脇役剣聖、鍛える

 早朝。

 ベッドから置き、大きな欠伸をして俺の一日は始まる。

 着替えをして、リビングに行くと。


「おはよう、ラス」

「ん~……おう、ミレイユ」


 ミレイユ。

 ギルガの奥さんであり、俺の元部下。

 昔はとんでもなく強い双剣士だったけど、今じゃすっかり『お母さん』だ。

 ミレイユは、よく冷えた牛乳を俺に差し出す。


「はい、朝の一杯」

「おう……んぐ、んぐ、んぐ……っぷはぁ!! ふぃぃ、これよこれ」


 俺の朝は、牛飼い爺さんのくれる絞りたて牛乳を飲むことから始まる。

 何度も言ったが、この屋敷は元食糧庫。地下室があり、そこは天然の洞窟になっていて夏でもキンキンに冷えている。肉や野菜を保存しておくには最適で、飲み物も常に冷えた状態だ。

 ミレイユはにっこり笑って言う。


「あの子、サティだっけ? アタシよりも早く起きて、『スキル』の訓練していたよ」

「真面目なヤツだなぁ」

「いい子そうじゃないか。ラス、逃すんじゃないよ」

「アホ。ガキに興味あるかっつーの」


 コップを渡し、大きく伸びをする。

 この後は朝食、んで朝風呂なんだが……さすがに、サティを放置するのもな。

 ラストワンの野郎に嵌められたとはいえ、師匠をやるって言っちまったし、様子を見に行くか。


「ミレイユ、飯と朝風呂の準備は?」

「もうできてるよ」

「……ちょっと様子見てくる。スープとかあるなら、温め直してくれ」

「はいはい。ふふ、頑張りなよ、お師匠さん」


 ミレイユに軽く舌を見せ、俺は外へ出た。


 ◇◇◇◇◇◇


 外に出ると、サティが精神集中していた。

 俺に気づいた様子はない。俺は『神眼』でサティを見つつ、様子を見守る。


「ふぅぅ……」


 サティのスキルは『神雷』だ。

 雷を操る神スキル。だが、その制御が上手くいかないのか、出力が安定しない。

 俺の眼に見える力の流れは……なんとまあ、酷いもんだ。

 滅茶苦茶。そう表現するしかない。

 恐らくサティは、力の『流れ』を感じるのが決定的に苦手なのだろう。普通は直観で理解できるモンなんだが……その理由はおそらく。


「う、っぐ……っ!?」


 バチン! と、紫電が爆ぜた。

 両手を開いていたことから、それぞれの指から電気を放出しようとしたのだろう。

 だが、失敗……雷どころか、静電気すら発生しない。


「……やっぱり、ダメかぁ」

「なぁ、サティ」

「ふひゃぁぁ!? しし、師匠!?」


 び、びっくりした……いきなりデカい声出すなよ。

 サティは、乱れた銀髪を手櫛で直し、俺に一礼する。


「お、おはようございます。師匠!!」

「おっす。お前さ、毎日これやってんのか?」

「これ、って……精神集中ですか? はい、やってます。お父さ……ヴァルファーレ公爵様から習ったことですので」

「……ふぅん。じゃあ、今日からそれ禁止な」

「え」


 サティはポカンとして、口を開けたまま俺に言う。


「どど、どうして」

「お前のやり方が間違っているから。さて、まずはメシだ。そのあと、指導に入るぞ」

「……えっと」

「返事」

「あ、はい」


 納得いかないようだな。ま、今は朝飯が何より大事ってことだ。


 ◇◇◇◇◇◇


 朝食を終え、ゆ~っくり朝風呂を満喫。再び冷えた牛乳を飲み、ようやく覚醒。

 サティはずっと待っていたのか、リビングのソファで俺を待っていた。


「なんだ、待ってたのか? メシ食ったら食休みって言っただろ」

「師匠は朝からお風呂なんですね……」

「当然。俺、夜より朝風呂入るの好きなんだよ。朝風呂はいいぞ? 目ぇ覚めるし、気持ちいし、湯に浸かると眠くなるんだけど、寝るか寝ないかの瀬戸際がすっごく気持ちいいんだ。お前も試してみろよ」

「え、ええ……」


 なんかドン引きしてる気がする……おっさんくさいとか思ってそうだな。

 俺はサティの向かい側に座る。


「さて、今日からお前を鍛えるわけだが……昨日も言ったけど、俺は他人を鍛えたことなんてないから、やり方とか俺流でいくぞ」

「……はい」

「あー、さっきのが気に入らないようだな」

「気に入らないとかじゃなくて……その、『精神集中』は大事だと」

「確かに大事だ。でもそれは、『ちゃんとできるヤツ』にとってだ。お前は、根本的なところで違うから、今は意味がない」

「…………」

「さて、俺の質問に答えろ。サティ……お前、剣は使えるか?」

「え? ええ、アロンダイト騎士団では必須技能で、団員ならみんな使えます」

「よーし。じゃあ、腕前見せてくれ。さっそくやるぞ」

「は、はい」


 俺とサティは外へ。

 訓練用の木剣をサティに渡すと、少し困ったような顔をした。


「ん、どうした?」

「その、あたし……えっと」

「遠慮すんな。言いたいことあるならちゃんと言え。じゃないと指導できんぞ」

「……はい。実はあたし、二刀流のが使いやすくて」

「二刀流?」

「はい。イフリータには『野蛮』って言われて、一本だけで使ってたんですけど……」

「じゃ、二本な」


 俺はもう一本、木剣を渡す。

 サティは驚きつつも、木剣を受け取って俺を見た。


「ま、やりやすいのが一番だろ。ほれ、かかってこい」

「───はい!!」

「あ、やる前に一つ。スキルは使うなよ」

「え」


 スキルなし。

 サティは困惑したようだが、俺は剣を向けた。


「じゃ、かかってこい」


 ◇◇◇◇◇◇


「はぁぁぁぁぁっ!!」


 双剣のがいい、まぁ……言うだけはある。

 でも、それだけだ。

 はっきり言って、新兵に毛が生えたような剣技だ。

 俺は一歩も動かず、サティの剣を捌き、剣が交差した瞬間を狙い、サティの剣が交差した瞬間に剣をカチ上げて弾き飛ばした。

 そして、俺は剣をサティに突きつける。


「ま、こんなもんだ」

「…………どうして」

「ん?」

「どうして、スキルを使っちゃいけないんですか?」

「だって、制御できないだろ。それにお前、間違えてるぞ」

「え?」

「お前、スキルを使いこなしたからって、強くなれると思うか?」

「…………」

「ランスロットは、剣の天才だ。イフリータってのはどうか知らんが……スキルだけでランスロットを『ぎゃふん』と言わせることなんて、できないぞ」

「…………」

「俺の考えだが、まずお前はスキルより、剣の使い方、体の使い方を覚えた方がいい。これからは身体作りと、剣の訓練を重点的に行うからな。よし、朝の訓練終わり。俺は仕事するから……あー、そうだな、お前も手伝ってくれ」

「……はい」


 なんか落ち込んじまった……若いやつの考えることはわからん。

 とりあえず、俺のやり方で少しずつやるしかないかね。

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