焼きたてのパンを提供する店があれば繁盛するだろう。


「お兄様も、一枚嚙んでるとか……なんだか、意外」


 店の建設に、兄ケインが噛んでいるとラスから聞いた。

 結婚願望などないはずの兄。意外である。

 

「結婚、かあ」


 エミネムは、ペンをくるくる回しながら思う。

 父である七大剣聖のボーマンダは、いずれ自分を高名な貴族と結婚させるつもりのようだ。そして、グレムギルツ家を任せ、エミネムは後継者を産み育てる。

 騎士を辞めなくてもいい、とは言っていた。

 エミネムは『神スキル』持ち。まだ十七歳なので、これから経験を積めば、七大剣聖の器になれるとボーマンダも言っていた。

 でも……エミネムは、あまり興味がない。


「…………ラスティス様」


 初恋、だろうか。

 子供を産むなら、会ったことも、聞いたこともない家名の貴族よりも……。

 目を閉じ、思う。

 子供を抱いた自分、そして、その子供を嬉しそうに眺め、自分に笑顔を向けてくれるラス。


「───…………はっ」


 ようやく妄想から戻り、首をぶんぶん振る。

 子供。そんなの、今は全くあり得ない。


「と、とにかく!! ヴォーズ騎士の退団処理、済ませなきゃ!!」


 エミネムは慌てて書類を書き……提出した書類が誤字だらけで戻ってくることになるのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 フルーレは、アナスタシアとラストワンに誘われ、ラストワンが経営するバーで飲んでいた。


「機嫌、悪そうね」

「……そう見える?」


 アナスタシアがグラスを揺らして言う。フルーレはムッとしつつも答えた。

 ラストワンが、ナッツを一つ摘み、口に入れる。


「ラスのことだろ? あいつが上級魔族とツルんでたの、そんなにショックか?」

「……別に、そうじゃないわ」

「じゃあ、なんでだよ? なんかアイツに当たり強かったけど」

「……なんか、ムカついたのよ」

「へえ……?」


 ラストワンは首を傾げる。すると、アナスタシアが言う。


「あなた、自分で思ってる以上に、ラスのこと好きみたいね」

「はぁ!?」

「サティ、エミネムはずっとラスと一緒で、三人が仲良しなのを見て『自分もあそこに入りたい』って思ってるんでしょ? でも、素直になれないから、キツく当たっちゃう……って、ところかしら」

「っば、馬鹿じゃないの!! そんなことあるわけないでしょうが。私は、七大剣聖『神氷』のフルーレよ。今は序列七位だけど、いつかあいつを倒して六位に……」

「はっはっは。まさか、ラスのこと好きだったとはなあ。でも、アイツ結婚願望ゼロだし、厳しいぞ? 風呂と酒あればそれでいい、ってやつだしな」

「だから、違うわ!! それを言うなら、あんたたちはどうなのよ!!」


 ラストワン、アナスタシアが顔を見合わせると、どこか余裕のある笑みを浮かべる。


「オレ、女性は平等に愛する派だから」

「仕事が恋人よ」

「~~~っ!!」


 これが、大人の躱し方。 

 まだ十八歳のフルーレには……というか、恋愛経験すらないフルーレには真似できない。

 フルーレは、ごまかすように酒を一気に飲み干す。


「っぷは、おかわり!!」

「お、いい飲みっぷり。ははは、今夜はツブれるまで付き合うからな」

「うっさい!!」


 ラスティスが好き?

 そんなこと、あり得ない。

 だが……かつて、上級魔族に襲われた際、自分を助けに来てくれたラスティスは、間違いなく格好良かった……とは思っている。

 確かに、気にはなっている。

 でもきっと、それは恋愛的な意味ではない。


「フン、私だって、選ぶ権利があるわ」

「ふふ、そうね。あなた、小生意気な小娘かと思ってたけど、すごく可愛いわ」

「はっはっは。アナスタシアに気に入られたな。よかったよかった」

「うっさい!!」


 こうして、七大剣聖三人の夜は、騒がしく更けていく。

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