閑話③/ケインとエミネム

 グレムギルツ公爵家にて。

 ケインは、公爵代理として溜まった仕事を片付けていた。

 グレムギルツ公爵家にも、領地はある。公爵代理として、グレムギルツ領地を治めるのは大事な仕事だ。そして、それと同じくらい、ケインは自分で興したいくつもの商会を経営している。

 窓際でのんびりする護衛のマルセイに、ケインは言う。


「なぁマルセイ、少し手伝ってくれよ」

「オレ、護衛だしな」

「ったく……そうだけどさ」


 喋りながらも、書類を書く手は止まらない。

 ボーマンダは、スキルを持たないで生まれた息子をまるで評価していない。だが……ケインは領地経営だけじゃない、あらゆる分野での商才に恵まれていた。

 それこそ、歴史に名を残せるほどの大商人になれるくらいに。


「……お、これは興味深いな」

「ん、どうした?」

「ふふ、アロンダイト騎士団と、アルムート王国騎士団が『闘技大会』を行うらしい。ま、まだオフレコ情報だけどね」

「なんでオフレコ情報がここにあるんだよ……」

「それは内緒だ」


 ケインの手にある羊皮紙には、王宮内で行われた会議など、様々な情報が書かれていた。

 ケインは羊皮紙をテーブルに置き、大きく伸びをする。


「あ~……疲れた。とりあえず、領地経営に関して溜まった仕事はやっつけた。あとは、ボクがいなくてもしばらく問題ないよう仕掛けをして、その後は商会の……ん?」


 と、ここでドアがノックされた。

 マルセイが対応すると、入ってきたのは意外も意外……エミネムだった。


「兄さん……」

「これはこれは。わが妹エミネムじゃないか、どうしたんだ?」

「えっと……その、き、聞きたいことが?」

「?」


 なんというか『らしくない』感じのエミネム。

 顔を赤らめ、もじもじし、髪を一房つまんで指でクルクル巻いている。

 

「あの……王都に、ラスティス様がいらっしゃると聞いて……その、居場所など」

「……聞いてどうするんだ?」

「その、ご挨拶を……以前、お世話になったので」

「ふーん。まぁ、場所は知ってるけど」

「!!」


 エミネムは、ガバッと顔を上げてケインを見た。

 なぜ、こんなにもラスティスに興味を持つのだろうと、少しだけ訝しむ。

 このまま教えてもいいが……ケインは、少しだけ悪戯心が芽生えた。


「今、すごく忙しいんだ。仕事を手伝ってくれたら、教えてやるよ」

「わかりました。では、何をすれば?」

「……え、いいの?」

「兄さんが手伝ってと言ったのでしょう?」


 エミネムは、空いてる椅子に座り、ケインをジッと見る……仕事を寄越せと目が語っていた。


(素直だな……そんなに、ラスさんにお礼が言いたいのかな)


 ちなみに、ケインは経営などを得意としているが……女心に関しては、まるで鈍感だった。


 ◇◇◇◇◇◇


 仕事を始めて数時間───もうすぐ夕方だ。

 だが、エミネムは嫌な顔一つ見せず、書類をテキパキと処理していく。

 思った以上に、計算能力が高い。字も綺麗で、姿勢もいい。

 妹ながら、容姿は非常に整っている。エミネムの元に来る婿は、彼女を拒むこともないだろう。

 そんなことを思いつつ、ケインは聞いた。


「こうしてお前と喋るのは、いつぶりだろうな」

「…………」

「エミネム。お前……変わったな」

「そうでしょうか?」

「ああ。以前は、ボクのことなんて路傍の草みたいな目で見ていた。でも、今はしっかり人間を見る目だ。お前が変わったのは、やはりラスさんのおかげかな?」


 ガリッ!! と、エミネムの羽ペンから変な音がした。

 ケインは首をかしげる。


「おい、どうした?」

「べべ、別になんでもありません!!」

「いや、変な音が」

「なんでもありません!!」

「お、おお……」


 よくわからないが、逆らうのはまずい……ケインはそう思い、何も言わなかった。

 なので、話題を変える。


「そういえば、サティさんやフル-レさんとは、連絡を取り合っているのか?」

「フル-レさんとは手紙でやり取りしています。サティさんにも手紙を出しますが……ギルハドレットにお手紙が届くのは、早くて二週間後なので」

「ああ、サティさんも王都に来ているぞ」

「え!!」

「ラスさんと一緒に来ている。まぁ、もう教えてやるか。今、サティさんはフル-レさんの屋敷にいる。二人でラスさんに、修行を付けてもらっている」

「…………」


 エミネムの顔が、どこか羨ましそうにケインは見えた。

 

