閑話①

 アルムート王国、リュングベイル侯爵邸。

 王都の一等地にある屋敷の庭に、剣を構えた少女がいた。

 少女の名はフルーレ。青いショートヘアを揺らし、細身の剣を立てて静かに目を閉じている……この、剣を立てる構えが、フルーレの構え。

 そして、カッと目を見開き、突きを放つ。


「シュッ」


 口から小さく息が漏れ、恐ろしい速さで突きが連続で放たれた。

 ボボボボボ!! と、空を切る音が響く。

 突きの速度は七大剣聖最速、リュングベイル流細剣術の真骨頂である。

 突きを終え、剣を鞘に戻すと……いつの間にか、エドワドがいた。


「ほっほっほ。また速くなったの」

「おじいちゃん……」

「どうじゃ? 気が晴れたかの」


 エドワドは、ニコニコしながらフルーレに近づく。

 フルーレは何も言わず、エドワドに聞いた。


「ね、序列六位のギルハドレット男爵だけど……『入れ替え』を挑みたいの」

「ふぅむ……ラスに挑むのは早いと思うぞ」

「おじいちゃん、私は本気。私、七大剣聖最強を目指してるから」

「焦りすぎと言っておる。お前はまだ十七じゃ。強さも、経験も足りん」

「私、強いわ。それにSレートの魔獣相手だって、負けないわ」

「うーむ……」

「おじいちゃん。ギルハドレット男爵は? もしかして、領地に帰ったの?」

「うむ。ラスは弟子を取って、領地で鍛えるようじゃ」

「…………ギルハドレット領地、ね」

「……お、おいフルーレ。まさか」

「……おじいちゃん。留守は任せるから」


 そう言い、フルーレは屋敷を出た。

 向かうのは王城───念のため、団長であるボーマンダに報告はする。

 通路を歩いていると、燃えるような赤紙の少女が前から歩いてきた。


「…………」

「…………」


 フルーレと目が合うと、ほんの少しだけ目を細めた。

 互いに力量を図る───そして「強い」と思う。

 赤紙の少女、イフリータはフルーレの前で立ち止まった。


「……新しい七大剣聖か」

「あら、私を知っているの?」

「ああ。リュングベイル侯爵の孫娘が、新たな七大剣聖となったと」

「そう。ところで……名前を聞いても?」


 七大剣聖であるフルーレと、アロンダイト騎士団団長のイフリータでは、フルーレの方が位は上だ。そもそも、序列こそ七位だが、ランスロットと同じ七大剣聖である。

 イフリータは、一礼した。


「失礼。アロンダイト騎士団団長、イフリータです」

「アロンダイト騎士団……ああ、ランスロット様の専属騎士団ね。全員が娘とか……」

「ええ。私はランスロット様の娘です」


 イフリータは、嬉しそうにほほ笑む。

 だが、フルーレには理解できない。


「アロンダイト騎士団ね……私からすれば、アルムート王国騎士団っていう正規の騎士団が存在するのに、どうして個人で騎士団を所有しているのか、それが許されるのかが気になるわ。謀反の意志あり、とも取れるけど」

「謀反? ふふ……お父様が国を裏切るとでも? かつて、『七大魔将』の一体を討ち取ったお父様が、国を裏切るなんてことは、ありません」

「……ふぅん」


 イフリータは、どこか挑むようにフルーレに言う。

 フルーレは、特に気にせず言う。


「七大剣聖の団長は、アロンダイト騎士団を面白く思っていないようだけど」

「知っています。でも……それが何か?」

「…………」

「気に入らなくても、アロンダイト騎士団の存在は王国に許されています。たとえ七大剣聖の団長といえども、異を唱えるのは愚の極み」

「…………ふん」

「では、これで。ああ……フルーレ様、七大剣聖の就任、おめでとうございます」


 そう言い、イフリータは一礼して去っていく。

 その背中を見送り、フルーレは呟いた。


「なーんか、気に喰わないわね」


 ◇◇◇◇◇◇


 七大剣聖、ボーマンダ。

 アルムート王国騎士団団長でもあり、七大剣聖を率いる立場でもある。

 現在、ボーマンダは執務室で書類を書いていた。そこに、フルーレが現れ、要件を話す。


「ラスティス・ギルハドレット男爵に『入れ替え』を挑みます。彼は領地に戻ったようなので、私もギルハドレット領地に向かおうと思います。仕事に関してはおじいちゃん……エドワドに代行してもらいますので」

「……そうか。わかった」


 フルーレを見ることなく、手を休めずに羽ペンで書類を書く。

 特に興味がないのか、ボーマンダは気にもしていない。

 フルーレは言う。


「団長。止めないのですか?」

「何故だ」

「……おじいちゃんは、私にはまだ早いと。団長はどう思われますか?」


 ここで、ボーマンダは初めてフルーレを見た。

 強い、威嚇するような瞳だ。フルーレは威圧を感じつつも、目は逸らさない。


「ラスティス・ギルハドレット。奴は腰抜けだ……だが、強い」

「……腰抜け?」

「おそらくだが、奴は手を抜く。そして、お前に序列六位の椅子を与えるだろう」

「……え?」

「そういう奴だ。欲もない、力も求めない、怠惰な腰抜け……それが、ラスティス・ギルハドレットだ」

「…………」


 ボーマンダは、ラスティスを憎んで……いや、呆れていた。

 過去に何かあったのだろうか? だが、それを語ることはない。


「長く留守にはするな。お前にも仕事はある」

「仕事、ですか」

「ああ。『魔族』の討伐だ」

「───!」


 魔族。

 長く、人間と争っている種族。

 人間界の四分の一が、すでに魔族に奪われている。今は、人間界と魔界の国境で、小競り合いが起きている状態だ。


「ここだけの話だが……『上級魔族』が確認された。直接の戦闘はないが、姿だけ確認されたようだ」

「上級、魔族……最後に確認されたのは、何年か前の話ですよね」

「ああ」


 魔族にも、種類がある。

 下級魔族、中級魔族、上級魔族。それらを従える最強の七体『七大魔将』。そして、『七大魔将』を率いる魔族の王……『魔王』がいる。

 国境で小競り合いをしているのは、下級魔族。

 それでも、騎士団や『スキル』持ちの兵士や騎士が、何人も亡くなっている。


「上級魔族……相手にできるのは、騎士団の隊長級と、私たち七大剣聖ですよね」

「そうだ。だが、アルムート王国騎士団の隊長たちはすぐに動かせん。各地での防衛任務をおろそかにするわけにもいかんからな」

「……アロンダイト騎士団は」

「ランスロットのママゴト遊びには務まらん」


 バッサリと切り捨てるような言い方だった。

 ボーマンダは、アロンダイト騎士団を認めていない。フルーレもそう聞いたことがあるが、真実のようだ。

 

「七大剣聖の『入れ替え』は当然の権利だから止めはしない。だが、仕事もあることを忘れるな」

「はい、わかりました」


 それだけ言い、ボーマンダは書類を書き始めた。

 フルーレは一礼し、執務室を後にした。

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