脇役剣聖、やっぱりコキ使われる

「ったく……俺一人とかあり得ねぇし。サティもエミネムもアナスタシアと行っちまうし、ヴォーズくんはアナスタシアにお願いされたらあっさり付いて行っちまうし」


 俺は一人、ギルハドレッド領地の鉱山調査に向かっていた……一人で。

 調査というか、魔獣の討伐だ。

 鉱山開発をすることになり、やることはたくさんある。

 まず、村に宿や酒場を増設する。鉱山開発の調査員や掘削人たちが休んだり、酒を飲む場所が必要だとかで増やすことにしたのだ。

 村には公衆浴場もあるし、憩いの場としてはいい場所だと思う。


 そして、鉱山付近にいる魔獣の討伐。

 これは、俺とアナスタシア、そして弟子二人で担当する。本来なら冒険者や傭兵を雇って討伐するのだが、ここには七大剣聖である俺、アナスタシアがいる。

 アナスタシアは王都に戻って開発の準備をするのかと思ったら、手紙を送るだけで魔獣討伐に参加することになった。


 で……その魔獣討伐。なぜか俺は一人だった。

 サティもエミネムも、アナスタシアに同行するとか……というか、アナスタシアが「一緒に来ない?」とか言って、二人を連れて行ってしまったのだ。

 アナスタシアのやつ、「ラスなら一人でも問題ないでしょ」とか言うし。まあ問題ないが。


「というか、俺の担当する鉱山が二つっておかしいだろ。アナスタシアたちは一つなのに……」


 今回、開発をする鉱山は四つ。

 ブラックメタル鉱石が発掘された鉱山、そして使えそうな鉱石が眠っていそうな鉱山が三つ。

 ちなみに、この使えそうな鉱石が眠っていそうな鉱山は、元斥候で知識が豊富なフローネが担当した。フローネ、結婚して落ち着いたかと思ったが、毎朝の訓練は欠かしていないとか……というか、俺の部下たちは今も軽い訓練は欠かしていない。


 とまあ、そういうことで、俺は野営道具の詰まったクソでかいリュックを背負いながら、俺ですら歩いたことのないギルハドレッド領地を、地図を見ながら歩いているというわけだ。


「はい、長々とした解説終わり……さぁて」


 目的地である最初の鉱山まで、あと半分くらいの距離。

 俺は、いい感じの木陰に荷物を下ろし、どっかり座った。


「ふぅ……休憩休憩。適度に気を抜かないとやってられん」


 俺はスキットルに入れたブランデーを少し飲む。


「……っぷは。美味い」


 今いる場所は、平原地帯。

 何の管理もされていないので、あちこちまばらに木々が生えている。おかげで、休むに適した木陰がいくらでもある。

 ここも、木々を伐採して、街道を作り、鉱山までの道を作るのか。


「…………はぁ」


 俺は、少しだけ気落ちしていた。

 ギルハドレッドの名前を貰って男爵になった。俺は、この地をどうこうするつもりなんて全く考えていなかったし、今を生きれればいいと考えていた。

 そして、十四年。

 俺も三十のおっさんになっちまった。


「……十四年。俺がやる気を出して、もっと早く領地開拓してれば……ギルハドレッドは、鉱石地帯として有名になってたかもな」


 そんなことを思い、俺はスキットルに口を付けた。


 ◇◇◇◇◇◇


 魔獣はいるはず、そう思っていた。


「……?」


 おかしいな。

 魔獣どころか、動物も鳥もいない。

 何というか──俺だけが存在しているような、そんな気がした。

 今、歩いている場所は、平原で見通しがいい。木々もあまり生えていない場所だ。


「……んー? なんだかおかしいぞ」


 おかしい。

 そして、妙な感じがした。

 見られているような、観察されているような。

 

「…………」


 平和ボケ。

 ふと、そんな言葉が脳裏をよぎる。

 決して油断していたわけじゃない。だが……安寧とした日々が、俺の『牙』を僅かに曇らせていたのか。


「───見つけたわ」


 俺の後ろに、誰かが立っていた。

 考える間もなく俺は前に跳び、布で覆っていた『冥狼斬月』を解放する。

 視界に入ったのは、赤い女。

 俺は冷や汗が止まらなかった。完全な油断だった。

 もし、女が声を出さなかったら、俺は背中から突かれ、心臓を抉り出されていた。


「……あなたが、ルプスレクスを倒した男?」


 桁違いの圧力。

 魔族確定。これほどまでに勝機が薄いと感じたのも久しぶり……それこそ、ルプスレクスと対峙した時以来。

 自慢でも何でもないが、俺は上級魔族には負ける気がしない。だが……目の前の女は違う。

 確定した。間違いない。


「『七大魔将』……」

「『天翼』ラクタパクシャ。初めましてね、ラスティス・ギルハドレッド」


 俺の名前を知ってるのか……全然、嬉しくない。

 俺はすでに居合の構えを取っている。

 サティたちがいないことに初めて感謝した。こいつは、対峙した瞬間に心が折れる。恐らく、アナスタシアもだ。

 ラクタパクシャは、俺の剣を見た。


「……その剣、ルプスレクスね」

「……あ、ああ」


 なんだ?

 急に悲しそうな、懐かしむような……そんな顔を。

 少し、女を観察する余裕ができた。

 真紅のロングヘア、露出の多い赤いドレス……胸はアナスタシア以上か。そして真紅の瞳。特徴としては、髪の中に鳥の尾羽のような物が混じっている。それ以外は普通の人間に見えなくない。

 

「ラスティス・ギルハドレッド」

「……な、なんだ」

「ルプスレクスは、強かった?」

「ああ」


 即答だ。

 それくらい、自信を持って言える。


「俺の人生で、あれほど強く、誇り高い狼はいない。違う形で出会えたら……なんて、考えたこともある」

「……そう」


 すると、ラクタパクシャはほんの少しだけ微笑み、俺を見た。


「ラスティス・ギルハドレッド」

「な、なんだよ」

「ルプスレクスと最後に戦ったあなた──私は、確かめる必要がある」

「え……」

「構えなさい。あなたがルプスレクスの『牙』を持つのに相応しいか、確かめてあげる」


 すると、ラクタパクシャの背中に綺麗な真紅の翼が生えた。

 そして、ラクタパクシャの身体が浮き上がる。

 とんでもない圧力だった。


「───ああ、当然だけど……その『牙』に相応しくないと判断したら、殺すわ」

「……勘弁してくれ」


 本当に、何が何だか。

 鉱山調査に来てるのに、なぜか七大魔将の一体と戦うことになった。

 魔獣がいないのも納得……こんなバケモノがいたら、逃げ出すわ。

 俺は『冥狼斬月』の柄に触れる。


「悪いが、まだ死ぬわけにはいかないんだ。七大魔将『天翼』」

「そう」

「七大剣聖序列六位『神眼』のラスティス・ギルハドレッドだ。そっちがその気なら、こっちも本気で斬る」


 こうして、七大魔将『天翼』ラクタパクシャとの戦いが始まってしまった。

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