閑話①/上級魔族『灰翅』ドバト
アナスタシア、サティ、エミネム。そして荷物持ちのヴォーズの四人は、ラスとは別の鉱山を調査すべく、ギルハドレッド領地から西にある森林地帯を歩いていた。
アナスタシアの話は、サティやエミネムにとって刺激溢れる話ばかり。質問しても、聞いても飽きがない。
だが……サティは、何度もため息を吐いていた。
「ラスが気になる?」
「え!! あ、いや……」
「ふふ。私がラスからあなたたちを取っちゃったからね。ラスとは埋め合わせしなきゃ」
「あ、いえ!! 師匠と別に行くって言ったの、あたしですし……」
「わ、私もです。その、アナスタシア様とお話したいって気持ちはありました!!」
「ありがとう。ふふ、好かれてるのね……昔とは大違い」
「「…………」」
昔とは、大違い。
アナスタシアは、サティやエミネムの知らないラスティス・ギルハドレッドを知っている。
サティは純粋に気になっていた。
「あの、アナスタシア様……その、師匠とは、どういう関係ですか?」
「さ、サティ!!」
エミネムが驚き、ツッコむ。
アナスタシアはポカンとして、すぐにクスクス笑いだした。
「ああ、そういうことね。それなら安心していいわ。ラスは私のこと『女』とは見ていないから」
「「え……」」
「ラスにとって、私はいつまでも『可愛い弟子の一人』なのよね。私だけじゃない、きっとラストワンも……」
「……アナスタシア様は、師匠の弟子、だったんですよね」
「ええ」
アナスタシアは、懐かしむように言う。
「私、両親に売られたの。『神スキル』を持っていたから、かなり高値でね。で……どういう経緯なのか知らないけど、騎士団に拾われて、ラスの下に来た」
「経緯が不明、ですか?」
「ええ。恐らくだけど……私が売られたのは、人身売買オークション。ラスはそこに乗り込んで、一人で組織を潰しちゃったの。そして私を引き取って、弟子にした」
「人身売買は重罪です。奴隷も、この国では犯罪奴隷しか認められていませんね」
エミネムが言うと、アナスタシアは「そうね」と頷く。
「ラスが私を騎士団に連れて行って、私を弟子にした。ラストワンと二人、かなりしごかれたわ。でも……ラスは厳しかったけど、誰よりも優しかった。『よく頑張った』って、頭を撫でてくれたりね」
アナスタシアは自分の頭を撫で、思い出し笑いをする。
「私もラストワンも、ラスが大好きだった。当時、ラスは王都に家を持ってたけど、三人で生活してたわね。ラス、若い頃からとにかく風呂に拘ってて、よく一緒に入ってたわ」
「い、一緒にお風呂、ですか」
「ええ。ま、子供だったから」
そこまで言い、アナスタシアは息を吐く。
「でも……『冥狼侵攻』で、全部変わった。ラスはやる気をなくしてギルハドレッド領地へ。住んでいた家も売って、私とラストワンは騎士団預かりになった……そして、七大剣聖になって、今に至るワケ」
「「…………」」
「でも、最近のラスは生き生きとしてる。多分だけど……サティ、エミネム。それとフルーレのお嬢ちゃんもかな? あなたたちに出会ったからだと思う」
「あたしと、エミネムさんと、フルーレさん?」
「ええ。少し前のラスだったら、弟子なんて取らないからね。私は、昔のラスが戻ってきたような気がして、嬉しいのかも」
「「…………」」
「ふふ。まるで恋してるみたい」
「っ!!」
エミネムが反応し、サティは「こい?」と首を傾げた。
異なる反応に、アナスタシアは笑う。
「ふふ、あの朴念仁は大変かも。覚悟しておいた方がいいわ」
と───アナスタシアが笑った時だった。
アナスタシアの表情が一瞬で引き締まり、蛇腹剣を抜く。
ギョッとするサティ、エミネム。そして気配を消していたわけではないが、数歩後ろで歩いていたヴォーズも。
すると───上空から、何かが急降下してきた。
「チョゥゥワッ!!」
急降下してきた『何か』は、サティたち周辺の木々に高速で体当たり、木々を根元から吹き飛ばし、周囲を更地にした。
そして、アナスタシアたちから少し離れた場所で浮遊。
「チョウワッ!! 人間たちに聞く!! 我が主はどこであるか!!」
「「「「……は?」」」」
どう見ても人間ではない。
一言でいうなら『鳥』だ。
背中から生えた灰色の翼、身体の形は人間だが灰色の体毛が生えており、道着のような服を着ている。足は鳥のような鋭い爪が生えており、木々を薙ぎ倒したのも納得の鋭さだ。
そんな『鳥人間』が言う。
「主とはぐれてしまった!! ビンズイもいない、我だけ!! どうすればよいのだ!! チョウワッ!!」
「「「「…………」」」」
四人は全く同じことを思った……『なんだこいつは』と。
だが、サティとエミネムは気付き、顔を合わせた。
「エミネムさん。こいつ……」
「ええ。あの時の上級魔族とは比べ物にならない強さです」
「……上級魔族ね」
アナスタシアが呟く。
そして、剣を構えたまま言う。
「あなた、人に物を訪ねる時、そんな上空から聞くように習ったの?」
「む!! 確かにその通り!! チョウワッ!!」
鳥人間は下降してきた。
そして、腕組みをしてアナスタシアに聞く。
「人間、我が主はどこだ!! 言っておくが、我に嘘は通じぬぞ!!」
「……主。名前も知らないのに、知るわけがないわ。それにあなたの名前も」
「む!! 確かにそうだ!!」
下手に嘘を並べるより、素直に喋った方がいい……アナスタシアはそう直感した。
「我が名はドバト!! 『天翼』ラクタパクシャ様の右腕、上級魔族『灰翅』ドバトである!!」
「───!!」
『天翼』ラクタパクシャ。
七大魔将の一人。つまり、このギルハドレッド領地にいる。
「人間!! 主はどこだ!!」
「………」
知るわけがない。
正直に言えば、「わかった!! さらば!!」と言って飛び去る可能性もゼロではない気もする。だが、そうじゃない可能性もある。
アナスタシアも感じていた。目の前にいる上級魔族ドバトの強烈なプレッシャーを。
「──知らないわ」
アナスタシアは賭けた。
噓は吐かない。
これまでの判断。そして、商人であるがゆえに『噓は吐かない』という信条を持つアナスタシア。その決意が、敵に対しても発揮されてしまった。
すると、ドバトは。
「そうか。なら、用はない!! ここで始末する!!」
「え、なんでそうなるんですか!?」
「わかるのだ!! 貴様らは強い!! 私は武人であるからな!! 武人として戦いたい気持ちがある!! 主のことも気になるが、まずはこっちが最優先!!」
「しょ、正直な人ですね……」
サティは呆れた。
結局、本音でも噓でも、戦うことに変わりはなさそうだった。
アナスタシアは言う。
「サティ、エミネム。援護をお願い。ヴォーズくんは隠れてて」
「「はいっ!!」」
「ははは、はいっ!!」
翼をはためかせ、ドバトは浮き上がる。
「では始めるか!! いざ『
莫大な魔力が放出され、周囲の景色が切り替わっていく。
サティ、エミネムにとっては二度目。アナスタシアにとって初めての上級魔族との戦いが始まった。
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