「とりあえず、今ある情報はこれくらいだな。さーて、そろそろ夕食の時間だ。親父もそろそろ帰ってくるだろうし、ここまでにしておくか」

「……はい」

「……何落ち込んでいるんだ?」

「別に、なんでもありません!!」

「お、おう」


 と、部屋のドアがノックされ、ボーマンダの執事が来た。


「旦那様がお戻りになられました」

「わかった。よし、出迎えるぞ、エミネム」

「……はい」


 父、ボーマンダを出迎えるのは、グレムギルツ家ではよくあること。

 いつも通り、ケインとエミネムはボーマンダを出迎えるために、屋敷の玄関に向かったのだが。

 

「帰ったぞ」


 厳格な父。

 ケイン、エミネム、二人の母が出迎えた。

 そして、ボーマンダの背中に隠れるようにいたのは。


「あー……お邪魔します。はい」

「え」

「ら……ラスティス様!?」

「おう。久しぶりだな、エミネム」

「え、えっと……あっ!?」


 エミネムは気付いた。

 自分の今の恰好が、どこか使い古したドレスだと。

 その姿が急に恥ずかしくなり、顔を真っ赤にしたエミネムは逃げて行った。


「……あ、あれ? あの団長、俺変なこと言いました?」

「……貴様、娘に何を言った!!」

「いやいや、久しぶりって……あ、ケインくん、久しぶり」

「ど、どうも……ぷ、ぷぷっ」


 厳格なボーマンダの前でも普通通りのラスティスに、ケインは笑いがこみ上げるのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 まさか、ボーマンダがラスティスを連れてくるとは思わなかった。

 エミネムはドレスを新しいのに(やや胸元を意識した露出多めのドレス)着替え、髪を整え、薄く化粧をしてダイニングに戻る。

 エミネムのおめかしにケインがぽかんとし、母は何も言わず、ボーマンダも気にしていない。


「おお、綺麗なドレスだな」

「~~~っ!! あ、ありがとうございます!!」

「おいエミネム、ダイニングでそんなデカい声……す、すまなかった」


 ケインを睨み、黙らせる。

 席に座ると、食事が運ばれてきた。


「いやー、すまないっすね団長。酒奢ってもらうばかりか、自宅に招待してくれるなんて」

「……食事中は静かにしろ」

「すみません。あ、すみません、酒はさっき飲んだんで、水ください」

「……ぷっ」


 ラスティスが混ざっただけで、いつもの堅苦しい食事が楽しいものになった。 

 ラスティスは、母親を見て挨拶する。


「あ、団長の奥さん。お久しぶりです……あの、覚えてますか?」

「え? ええ……お弟子さんの、ラスティス様ですね」

「はい。そういえば、昔はここで何度か食事しましたっけ。懐かしいな……団長にしごかれたのが、昨日のことみたいに思い出せます」

「ふふ、そういえばそうだったわね。ラスティス様、傷だらけになって」

「あはは。そういやそうでした」


 母も、いつもの卑屈な態度が消えていた。

 ケインとエミネムの知らない、明るい母親の笑顔がそこにあった。

 そのまま、楽しく食事が進み、デザートを終えた。

 ラスティスは、水を飲み干して言う。


「さて、今日俺がここに来た本題は……エミネム、お前だ」

「わ、私ですか? ま、まさか……」

「ああ。そうだ」


 ラスティスが真剣な顔で頷くと、胸を押さえて顔を赤らめた。


「け、結こ「エミネム。お前を、一時的に俺の弟子にする」……ん?」


 エミネムが何かを言いかけたが、ラスティスは続ける。


「詳しい話はあとでする。エミネム、俺の弟子になってくれるか?」

「…………はぁ」

「い、いいのか?」

「はい。弟子ですね。なります、ならせていただきます」


 どこか、怒っているような声だった。

 何が不満なのか、ケインにはさっぱりわからない。


「あー……明日から、フル-レの屋敷に泊まり込みで修行だ。荷物の準備をしてくれ。明日、迎えに来る」

「はい、わかりました」

「じゃ、俺はこれで。あー団長、メシ、ごちそうさまでした。奥さんもまた」


 そう言い、ラスティスは頭を下げて出て行った。

 静まり返るダイニング。ケインは、ポツリとつぶやいた。


「ラスさん……なんだか、太陽みたいな人だな」

「フン。暴風のような男の間違いだろう」

「え」


 まさか、ボーマンダが冗談を被せてくるとは。

 あまりにも意外で、ケインは思わず父を見つめるのだった。

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